鼠壁を忘れず、壁も亦鼠忘れず

作品集: 最新 投稿日時: 2014/06/07 23:17:02 更新日時: 2014/06/29 03:29:53 評価: 10/10 POINT: 88 Rate: 2.05
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一、たまたま狂疾により殊類を脱すのこと


 威厳ある者というのは、やはりそれなりに難しい顔をしていることが多いとされるようだが。

「……困りました」
「毎度用聞きに来たとたんに困っているのだから、本当にうちのご主人様ときたら困るのが得意だね」
 うちのご主人ときたらいつも難しい顔をしている。この眉間の皺というのは実の所張り付いて取れないんじゃないのかね。刺青のようなもので。ああ、刺青と言えばこの寺の入道使い。あの尼ときたらいつも野暮ったい格好をしているからね、訝しく思って小ネズミを遣ってみたことがある。そうしたら背にそれはもう大層な紋が――っと、いけない。
「で、今度は何に困っているんだい。飯かい、金かい、それとも女かい。その辺で見つけてくれようか?」
「ナズーリンは私を何だと思っているのでしょうか?」
「偉大なる毘沙門天様のこれまた偉大な代理人。敬うべきChampion(代行者)だよ、ご主人」
 私は知っているよ。このお方の難しい顔というのは、本当に難しいから難しい顔をしているんだ。早い話が、今一つ力も威厳も足りていないってこと。
 だってそうだろう。御仏というのはいつも優しい顔をしていると言うじゃないか。実際、この寺の坊主もそうしている。毘沙門天様や他の四天王様の像が厳めしい顔をしているのは、そりゃあ、出来の悪い人間がそういう面にさせていて、出来の悪い彫師の仕事でああなっているんだ。
 実際、いつも難しい顔をしている輩というのは、いつも難しい目に遭っているということで、威厳なんてあったもんじゃあない。

「聞いた私が愚かというものでした」
「話が早いのは良いことだね。困っているのなら力になるよ」
 いつものようにね、と腹で付け加えておく。大概の面倒事は私に回ってくるのだ、そんなことは当然知っている。
 別にご主人様の周りに頼りになる者がいないという訳ではなく、この見栄っ張りの七福神は、恥ずかしい頼みごとが外に知れるのを嫌う。それで、口の堅い直属の部下――と、本人は思っているしそういうことで構わないので訂正はしない――である私にしか、そういった厄介事は下ろしてこないのだ。
 虚飾と虚栄でごてごてに塗り固めた毘沙門天。やれやれ、財宝の神としてこれ以上正しくて、これ以上皮肉なことがあるかね。ここだけの話だが、私のセンサーがご主人様に反応したことは無いのだ。
 別にその有り様を責めようとは全く思っちゃいない。何せうちのご主人が今の姿と地位を得たのは、まるで偶然のようなもの。もとはと言えば大した格もありはしない妖獣、夜を駆け人を食らう腥い代物だったのだ。それがたまたま毘沙門天様の代行として、その門に帰依することになった。その大層な毛並みでも気に入られたか、光栄にも代理として選ばれ……別に羨ましい訳ではないよ。信仰の対象なんて、気性に合わぬからね。
 要するに元はと言えば、知恵昏く慈悲も解さぬ獣の、偶然の成り上がりってことだ。そりゃ、その力も威光も知れたもの。毘沙門天様の名と姿、そしてその宝塔を借りて威張り散らす程度が関の山ってものだろう。頼りがいがあるなどとは、正直思っちゃいない。思われてはいるだろうがね。

 ……で、とどのつまり。うちのご主人が私に頼みごとをするからには、その内容は必ずろくでもないことなのである。過日の宝塔を失くした一件のように。

「ナズーリンも知っているとは思いますが」
 こほん、と咳払いをして我が主人、寅丸星は話を切り出す。内心はともかくとして、反射的に身を正して話を聞く姿勢になる。なるほど、やはりこの御方は他人を惹き付ける徳というものを持ってはいるのだな、などと思いながら。
「恥ずかしながら」
 大小の尻拭いを散々私にやらせておいて、今更恥ずかしいことなど何があるものか。などと思いながら。
「私は、文を書けません」
 思いながら、その場でずべっ、と横に倒れた。

「……ちょっと待ってくれないか」
「ええ」
「私とて確かにご主人様には、いまいち威厳が足りないとか、私より仏の教えに疎いのではないかとか、文字通り絵に描いたような張子の虎というのは愉快なものだなあとか、そりゃあ牛にも追いつけぬよとか、そんなことを思わなかったわけじゃあないが」
「思ってたんですね?」
「まさか字もまともに書けないとは思いもしなかったよ」
 思えばご主人の書いた文やら触れの類を見たことは無い。やれやれ、そりゃあおつむが猫科では仕方がないというものだろうけどもね。毘沙門天様のありがたい光も、ご主人様の頭の中までは照らしてくれなかったようだ。
「いえ、字は書けます! 書けますが!!」
 怪しいものである。第一、それは全く威張るところじゃない。多分、湖でちゃぷちゃぷ遊んでいる人魚や妖精にだって書けるんじゃないか?
「私には文章の才がないのです……それで困り果てておりまして」
「つかぬことを聞くけど、今までは困っていなかったのかい」
「そこはまあ、それなりに上手くやっていたのですが。最近、命蓮寺の参拝客も増えており、様々な催し物にも出なくてはならず。内々のことは聖が仕切ってくれるし、一輪がうまくやってくれているのですが」
「要するに、招かれて出るとぼろが出る、と」
「……うっ」
 泣くな。毘沙門天様の代理と思うと泣きたいのは私の方だから。

「だって……雅だどうの風流がどうの、詩を即興で詠めなどと言われて、できるわけがないじゃないですか!」
「僭越ながら、私は出来るがね」
「だって虎ですよ!? 虎が詩を詠むわけないじゃないですか!!?」
 それを言ってしまえば、私なんぞは鼠だが。まあ、憎き猫族よりは賢くあらねば、生きていけない身の上だ。虎が実の所どうなのかは、ありがたいこのお方しか私は知らない。伝承程度であればいくらか耳にもするが。

「長嘯を成さず但だ嘷を成す。なるほど上手く言ったものだね」
「? 何ですって?」
「今日の爪牙、誰が敢へて敵せん。ご主人には誰も敵わないよと言ったのさ」
「むう」
 間違ってはいない。事実、味が判るのかも定かでない高い酒をがぶがぶ飲んで、四つ足で暴れているときのこのお方と喧嘩しようという気は、私にはない。
「とはいえ、まずはやってみないことにはね。どうだい、今度は諳(そら)で一篇ぶち上げてみちゃ」
「下手なことを言って、『所詮は獣の成り上がりか』なんて思われたらどうするんです」
 この臆病な自尊心。本当にご主人は虎たるに相応しいお方だよ。

「ふむ……残念だけど、ご主人に文章を教えて差し上げるのは、私では務まらないよ」
「ええ、わかっています」
「……ご主人?」
「わかっていますよ。ナズーリンがそんな面倒なことをするはずがありません」
 本当にわかっているようだった。流石は我がご主人である。教えてやるだけの教養はあるつもりだが……見込みのない生徒を取るほど苦痛なことはないからね。
「じゃあ何だと言うんだい」
「探してきてはいただけませんか」
「あー?」

「私の詩の師匠となってくれる人物を、探して欲しいのです」






『鼠壁を忘れず、壁も亦鼠忘れず』






二、氷消えては波、旧朋の髪を洗うのこと


 ――わかった。一週間もらおう、それで駄目なら戻ってくるよ。

「やれやれ。引き受けたはいいものの、なんとも茫漠とした探し物だ」
 小ネズミ達に指示を飛ばし、散ったのを確認して腰を落とす。今回の宝物は『詩才』。そうそう見つかるものか、そんなけったいな物。
 仮に居たとして、あのご主人である。あの難しい顔に、根気強く韻の美しさを説いて解らせてやれる聖人が果たしているものかね。居たとしたらそれは世間の者などではなく、よほどの偏屈者で、よほどの人格者で、よほどの動物好きで、それでいて非凡な詩の才を持ち合わせた者。
 
「はっはっは、そんな都合のいい奴がそうそう……、あ? あー、ああ」

 ――……あぁ。




「それで……貴方は何者です、小さな訪問者」
「ああ、お邪魔しているよ。私はナズーリン、ちゃちなダウザーさ」

 そういえば、こんな人物の噂を耳にしたことがあったのだ。
 山奥に隠れ住む行者でありながら人里や神社でよく見かける、見た目年若い、出自は謎に包まれた高潔で清廉な仙女。動物を従える術を扱い、鷲に乗って現れることもあるという。その庵は妖怪の山のいずこかに在り、空からも陸からも容易く見つけることは出来ず、妖術のたぐいで守られており近寄ろうとしても迷った挙句山の入口へ帰されるのだと。首尾よく近づけたとしても、飼いならされた虎だのが守っており、普通の人間では脅かされて逃げ帰るのがせいぜい。

 ……虎、ねぇ。

 流麗な言葉を使い、道理を深く識る彼女を慕う者も多く、時には唐(もろこし)の詩を吟じて見せることもあるのだという。
 ……尤も、近頃は妖怪神社の主と知れる博麗の巫女とつるんでいるところが良く見られ、妖怪どもを慰め導いたりしているだの何だのと、あれも妖怪仙人だとかいう噂が増えていたりもするが。だからといってどうということはない。
 寺の留守を守る一輪に聞いてみたところ、住家の位置を詳しく教えてくれた。やはりこういう噂話は、外交担当に聞くにかぎる。

 であるから、帰宅したこの女性が噂のお節介焼きで動物の扱いに手慣れた仙人――茨華仙なのだろう。

「どうやってここへ? この庵は、複雑に隠してあったはず……」
 複雑にも程があるというもの。幻術、妖術の類に得体の知れない力で、竹林の奥深く、厳重な迷路のようになった先にこの家はあった。
 ……もっとも、正路を見つけるなどというのは私にとっては容易いことだし、鼠とは小さく身軽で潜りこむのに長けた者。小さな綻びでもあればするりと入っていくことができるのだ。
「鼠一匹というのは気楽なものでね。しかし大層な防犯意識だ、よほど盗人に悩まされていたとみえる」
「そうなのよ。本当、小人閑居してとは良く言ったもの……って、そうじゃないわ! 貴方は何者? 新手の盗人と言うのであれば、多少手荒い歓迎をしなくてはならないのだけど」
「そういうあなたは、茨華仙と見受けるが」
「ええ、如何にも。おかしいわね、そんなに有名になったかしら?」
「仕事柄、才有る人物の話題には耳が早くてね」
「褒めても何も出ませんよ」
「勝手に頂いたからね、お構いなく」
 家人の帰りを待っている間に、獣肉の燻製を軽くつまませてもらった。仙人にしてはずいぶんまともな食事を摂っている。お蔭様で頭に栄養が回る、本領発揮というものだ。やはり赤色の濃い食事というのはいい。たまに御用聞きに命蓮寺へ出たときに食事を馳走になったりもするが、あれはいけない。草を食って何が妖怪か。仙人じゃあるまいし……と、ここは仙人の家だったか。
 おかしな話もあるものである。

「ああ……霊夢の言い分にも一理あるのかも知れないわね」
「ほう、そいつはどういう?」
「そもそも貴方たち妖怪が必要以上に退治されるのは、そういう野放図な行いがいけないのよ! 霊夢は確かにやりすぎだとは思うわ、でもね……」
「気には留めておくよ」
 ご馳走になったし。やはり宝物を探すには台所に限るというものだ。

「ええ。それで、私への用件は? 仙人の隠し酒肴が目当てだったわけじゃないんでしょう?」
「これはこれでお宝だったと思うがね」
「その御代の請求先と、今後我が家への猫イラズ導入の必要性を考えるために、まずは用件を話して欲しいわね」
「何だったかな。っと、そうそう。茨華仙どのの才を見込んで頼みがあってね」
「才? 何の話かしら」
「その猛獣遣いの才能をうちで生かして、毎晩よく鳴く悍ましい四つ足を躾けてやってくれないか」
「……要するに、禽獣の調教を?」
「ああ違う。うちの主人――毘沙門天の代理を務める、寅丸という者がいてね。その家庭教師を頼みたいんだ」
「家庭教師ですって?」
「聞くところによると、茨華仙どのは詩の腕前も一流。そのうえ猛獣の扱いにも長けて、あの博麗の巫女を躾け直したとも言うじゃないか」
「ああ……そんなこともあったわね。でも、詩の腕前ねえ……。私は、どうかしらね」
 博麗の巫女は猛獣。という点については見解が一致したらしい。

「謙遜をする」
「そんなことは無いの。詩歌の教授と言うなら、私では不足よ」
「何故?」
「私の詩など、見よう見真似の野蛮なものだわ。友が居てこその、まがい物」
 どこか悲しそうな顔をして、茨華仙はそんなことを言う。……私としては別に、誰でも構わないのだが。どうせ、誰がついたって、ご主人がまともな詩を詠めるようになどならないだろうし。実にやりがいのない仕事だ。依頼する身として罪悪感に耐え難い。

「貴方は探し物が得意なようね」
「そうだね。とりあえずその芸で身を立てているよ」
「なら、私の……、そうね。まずは、旧友を見つけてもらえる?」
 茨華仙は包帯の右腕に目を落とし、何か言いかけた。他にも探しているものがあるのだろうか。
「旧友? 君は仙人なんだろう。その旧友となればおそらく、もはや……」
「良いの。伝え聞くところによれば、あちらも仙人になったというし。もし本当に鬼籍へ入ったと言うのであれば、その躯の在り処、で構わないから」
「その者は風に高く聞こえる茨華仙どのよりも、詩才に優れていると?」
「ええ。本人は違うと言うでしょうけどね」
 茨華仙は懐かしそうに笑って言った。
「その子とは随分昔に別れて以来なの、あちらから姿を眩ませてしまったわ。彼女が望まないなら捜すこともなしと思っていたけれど、あまりに永すぎた。今頃、どこでどうしているのやら……生きているなら、才気煥発たる彼女のこと。その名と共に、その口ずさむ詩が聞こえてこぬはずがない……となると、ね」
 生きている見込みは薄い、か。察するに余りある。
 
「なに、この広い幻想郷。君のように、どこかでひっそり隠れ住んでいるかもしれないよ」
「気休めはよろしくありません。あなたにとって、この幻想郷など狭いものでしょう?」
「む」
 これは一本取られた。

「それで構わないのよ。噂では仙人として生きているそうだけど、さては死神にでも取られたか。友のその後が幸福で救いのあるものだったなら良し、そうでないなら……私などと関わってしまったから、かな」
「わかった、まずはそいつを探し出すとしようか」
「ええ。頼むわね」
「その後で、君の探し物……見受けるところはその腕だろう? 探してやるとしよう」
「! どうして?」
「鼠とは知恵が回るものさ、干し肉の分は働くよ」
「有難う。でも気にしないことよ、私の探し物はこの幻想郷には無いのかもしれないもの」
「ふーん、まあいいさ。それで、その旧友の名は何ていう?」
「良香。都良香と言えばその才確かな詩人よ、噂通りに生きていればの話だけど」
「承った。なに、仙人一人見つけるくらい容易いよ。赤子の手をひねるようなものさ」
「あら、頼もしいんですね」




 ねぐらへ戻るとする。命蓮寺から妖怪の山、そして今住んでいる家は再思の道の傍ら、無縁塚と呼ばれる打ち捨て墓地の近くにある。なかなかの大移動だが、何、狭い狭い幻想郷だ。ちょっとした散歩のようなものである。
 ちょくちょく命蓮寺へ出向くことを思うと如何にも不便な家だが、それなりに事情がある。

 以前仕事の一環でとある古道具屋を尋ねた際に、この場所――無縁塚のことを聞いた。なんでも、外の世界の道具やいろいろな宝物が落ちているらしい。もっとも、その一部はここで死んだ人間の遺品だということだが。
 無縁塚には無縁である人間……まあ、つまるところ外の世界の者がふらふらと寄ってくる。そして、そこいらに住まう妖怪の胃袋に収まり、たまに訪れる心ある者、つまり私やかの古道具屋が物拾いのついでに遺骨を弔っていく、というなんとも曰くつきの土地柄だ。
 とりあえず物探しをするには都合が良いと言うことで、ここに小屋をこさえて住ませてもらっている。命蓮寺から遠いのが却ってよい。要らぬ面倒には巻き込まれないし、私ならば目も届くからね。おまけに、小ネズミ達の食料も定期的に向こうからやってくるときた。巫女あたりが嗅ぎつけて追い散らしに来るまでは、住ませてもらう所存である。

「おや」
 探し物が多少変質したということで、小ネズミ達を呼び戻す。が、4匹ばかり戻らない。
 小ネズミ達が戻らないこと自体は、さほど珍しいことではない。食糧を見つけた場合によくあるのだ。仕事そっちのけで貪り食っているか、腹いっぱいになって寝ているかだ。まれに、妖怪や人間の戦闘に巻き込まれて帰らない者もいるが、危険に敏感な鼠である。そのようなことは滅多にない。ただし、食べ物を餌に仕掛けられた罠に掛かって捕まる者はたまに出る。
 そういった事情で、小ネズミが戻らないこと自体はさほど珍しいことではない。

「どうしたんだい、これは」
 珍しいのは、怪我をして戻った小ネズミが居ることだ。詳しく聞くことにする。
「ふむ……」

 要約するとこう。

 うまそうな匂いのする、大きな肉が落ちていた。
  小ネズミ達は当然それに食いつき、腹を満たした。
   が、その肉が突然動き出して、攻撃された。
    攻撃されたどころか、その肉に、何匹か小ネズミ達が食われた。
     それで、慌てて一匹だけ逃げ帰ってきた。

「……まったく」
 何でもかんでも勝手に食らうからそんなことになる。知性の欠片もありはしないな、誰に似たのだか。
 だが黙っているわけにもいかない。小ネズミ達が食われたって? そんな真似をする獣が居るだろうか。そもそも、聞くに、小ネズミ達がその肉を『食べてから』襲われたという。まるで意味がわからない。第一、そうするとその肉? とやらは自分の肉ごと食っていることになるじゃないか。何でも食うということか、とんでもないな。

「わかった、行ってみよう。案内しておくれ」




 飛んで向かって命蓮寺。やれやれ、先日の道教施設の一件といい、この土地は本当にろくでもないな。
「やっぱり墓地か」
 だんだん話が見えてきた。この墓地、大喰らいの死体を一匹飼っているのだ。ご主人様や他の僧が退治を進言しても、肝心の聖が良いじゃないですかで済ませていたから、居付いてしまったという。気にも留めていなかったが、私の小ネズミに手を出したとあっては話は別だ。
 ……別に庇護する対象として義憤に燃えているというわけではなく、部下の忠誠を維持するためのポーズなのだが。それはこの際気にしない。

 やれすぐに見つかった。
 問題の死体は腹を満たしたのかぐーすか寝こけている。なるほど、足首の骨が見える。どうやらここから小ネズミ達に齧られ、だいぶ遅れて目を覚ましたということなんだろう。鈍いものだから。
 ほら見ろ。口から灰色の尻尾がちょろりと生えている。

「あーあ」
 引っ張ってみたがぽろりと取れ、当然、その尾の先は無かった。大方この死体の腹の中で死体になっているのだろう。その上腐敗臭の酷い息で欠伸をされる。……ああ、これは確かに美味そうな匂いだ。そりゃ、うちの欠食児童どもは食いつくだろうとも。面白くない。

「やい、そこで寝ている死体。畏くも毘沙門天様の徒、このナズーリンが仏罰をくれてやる」
「んあー」
 柄にもない口上を垂れてやったところ、口をふにゃふにゃ開いてこれまた臭い欠伸をもう一丁垂れてくれた。
 ……まったく忌々しい。人の形が無くなるまで喰ってやるか。骨だけになったら別の妖怪として動くのだろうか?


「……お前たち。いいよ、喰らえ」


 そこらの墓石の陰、墓穴の下、藪の中、私の尾に吊った籠の中、当事者の死体の尻の下、出る、出る、集る、齧る、舐る、灰色の塊の百数十。
 ……はは、一溜りもあるまいよ。ネズミを舐めてかかるからだ。

「だから、いつも言っているんだ。ネズミを甘く見ると、死ぬとね」
「ぬーおー!」
「うわ」
 うんうん唸りながら齧られていた死体が、突然、ばん、と板発条の仕掛けのように跳ね起きた。垂直に跳ね、齧りついていた小ネズミどもが勢いよく墓地へ吹き飛ぶ。そのままひとしきり前後に、びよんびよん揺れている。

「いかんぞお、いかん」
「解ってはいたけどね。なんとも元気な死体だ」
 肩口に噛みついて揺れる小ネズミにかぶりつく。ぱきぽき、と厭な音がして、小ネズミの尻より前が無くなった。一緒に自分の肩の肉まで少し削げている。ああ、本当にあの坊主の考えることはわからんよ。こんな悍ましい物をよくも放っておけたものだ!
「いかんのじゃ。死んではいかん」
 くわっ、とこちらを見て目を開く。肩口の傷がいつの間にか無い。足首もいつの間にか半端に肉が付いている。こいつ、食うことで回復しているのか。
「いかんのは君だ、ここを何処だと心得ている。我がご主人の寺、その敷地でかくのごとき殺生、許されると思うな」
「なにを、そのような教えは争いしか生まぬのだ」
「……む」
 突然、何だこいつは。知能も何もないと見えたが……毘沙門天様の威光を都合よく使っている、私の有り様を見透かされたようで。くそ、忌々しい。何なんだこの、死体の分際で。

「まあいい、お前たちは散れ。この罰当たりへの仕置きは私がやる」
 戦いたくはないが、よもや死体ごときに遅れは取るまい。ダウジングに使う振り子を取って翳す。それは青く光り、輪郭を立ち並ぶ墓石よりも大きなものに変え、3つの防御石となる。以前の探索で見つけた、格別気に入りの宝物だ。
「我々は霊廟を守る戦士である! 霊廟がなくとも守るのだ」
「……そうだね。この下にはもう、ぽっかりとした建物の反応があるだけだ。例の道教施設は移設したと聞くよ」
「守るのだー! 我々は崇高な猫イラズである、我々の仲間になるがいい!」
 どうやら、会話は不可能らしい。気は進まないが……。




 交戦を選んだまでは良かったのだが。

「まーだーまーだー!」
「……参ったな」
 実力的には私の方が上だろう。事実、彼女の攻撃は私まで殆ど届いていない。狡兎三窟というなら、狡鼠一匹見たら三十窟と思えだ。私は知恵と防御の術には自信がある。こんなとろくさい腐った妖怪の攻撃など、鼻歌交じりでいつまでも避けてやる。
 ……いや、いつまでもは撤回する。この死体、一向に倒れない。それどころか最初よりも元気になっているような……。

「ああもう、本当に性質の悪い妖怪だ」
「ぬう! ちょろちょろしおって、鼠か!」
 鼠だよ、悪いか。
 大体理解した。これは私には、負けないまでも斃せない。第一私は、野蛮なことは苦手なんだ。うちのご主人様と違って。私と小ネズミ達の攻撃は整然としちゃいるが、一発一発の威力は鼠の涙。それを気味の悪い力で再生してしまうこいつは私にとって最悪の相手だったということになる。恐らく、夜が明けて相手が寝るまで、私の攻撃は意味が無い。そして、そこまで頑張って何発も出してやれる体力はちょっと、無い。
 それに、こいつがいちいち美味そうな匂いをさせるもんだから、腹が減って仕方がない。もう嫌だ。帰りたい。

 ダウジングロッドの鉤の部分で、思いっきり相手の頭をぶん殴る。心底嫌そうな顔をしつつ。ばいんと跳ねてまた戻ってきた。本当にもう嫌だ。帰る。私はもっと知的な戦いがしたいんだ。

「にーがさんーぞー」
「そんな動きでは鼠一匹捕まえられないよ。ああもう、お互いばっかみたいだね、君も私に有効な手立てを持たない」
「そうかしら?」
 背後から声。

「誰だ!?」
「あら、仏門では他人に名乗らずに名を問うのかしら。不躾ねぇ」
 目と口の端を不自然に曲げて、くすくす微笑む女がいた。美しく纏められた青い髪、若く娥眉細く整った顔立ち、薄く透き通った羽衣。一目でわかる仙女の出で立ちだ。
「あいにく取り込み中でね、っと」
「ぬぅ!」
 危ない。膿の滴る爪が耳の横を掠めていった。耳無しなどは法師と猫ダルマだけで充分というもの。
「あら? でしたら落ち着いて話をしましょう。私、あなたに興味がありますの」
「お?」
 仙女はふわりと跳んできたかと思うと、私と死体の間に入る。そして、問題の死体妖怪を手で制した。なるほど、この妖怪を造った呪術はこいつが。そうすると大陸の仙女――あちらでは娘々などと呼ぶのだったか。それらしい姿は紛い物で、邪悪な宗教を広めているという連中の一味か何かか。

「あらあら、怖い顔をして。私は青娥娘々。仙人をしていますわ」
「……ナズーリン。毘沙門天様の代理人たる主に仕えるだけの、つまらないネズミだよ」
「ご謙遜が上手なのね。あなたたちの親玉は、あんなにも尊大だって言うのに」
「なんだって?」
 親玉? ご主人のことか。いや、これは多分ここの住職、つまり聖白蓮のことを言っているんだろう。得体の知れない女、油断できない。
 しかし尊大? そりゃ、うちのご主人様の方かね。あっちの住職はといえば、そんな言葉とは随分遠い……。

「あの尼僧の方。理想ばかり口にして、私の可愛い部下も目こぼししてくれるんですもの。助かってはいるけどねえ」
「はは、それについては私も言いたいことができたところだよ」
「何と?」
「戒律を口にするくせに、あまり美味そうなものを置いてくれるな、と」
「おのれえ!」「あらあら」
 残念だが友好的に振る舞うつもりはない。逃げる用意はできている。この仙人風の女、底が知れない。第一、術者がこの死体より弱いはずがない。つまり、ほぼ間違いなく、この青娥なる仙人らしき女は私よりだいぶ強い。やってられるもんか。
 ……と、仙人?

「そうそう、不躾で済まないけど」
「何かしら。手早く済ませてくれるなら」
「君は青娥と言ったね。都良香という者に心当たりはないか? もしかすると君と同じ仙人に……」
「!」
 貼りついたような笑みをしていた青娥の表情が崩れる。面食らったという風。何か知っているのか?

「おや、知っているのかい?」
「いいえ、存じませんわ。全く。ねえ芳香」
「う、お……う、知らん、知らんのだ……知らん……」

 ……よしか? 何だって!?

「おい、今。君は、良香って」
「ええ芳香、この娘の名よ。特に夏場、それはもう芳しい匂いがするからつけたの。腐ってて可愛いでしょ?」
「馬鹿な」
 確かに食欲をそそる香りであることは認めるが。この死体、まさか。

「『そんなこと』より、私はあなたに興味がありますわ。この悪の巣窟みたいな寺に、あなたみたいな娘がいたのねぇ」
「どういう意味だ」
「あなたの欲。謙遜しても伝わってくる……あなた、私とよく似ているわ。とても可愛い」
「はっ、馬鹿も休み休み言うといい」
 何だって?

「自分が全てなんでしょ。ほおら――逃げなさい? 鼠」
「!?」
 態度が変質した。死体――芳香の目がぎょろりと、再びこちらを睨む。夜の墓地の生ぬるい空気が腋や腿。纏わりつき、舐める。
「私の大事な、可愛い可愛い部下を、喰らおうなんて、さあ、さあ、」

 さあ。

「私とこの娘の気が変わらぬうちにお逃げなさいな?」
 こんな邪悪な笑みを見たことがあっただろうか。
「う、おう」


 逃げろ。


 逃げなければ、どうなると言うのか。



「く……っ」

 生憎、それを確かめようと思えるほど、私の危機感知アンテナは鈍感に作られていなかった。




 逃げろ。




「どうぞ達者で」

 一目散に逃げ出すと、視界の端で手を振る青娥。なんとも人懐こそうな笑みだった。




 逃げた。






三、つぎつぎ磚石を試し、略しも隔て無きのこと


 逃げ帰って無縁塚は自らの小屋。恐ろしい物を見たかのように、心の拍動が収まらない。ばくん、ばくん。はあ、はあ、はあ。
 ひやりと気味の悪い、墓場から墓場へ、持ち帰ったかのような冷や汗。

「ひい」
 戸を閉め鍵を掛け、人心地つく。人ではないが。

 ……何だったのだろう、あの青娥と名乗る女。逃がしてやる気でいたかのような振る舞いだった。
 そしてそれに従う、芳香という死体。これは探し物を不意ながら見つけたということでよいのだろうか? だとすれば、かの茨華仙どのには何と?
 『あなたの旧友かもしれない死体が、邪悪に笑う仙女の僕として、忌まわしくも冒涜的に弄ばれていたよ』と?

 ――無いなぁ。

 ああもう、馬鹿馬鹿しい。知ったことか。人違いならよいが偶然にしては出来過ぎているし。あの仙人……赤くてまともな方の仙人は、こんなことを知りたがるだろうか?
 ああ、嫌だ嫌だ。柄にもありはしない。第一、あの青娥とかいうあばずれの言う通りなんだ。

 ……自分さえ納得できれば、それでいい。

 解ったことは、このまま『都良香』を探しても、見つからないだろう見込みがぐんと高まったということ。
 そして、この結果を中間依頼主に告げたところで、私は何ら気分の良い思いをしないだろうということだ。くそ、どこどこまでも忌々しいあの死体め。

 となれば、詩才探しはひとまず棚上げ。報告なんてもっての外だ。こんな厄介ごとに発展するなどとは、本当にご主人様ときたらいくら恨んでも恨み足りぬ。どうせ恨み呪った程度であの目出度いお方には堪えるまいよ。


 さあ、寝よう。嫌なことは寝て忘れるに限る。明日どうするかなんて、明日の夕方にでも考えれば足りるのさ。




「ん……」

 き。

 眠る私の大きな耳が、我が家の床のきしむ音を捕らえた。
 ……小ネズミのいずれかが腹でも空かせたのだろうか。まったく、騒がせる。

 き。

 ……音が重い。なんだ? 何か居る?

「……ん、!? な、っ」
「やぁ」
 我が家のランプを探り当て、勝手に火を灯しつつ、陽気に掌を立てて微笑む者がいた。
 ……青娥娘々。つい先ほど、夕方に出会った、いかにも胡散臭い自称仙人だ。

「……道教とやらを学ぶ連中は、みんなこんな風に行儀がいいのかい」
 吐き捨てる。いったい、何の用だと言うのだ。昼間に部下がされたことの礼ということなら、昼間に私を叩きのめせば済むはずじゃないか。
「私は特別かしら。あなたと同じくらいねぇ」
「残念だけど、泥棒に入るのは好きだが、入られるのは大嫌いだよ。財宝を取り扱っているもんでね」
「あら、奇遇ね。私も同じです」
 ああ、そうだろうとも。

「だが生憎だ、うちには宝らしい宝などないよ。台所の隅々まで綺麗なものさ。賊をやるなら余所でやるといい……そうだね、湖の方にある洋館なんかいいのではないかな」
「あんな赤い所に入るのは、鼠か妖精くらいのものよ」
「違いない。では部下が私の小ネズミに齧られたことで、今更礼にでも来たのかな」
「うーん。そんなところで、そんなに違ってはいませんねー」
 まったく。何を考えているのか、さっぱり分からん女だ。
「やれやれ。意外と物に執着するたちなんだね、道教を究める仙人というやつは」
「あら心外ですわ。私と同じたぐい、と思っておりましたのに。あなたのことは」
「ははっ。それは買い被りすぎだよ――私は、君ほど情に厚くはないからね」

「お礼参りには違いないんですけれども、あなたを苛めようなんて思っているわけではないの」
「そうかい。それでは、寝かせてくれるかな」
「寝かせませんわ」
「なんだいそりゃ。大体、どうやってここへ来たのかな、君は」
 この女のことは何一つ信用できるところがないから、聞くだけ無駄というものかもしれないが。
「お尋ねしたところ、鍵が掛かっていたので」
「いたので?」
「上がらせていただきましたわ」
「意味が分からない。これでも禅問答などにはそれなりに慣れちゃいるつもりなんだがね」
「ですから、鍵が掛かっていたので、入っても良いのかと思いまして。普通に」
「やれやれ。もろこしの国では鍵とは、賊を招くために掛けるのかい?」
「そうなりますか。あら、私の出身をよく御存じで」
「まあね。名といい姿といい、ね」
 ああもう、やってられるか。

「では改めまして、私、霍青娥と申します。つまらない仙人ですわ」
「わかった青娥。謙遜もいい。降参だよ、種を教えてくれ」
「あら、つれないのね」
 目が慣れてくると、この女、本当に楽しそうに笑っている。揺れる明かりに照らされ、なんとも淫らがましい面をして。下品な女だ。

「私、壁抜けの鑿という道具を持っているの。これね、大抵の壁は穴を開けることができるわ」
 ……簪を指さして言う。どう見ても鑿には見えないが、本人が言うからには鑿なのだろう。
「それはそれは大層な宝物。今度拝借しにいくから、猫イラズを増量しておくといい」
「それには及ばないわ。だってあなたには必要ないでしょ?」
 まあね。我々ネズミとは、大抵の壁なら潜れるものだから。

「これはね、壁が壁であるほど効果を発揮してくれるわ」
「奇妙なことを言うね。壁は壁だろう?」
「ええ。壁とは人を阻み、鼠を返し、声を拒む物。壁が壁であろうとすればするほど、固く難いものほど、私の前では柔らかくなります」
「なるほど、鍵を掛けると君は入りやすくなるという寸法か。では、今度から障子間で寝るとするよ」
「どうぞ。掌で開けて入りますわ」
 ああ、そうだろうと思った。死体が忌々しければ持ち主も忌々しい。

「そういえばあの死体はどうしたんだい。なにせ夜分だからね、小腹がすいたんだが」
「懲りていらっしゃらないようね」
「君のことが少しは解ってきたものでね」
 言ってやると、青娥はくすくすと照れくさそうな様子を装って笑った。何一つとっても気分が悪い女である。
「あの娘はお留守番。これから待っている夜の愉しみは、筆しか持たぬ小娘には刺激が強すぎますものね」
「まったく、いちいち可笑しいな。私の知る仙人というのは、君みたいな戯れを抜かす手合いではなかったからね」
「それは、つまらぬ堅物よ。きっと霞でも食べて生きてるんじゃないかしら」
 案外肉も食っているものだったが、ね。

「ところで、この鑿の話をもう少し」
「遠慮する」
「遠慮しないで。これはね、私の旦那様が私の部屋へ入るときに使った、縁結びの宝なのです」
 本当にこの青娥娘々なる女、人の話なんか、聞いちゃいない。
「それはそれは。その有難い宝で、うちのご主人にも佳い人を見つけてやっておくれ」
「いやですわ。私、獣にも、頭の固い方にも、興味はありません」
「私も獣の末席で、頭の方も相当固いよ」
「私も昔は、それはそれは頭の固い、口も身持ちも固い、固い固い女でしたのよ」
「もろこしの仙人は冗談が好きと見える」
 それがどうしてこんな、掴みどころも品もない女になるというのか。

「教えて差し上げましょうか」
「何を」
「……仲直りの秘訣、かしら?」

 そう言うとこの仙女、するり、と、私の寝床……掛け布団の上まで来て、座り込んだ。


「やめてくれ。何のつもりだい、仙人の高尚な悪趣味に巻き込まないでくれ」
「いいえ、そうは参りません。あなたは敵よ。私の可愛い部下を傷つけた」
「傷ついた端から治っていったがね」
「ええ、うちのキョンシーはそれが取り柄だから」
「うちの部下はそうはいかないんだよ。君の趣味の悪い肉の塊に、何匹も喰われた。私にも面子というものがある」
「あらあら、それは気の毒」
 むっとして睨み返す。この女、私以上に自分のことしか考えていない。よく分かった。
「腹は立つが、私では君に勝てないようだ。私も馬鹿は見たくない、どうだい。毘沙門天の正義の威光が君を裁く前に、手を引いちゃ」
「絶対の正義などないわ。あなたの正義は私の悪。私の悪があなたの正義。違いまして?」
「残念だが、私以外の正義に興味はないね」
 小ネズミなんていくらでも替えはいるが、だからといって気持ちが収まるものでもない。この邪悪な仙人を、許すことはできない。
「私はあります。正義も力も、手にする者によって何物にもなるもの。その小さい体に、本当の正義の光が宿るとでも? ふふっ、そんなもの、あなた自身がどこにもないわ」
「黙れよ。ネズミを甘く見るのであれば、私だって容赦はしないよ」
 まず逃げるが。その後充分に道具と場を整えてだね……。

「いいわ、その気概。私を拒む、あなたの心の壁」
「何?」
「この青娥。今宵はナズーリン様の許へ、恥ずかしながら――夜這いに参りましたのよ」
「お断りだよ。勘弁してくれ、できたら二度と私の名を呼ばないでくれ。汚らわしくて堪らない」
「そう言いつつも、あなたは身体を動かすことができないのでしょ?」
「何を……!?」
 言われて気づく、動かない。もとより敵いはせぬと諦めていたのはあるが、改めて力を籠めても指一本動かせない。粗末な掛け布団の下、仰向けに寝転んだまま、金縛りに遭ったように動けない。

「ほら、私を拒むからよ。私を遠ざけようと、壁を固く厚くすればするほど、私はその奥のあなたに触れて嬲ることができるわ」
「そんな、馬鹿な話が……っ」
「固い壁ほど、通りやすいのよ。ほおら、もっと固くなさって? たくさん鍵をかけて、私を締め出そうと」
「何を、気味の悪いことを」
「そう、それ。気味が悪い、恐ろしい、その壁はみんな私の味方。これが門外不出の……この鑿と、私のちから。どんな壁でも通り抜ける。心の壁でも、よ」
 くすくす笑い、結っていた髪を下ろす。簪にしていたそれ――壁抜けの鑿を、手中に弄んで見せる。
「私の旦那様は最後まで、石の壁を通り抜けるだけの道具だと思っていたみたいですけどね」
 私の上に座るようにして、楽しそうに笑いながら。

「……なぜ」
「私は最初から知っていたのよ? だって、私自身がこの鑿に、心の中をね。ぐちゃぐちゃって、ほじくられて、歪められてしまったんだから」
「……? どういうことだい、それは」
「私は身持ちが固かったと言ったでしょう。憧れていた立派な仙人になるため、男なんか絶対に近付けるつもりがなかった」
 戯れとしか思えなかったが。それは。もしかして。
「旦那様がね、『これ』を持って夜這いに来たわ。もちろん、壁を抜けて直接、寝所にね。身の毛がよだつほど嫌だった。目が覚めてからは全力で抵抗しようとした。こんな俗物に私の夢を渡すもんかって。お父様に絶対に会うんだって。馬鹿みたいでしょー?」
 この仙人は、なぜ、楽しそうに、そんなことを言って笑うんだ。

「彼にとって、私の壁はどれほど温かくて柔らかくて、気持ち良く感じたんでしょうねー? 頭の中に何か入ってきたような心持ちがしたわ。必死で作った壁から手が入ってきて、私をふんわり抱いたの。そうしたら、目の前の男性……私の旦那様になった人のモノになりたくて、全身の力が抜けて、私の大事な鍵が、全部開いた。丸出しだったわ」
「君は、そんなことを……今でも、そのまま……?」
「ねえ、想像して? そんな私がその晩、青臭い雄の性欲に晒されたの。ぐちょぐちょに熔けるまで。まともな形に戻らなくなるまでよ」
「ぐ……」
 そんなもの、想像できない。したくもない。
「一突きごとに私の心に鑿が入るの。かつんかつんって、堪らない気持ち良さが、私をこんなに素敵な女に彫り直してくれたわ。本当に愛しい旦那様。私があんなに嫌っていたなんて、死んでも知らないままだった、ほんと可愛いひと」
 背筋がぞわぞわと粟立つ。とてつもなく気味の悪く、グロテスクなことを言っている。
 そしてそれは、もしかして、これから……。

「その後は二人で身も心も一つになるつもりだった。頑張ったものよ、お蔭でこうして立派な仙人になって、今のように正義の人になったの」
「君に正義などあるものか……だって」
「そう、あなたは私の大事な部下を傷つけたわ。だからね、そんな許せない敵とは、こうして分かり合うことにしていますのよ」
「やめてくれ、受け入れる、君を受け入れるから!」
「それも上辺を塗っただけの、壁ね。カタくて、刺々しいの。私のは、あなたのどこまで届いてしまうのかしら、楽しみねぇ」
「ひっ」
 青娥が手を翳した瞬間、恐怖のあまり目を瞑ってしまう。飛び退って逃げ出そうとしたが、身体が動いてくれない。

 そして。
「あ……?」
 胸を触られた。布団の上から、直接。
「すべすべね。素敵な身体をしているんですね」
 布団の上からかぶせられた青娥の手が、私の胸元を直接まさぐって、妖しいくすぐったさを残していく。
「待って……何、これ」
 何かがおかしい。絶対におかしい。

「ああ、布団とか服とか、あなたがそうして護ろうと頼りにしている限り、それは無いものと同じよ」
「すり抜けている……?」
「ええ。これ、皆さん喜んでくださるんですよ」
「んぁっ」
 くり、と乳首の先を引っ掻かれた感覚。腰が跳ねた、と思ったが、動かない。
「苦しそうね。厭らしくて可愛い、媚びる動きは許してあげましょうか」
「っ……く、ぁ、ん」
 膝が持ち上がり、青娥の背を押す。腰がぴくんと、今度こそ跳ねた。誤魔化しようがないくらい、性的に気持ちがいい。心の方がどうにかなってしまって、まるで乙女が想いを遂げる時のような、小さな刺激がいちいちうっとりする陶酔感をもたらす状態になっている。幸福で潰れる。

「すり抜けられないようにするなら、さらけ出すことですね。脱いでしまえばそれは壁ではないので、私は通り抜けられないの」
「いっあ、意味が」
「はい、ありませんわね。ナズーリン様は私に誑かされるしかありません」
「っくぁああ」
 ふざけるな。何としても自分を保つ、と躍起になろうとして、それがこの邪仙の罠だと気づく。そんなことをしたら逆効果なのだ。この仙女の妖しい術で、その壁は敵に利する。その愚行だけは犯してはいけない。壁を作ってしまえば、その奥までこの邪仙の手を導くことと同じ。その瞬間私は、あの鑿で、作り変えられる。

 嫌がってはいけない。
 拒んではいけない。
 遠ざけてはいけない。

 それは全て、逆効果になって、私を私ではないものへ変えていく。厭だ。
 ……いや、それも厭がってはいけない。

 わけが、わからない。

「うふふ、存分に嫌がってください。ほおら、両手でお胸をつまんであげますよ」
「ひっ、んっ……ひ、ひっうう」
 どうすればいいか。壁を作らなければいい。受け入れればいい。何を?

「ほら、嫌がれば嫌がるほど好きになる。私を遠ざけるほど、私はあなたの傍に。大事なところに、ぴっとり、くっついてさしあげます。幸せなのよ?」
 この幸福を。

「っふ、んん……やっ、あ、ちが、やじゃない、イヤじゃない、あぁあ」
「あら、可愛い。小さなおっぱいの先、服の中でこりこり潰されるの、嫌じゃないんですね」
「やっ、じゃない……っ、好き、いっぱい、してッ、いいから、受けい、入れる、から……っ」
「こりこり、こりこり。彫って、刻んで、可愛くなってくださいね、ナズーリン様」
「なる、なるから、可愛くなるから……ひっ、ひんん、気持ちいいの、ぜんぶ、ちゃんと、っ、もらうから……っ」
 この快感を。

「受け入れてくださるなら、態度で示してください。服はそのままでいいですから、膝を立てて、股を大きく、開いて……」
「わか、った……する、するから、拒まないから、私を……私のままにして……」
「ええ。素直で可愛いナズーリン様は、そのままで十分魅力的ですわ」
 この行為を。

「した……なんでも、従うから……嫌いじゃない……イヤじゃない……全部、好きだから……」
「はい、そんなに何度も言わなくても、わかっていますよ。ナズーリン様は、青娥に身体と心を気持ち良くされるのが大好きです」
「大好きだから……、もう、拒まないから、全部……受け入れさせて……」
 この女性を。

「幸せに思ってくださいね。私は桓様のような、相手を壊すやり方は望みませんの。……ナズーリン様のまま、仲良くなりたいのですわ。私の、ええ、佳きパートナーとして」
「ああ……。なる、よ……なる、から……」
「から? どうぞ、素直に仰ってください」
「……くっ」
「あら、イヤでした?」
「!! イヤじゃない……です、嫌じゃないから、やめて……あっあ、ちがう、やめないで、イヤじゃない、全部」
「そうそう。壁なんて、いらないのよ。もっともっと素直になって?」
「して……気持ちいいこと、してほしい……イヤじゃないことを、いっぱい受け入れたい……」
 頭の中がぼんやりする。青娥の衣からは、香のいい匂い。
「服も、布団も、邪魔ね?」
「邪魔……」
「大丈夫よ。私とあなたの間を邪魔できる壁なんて、ないもの」

 ぎゅ、と青娥が私に、抱きついた。二人の身体が密着する。あったはずの布団、二人分の衣服、どちらも感じない。不思議な体験だった。

「んっ……」「あら、んっ、ちゅ」
 そのまま唇を合わせる。もしかしたら私からだったかもしれない。
 だって。受け入れてしまえば、この麗しい仙女は、こんなに愛らしいんだもの。仕方ない。

「ん、ちゅ、んんんっん、ふ、はぶ、っむっ。ふ、んん」
 青娥の口の中の空気が、欲しくて欲しくてたまらないんだ。これを吸わないと私は私で居られない。この気持ちに逆らってはいけない。逆らったら、壁ができる。壁が出来たら、わたしは、その壁から生えてくる鑿と腕に、私をくちゃくちゃ作り直されてしまうんだから。
 だから、受け入れる。愛しい気持ちを疑ってはいけない。青娥にも青娥が愛しい気持ちにも、逆らってはいけない。逆らおうとも思わない。

 それが、私。ナズーリンの心。変な道具と妖術なんかに、壊させたりなんかするものか。
 この気持ち。青娥を思う気持ちは、毘沙門天にだって変えられはしない。

「んっ、ぷ。青娥、私、私は」
「落ち着いて。ゆっくり話すのよ」
「っわ、わかった……ゆっくり……話すよ」
「ふふ、そんなに怯えないでくださいな。私も、可愛いあなたを壊したりはしませんわ」
「う、うん。怯えない……頑張るよ」
 元が臆病なので、難しいけど、青娥が言うなら……頑張る。
「第一、せっかくここまで可愛く彫れたのですもの。壊すはずがないでしょ?」
「……?」
 よく、意味がわからない。頷く。わからなくても、頷くんだ。
「青娥……」
「はい、何でしょう?」
「大好きだ。上手く言えないけど、私は、君のすることなら何でも受け入れられる」
「うんうん。上出来ね」
「ん……青娥……」
 青娥に頭を撫でられ、耳の裏を愛撫される。なんて、甘い気持ち。こんな気持ちをくれるこの愛しい仙女を、私は。

「あ……青娥、聞いて」
「はい?」
「芳香には済まないことをした……」
「あら、良いのよ? あなたも私の可愛い仲間になるんだし。勿体ないからキョンシーにはしないけど」
「……? じゃあ、私は?」
「あなたには、ナズーリンのままで居てもらいます。だって、本当に可愛いんだもの」
「私は、可愛くなどはないよ……っ! い、いや! 可愛いんだ、青娥が言うなら、私は可愛いんだろう……か?」
「ええ。とてもちっぽけな妖怪のあなたなのに、あの寺の誰よりも偉いつもりでいる。こそこそと隙間を走っては、壁を齧って穴を開けて、ちっぽけなこそ泥。本当に取るに足らないネズミ。得意なのは探し物と泥棒、それと虫みたいな告げ口、かしら」
「……ああ、そうさ。私はそんなものだよ。毘沙門天様の部下として、誰の下にも着かないのが仕事だからね」
「そうね、本当に忠実な部下」
「ああ、君の言うことなら何でも聞く」
 毘沙門天様の命と青娥の頼みなら何でも聞く。ご主人様の頼みはたまに投げるが。それも仕方ないのさ、忠臣は二君を仰がぬものだから。
 そうとも。あのような妖術で、私の忠誠は一片たりとも変わりはしない。青娥の言うことを受け入れる限り、大丈夫。

「まるで小さな私を見ているようで、可愛くて憎たらしい」
「そうかい? そうなんだろうね」
「さあ、教えてくれる?」
「何をだい? 青娥の聞くことなら、ご主人様のケツの黒子の数だって答えよう」
「それはとても要らないわ。じゃあナズーリン、あなたはいったいどこで……都良香のことを知ったの?」
 みやこよしか? ああ、探そうとしていた仙人らしき人物。
「それなら山に住む茨華仙どのから聞いたよ。旧友なのだそうでね」
「ふーん」
 青娥は何やら考え込んだようだった。が、いつもの意図の掴めない笑顔に戻って、私に抱きつき直してきた。

「ま、いいわ。あなたを使って何とかしましょ」
「うん、出来ることならやるよ。任せてくれ」
 青娥は満足そうに、撫でてくれた。


「……さ、仕上げをしましょうか」
「仕上げ……?」
「ええ。忘れているの? 思い出して、あなたはさっきまで、色欲に塗れていたのよ」
「えっ、あ……あっあ、そ、そんなこと」
「あら、ないの?」
「……ある、あるんだ……あ、っあ、ああ、私は、私、は」
 青娥にしがみ付く。接吻の甘さで意識が飛んでいたんだ。私は青娥に心と身体を愛撫されて、気持ち良くて、でも終わりを貰えていない。
 股の間が、締め付けられるような、狂おしい焦燥を、私は。
「受け入れる、から……して、してくれ、気持ち良くして……青娥……ぁ」
「あらあら、べそかいちゃって。もう、だらしが無いんですから……ネズミ風情では、仕方がないのかしらね」
「青娥……っ、あ、あ、あ……」

「はいはい、してあげますね。私にしてもらえるんだから、発情するんですよ。ほら、ここ」
 青娥が私の臍の下辺りに掌を当てる。もちろん布団と布地を通り抜けて。
「ふあ」
「下丹田。雌の陰の気がここに、集まるの。息を吸って……止める。股に力を入れて……はい、抜く」
 ぞぞぞぞ、と身体を虫が這い上がるような感覚。
「吐いて……吸って……力を入れる、抜く、はい、ぴくっ、ぴくっ。ええ、良いわ……ほら、交尾がしたい。とてもしたい」
「したい、っ、し、して、して、あっあぁっぐ、あ、あ」
「落ち着いて」
「っふ」
 あたまが、おかしくなる。

「いい娘ね。ほら吸って、止めて。我慢、ほら、あげる」
 ぬっ、ぷ。指、が。

 いろいろすり抜けて、青娥の左手、その中指が私の生殖器に滑り込んでくる。ぷちゅぷちゅと、充血して厚みの増した粘膜を押し開いて、細い指が入ってくる感触。私の分泌した潤滑液が、押しだされて膣から漏れ、それは当然下着に吸い込まれて染みになるのだ。だって、下着も履いているし寝間着も着ているし、布団も羽織っているんだから。
 なのに、細い指だけが……私の中に。

「はい、吐いて」
「っふああああっ、ん、んんっ」
「止めて……吸って……丹田に気を送り込むの」
「ひ、ん……んふ……んん」
 腹式呼吸。言っている意味はわからないが、従うことはできる。
「吐いて……少しだけ吸う……止める、はい、力を入れて。くっ、くっ、締め付けて」
「は……んふ……っ、んっ!! っ!!」
 力を入れるたびに、下腹部の内側から強烈な快感。これを、全て、受け入れる。
 頭の中が、青娥の指で一杯になる。綺麗で、色白。そして、馬鹿になるくらい、気持ちいい。

「はい、繰り返す。そうして締め付けるだけで、あなたは達することが出来るわ」
「はっ、ふ……んん……ん、っ! 、!!」
 ちかちか。頭の中で、白い火花が散る。火花が散って、膣をぴくぴく、締める。

「接して漏らさず、循環させられれば、もっと良いのだけど。いいわ、今日は達してしまって」
「あっ、ひ……ん、んっ……んんふっう!」
 締める。きゅ、火花。きゅ、火花。覚えた。きゅ。火花。気持ちのいい手順を覚えて、繰り返す。繰り返す。
 青娥が言った通り、繰り返す。

 気持ちいい。

「はい、圧してあげる。さ、締めて、きゅ、きゅ、はい、イく……」
「ひっ、………んっ、んっ、んんんんっ、ふ、んんふ、ぁっ……あぁ……ぁんぅ……」
 ぱっ。と火花が広がって、消えない。

「いい娘ね、イく、達する……そう、波が、何度もやってくる……締めて……ふふ、気持ちいい……そう」
 消えない。火花。

「……もっと、浸って……真っ白、そう、真っ白で、気持ちいい」

 消えなくて。
 
 他がみんな、消えた。




「……可愛いあなたも、私と違って、すぐに戻るはず」
「ん……」
「だから、仲直りの証をあげましょう。あなたが私のことを忘れないように」
 視界に青娥が何やらやっているのが見える。見えるだけで、わかりはしない。
「この練丹は、陽の種。作るのは大変だけど、特別よ……さ、力を抜いて……」
 抜いている。そもそも、力は入らない。入れ方を、忘れた。

 ぬぷ、と指が入り……膣内に何かを入れられた。

「ん、これで良し。明日には、無事に根が張るでしょう」
 青娥の身体が離れる。
 私は元通り、下着も着けて服も着て、布団の中にいる。脱いでも出てもいないのだから当たり前だ。

「疲れたでしょう。良く、眠りなさい」
「ん。……おやすみ、青娥」
 急に眠気が襲う。青娥は嘘をつかないし、私は言われた通りになるんだ。素晴らしいことだ。

「おやすみ、ナズーリン。きっと、今週中にまた会えますよ」






四、窮鼠枕を噛むのこと


「ん……」
 夢を見ていたか。若干暑さを感じて、被っている布団から脚だけ出す。ひんやりとして心地よい。意識はまだ、半分夢の中である。うん、気持ちいい。このように微睡んでいる時間は、一見して無為だが、大切なものなのだろう。
 ……だが、暑いということは。意識が少しずつはっきりする。どうやら、もう日が高い。参ったな、大分寝坊しているようだ。でも、気持ちいいので、まだ寝ていたい。

「うー」
 いや、起きよう。そうだよ、私――ナズーリンは、うちの難儀なご主人に仕事を承ったままじゃないか。あー、くそ。かったるい。
 ……身体が湿っている。汗をかいているようだ。いくら昼で、暑いからって……こんなのは。耳の裏あたりが蒸れて嫌な感じ。あせもになったら、嫌だなあ。

「ああもう」
 ――何だって言うんだ、寝覚めがよくないといってもここまでとは。
 独り言なので全部は言わず、胸の中で垂れる。

 ……この汗といったら尋常ではない。悪い夢でも見ていたのかな。
 思い返してみるか――。

「えっと……」
 昨晩は何があったっけ。就寝前には。そう、一日走り回って仕事をして……仕事? ああ、ご主人様の詩の先生を探すんだったな。それで詩文に長けた仙人だという、茨華仙どのに会って……。
 ……仙人?

「あ、ああ。ああ」
 仙人。そうだ、仙人。青娥と会ったんだ。壁抜けの仙人、青娥娘々。私は彼女に抱かれ、心を開かされ、愛を囁き、溺れた。そうか、この汗は青娥との営みで、我を忘れて気持ち良くなったときの。ああ……そうだ、本当に、気持ち良かった……。
 すう、と息を吸い込むと、昨晩の感覚を思い出す。腹の奥が、むず……と心地よく甘く、私を楽しませる感覚を送り返す。ああ、この感じ。青娥の残り香を吸い、下腹部に意識を向けるだけで、肩がくたりと垂れ、胸の先までが物欲しげに疼き、粘り気のある吐息が、口と鼻から滑り零れる。
「んふぁ……」
 あぁ、私は浅ましい鼠だ。あのめくるめく女同士の交わりを思い出し、また愛でて貰いたいと欲している。青娥……あの、美しく妖しい仙女。


 体を起こすのが嫌で、毛布を抱いてごろごろと、甘く心地よい思いに浸っていたが、身体の代謝の方は誤魔化せない。
 そう。長時間寝ていたものだから、そろそろ無視できないレベルになっている。何がかと言うと、尿意。

「んんー……」

 やれやれ、起きるとするか。




「んー……今日は、どうしようかな」

 トイレを済ませ、服を着替え、伸び一つ。下着を脱いだ時籠った匂いがむわりと立ち込めて、昨晩の痴態が改めて思い出されたが、とりあえず気にしない。
 窓を開けると、風が入ってくる。
 気持ちいい。

「ほう……天気がいいのは何よりだね」
 仕事もしやすいというもの。しかし、何をしたものか。昨日一日でいろいろありすぎて、どうにもまだ頭が覚めていないような。
 ……そう。青娥。問題はあの仙人である。伴っていた死体、名を芳香と言った。これは恐らく、茨華仙の言っていた旧友、都良香と何らかの関わりがあるのだろう。
 何らか……というよりも、そのまま、本人である可能性も高い。それがああして青娥の許に。どうしたものか。

 ……まあ、良いか? 青娥の許にいるのは、さぞかし気持ちいいのだろうし。ああくそ、思えば羨ましいじゃないか。
 私だって、できれば毎日ああして……。

「ん、っ」
 風が吹き込んだ。汗ばんだ額が、ひんやりと心地よい。熱が冷めるような感覚。ああ、さっぱりして、心地よい。

「と、あれ」
 毎日ああして……。

 ああして、何だ?
 ? 何か、おかしいぞ?


「――っ」
 思い出す。

 かの邪仙の持っていた道具、壁抜けの鑿。
 そうだ。

 私はあんなに抵抗したかったんだ。


「ぐ……あ、あっあああああ!」
 意味も無く吼えた。
 何だ? 思い出す。何だ、何だあの様は!?
 ああ、思い出した。

「思い出した……」
 何をというと、何とも言えない。
 私は、私の心を思い出した。そう、あの邪仙、霍青娥と名乗る、どんな妖怪よりも下衆な、忌々しい女。
 私はあいつを、嫌った、恐れた、遠ざけようとした。

「――やられた」
 文字通り、やられた。まず心を弄ばれ、そして身体も。なんてことだ。あの呪物で、鍵を掛けた小屋に忍び込まれ、私の心にも……。


 ……あ?


「待てよ……待て」
 青娥は確かに言った。かの鑿は、心の壁を穿つのだと。固く拒めば拒むほどに入り込みやすくなるのだと。
 それを聞いて私は恐れた。確かに邪仙の術中に落ちたかのような心持ちがあったから。

 でもそれは、本当に確かだった?

「は……っはは」
 なんてことだ。私はあれだけの目に遭っておいて、あの邪仙の手の内が何一つ解っていない。
 だってそうだ。私は――自分から、心を開いたじゃないか。

 青娥は、あの鑿は心の壁をも抜けると言った。
 そうして狂わされた己の境遇も語った。
 私はそれを恐れるあまり、壁を作るのをやめた。一切の抵抗を恐れ、青娥の言葉を全て受け入れようとした。

 ――本当に、あの鑿にはそんな力があったのか?


「わからない……」
 参った。もしかしたら、本当にそんな力があるのかもしれない。
 だとしたら、私が怒りに任せてあの女を討ちに行ったところで、今度こそ正気を失うのだろう。今こうして厚く固く塗り直した壁を潜られ、あの女の指先を無抵抗に受け入れ、身も心も曝け出す哀れな女に成り下がるのだろう。ふざけるな、冗談じゃない。
 でも、実は何でもなくて。あの鑿は、本当はただの壁抜け道具なのかもしれない。
 私があの女の口車に乗せられ手管に酔わされ、自分からころりと転がり落ちただけなのかもしれないんだ。それはそれで、冗談じゃない。

 ああ、本当にこの仕事、やってられない。


「ふん。知らないよ、もう」
 わからない以上、あの青娥という女に関わる気はもうない。必然的に、どうやらご執心であるらしい、あの芳香なる死体も知ったことじゃない。
 なので、申し訳ないが茨華仙どのの依頼を果たすこともできないな。でも、それはそれで構うもんか。だって、旧来の知己があんな姿で邪仙の玩具にされているなんて、多分彼女も知らない方が幸せだろう。赤子の手をひねるようだとは言ったが、ひねった赤子が泣くのなら、わざわざそんな真似をしてやることはない。
 芳香自身についても、きっと幸せなはずなんだ。それはもう、昨晩の私のように。ああ、幸せだったとも。ずっと青娥の伴として、ああして傍にいるのであれば、こうして正気に覚めることもないのだろう。ならばそれは、永遠の幸せではないか。彼女にとって望ましいことに違いない。
 もちろん、私は絶対に御免だがね。


 というわけで、こちらのアテはもうここまで。仕事を投げるのは趣味ではないから、他に詩歌に精通した者を探すしかないのかね。
「……面倒だなあ」
 今日の所はもう日も高い。身体も、昨晩行われた身の毛もよだつ試みで疲れ切っている。泥のような眠りも、かえって疲れを増したようにしか思えない。うん、今日は休もう。
 ……先ほど、正気を失って寝転がっている間に、身体が昂ぶって落ち着かないというのも、ある。

「ん……食事を探す前に、……かなぁ」
 小ネズミ達が周囲にいないのを確認。……まあ、何だ。いくらああして精神をおかしくされていたとはいえ、気持ち良かったのは確かだ。何を言ったのかも、何をさせられたのかも、何をされたのかも、どうなってしまったのかも……嫌になるほど鮮明に覚えている。全く持って腹立たしいが、本当に……我を忘れるほど、気持ち良かった。
 私はもともと、欲望を抑え込むのがあまり得意な方ではない。だからこそ命蓮寺にはあまり入れ込みたくないのだ。美味そうな肉があれば、そりゃあ食うのが鼠というものだろう?

 要するに、今、昨日のアレを思い出して欲情している。だって、仕方ない。誰だってこうなるに決まっているんだ。

「青娥……、青娥」
 ……うん、大丈夫。
 怒りしか沸いてこない。愛しくなどならない。あの指と声がまた欲しくなんて、なるものか。
「私は許さないからな」
 青娥がいない間だけは、精一杯、壁を作っておかないと、また正気を忘れそうだから。


 腹に手を当てる。
 空腹感はある。だが、別の飢餓感のほうが、強かった。腹の奥が、疼く。……ん?
「そういえば」
 思い出した。青娥の奴、私のなかに何か入れたはずだ。膣にぬぷりと、種のような、丹のような、何か。何だかわからないが、掻き出したほうがいいだろう。あの邪仙が私に対してすることなど、全てがろくでもないのだろうから。

 下着を脱ぐ。……我ながら恥ずかしいものだ、もうべっとりと濡れている。先ほど着替えたばかりだと言うのに。
 まあ、これも昨夜の痴態とその記憶のせいだ。日が立てば薄れ、忘れていくだろう。そうすれば私も、こんな、昼間から自慰をしようとするような鼠女ではなくなるはずなんだ。

 ともあれ、濡れているのは今の目的にとっては、ありがたい。
 ……オナニーではない。異物の除去だ。多分、濡れてないと出てこないだろうから。

「んっ……ふあぁ」
 まず、力を入れてみる。ぞくぞくと気持ち良くなるだけで意味が無い。ダメだ。指で探ってみよう。
 指では取り出せないだろうが、とりあえずどうなっているかだけでも知っておかないといけない。

「はふ……ん、っと……」
 つ、ぷ。
 もし、奥へ押し込んでしまっては事なので、慎重に人差し指を、指先だけ入れる。いつもと少し様子が違う。入口の時点で、奥の方が開いているのがわかる。どうやら、割と入口に近い位置に、異物が入って広げている。そして、その、愛液の量からして、膣の中を完全に塞いでいるわけではないようだ。この量は、明らかに奥から漏れ出ている。
 冷静に解説した分にはいいが、要するに指を入れた瞬間とろりと液が漏れたし、どうやら私の中にはそれなりの大きさの球体が入ったままなのだ。
 ……霍青娥、許すまじ。

 慎重に、指を奥へ。

 ぞ。

「ひっ!?」
 ぞわあ。
 全身が竦んだ。尻尾が針金のようにぴいんと立つ。ぞり、っと何かを擦った感覚。耳の穴に何か突っ込んで、ダメなところを引っ掻かれたような、むき出しの神経を撫でたような、鋭敏な感覚。指先に当たった丸くて大きな出っ張りから、全身を貫く。
「な、何だ……これ」
 息を落ち着けて、爪が当たらないように気を付けて、指の腹でゆっくり触れてみる。

 じょり……。

「ひ、っいいいい」
 耐えられない。何だこれは。私の中に、異常に過敏な肉の珠が入っている。敏感すぎて、触れただけで辛い……が、引いてみるとわかる。これは、快感だ。気持ち良すぎて受け入れられないだけだ。
 ……もちろん、私の中にそんなものは無かった。これは、昨晩青娥が入れた丹だろう。

「私の一部になってるのか、これ……」
 意識した途端、その珠に阻まれた奥の部分が、ずくんと疼いた。いや、ダメだ私。興奮するな。これはあの邪仙が私をおかしくするために残したものだ。構っていたら、また、気持ち良くされるに決まってる。ダメだ、それは。
 だから、まずはこれから自慰をする。発散しないとやってられない、こんな状態が続いたら、自分から青娥の軍門に下りたくなるかもしれないじゃないか。

 きゅ、と股に力が入った。
 私の中がどうなっているか、知覚してしまったものだから、それは、もう。

「ひ、いぃ」
 膣がきゅうと引き締められ、肉の珠が私の膣粘膜に、にゅるりと揉み撫でられる感触が、私を。




 窓を閉めて、再び布団に横になる。
 思い直して、窓の鍵だけは開けておいた。誰かに来て欲しいのではない。逆だ。私なりの、邪仙避けの、おまじないだ。

「あ……ああぁ……」
 やばい、なんだこれは。膣内に、快感の塊みたいなモノが入っていて、それが私の中でにゅるにゅる、力を入れるたび、締め付けられて、粘膜に舐め上げられる。
 掛け布団を丸め、それに抱き着くように横になる。どこにも触れていないのに、力を入れるだけで、目の裏側がチカチカするような鮮烈な快感。
 昨日の夜、青娥に唆されて、腹に呼吸を溜めて快感を得ることを覚えたが、それともまた、全然違う。
「気持ち、い、い……っ」
 太腿がわなわな震える。思えば、あの珠があった位置は、もともと気持ちがいい場所だ。膣内、へそ側浅い位置に存在する、女の弱点。ここを指でくいくい圧してやると、大抵の女の虚勢は、ぱきぱき崩れて心を晒す。ああ、そうか。これ、女の中の壁にある、弱点なんだ。
 私のそこに今、ぽっこり膨れた塊がくっついている。指で一瞬触れたときの感触だと、へそ側のその部分にちょうど、根が生えたように癒着しているようだ。無理やり剥がすことはできるのかもしれないが、そもそも触れただけであんなに気持ち良かったのだ。第一、快感があるということは、千切ろうとすれば痛みがあるのだろう。
「無理……」
 改めて、膝を合わせ、股に力を込める。ぬるり、と私の中で何かが擦れ合って、肩をすくめ、背筋を逸らし、腕で布団を強く抱く。何もしていないのに、犯されているよう、いや、それとも比較にならない、過剰な甘味を伴った快感。
 こんな敏感な器官を取り除くなんて、できるはずがない。

 ……痛いから?
 それとも、勿体ないから?

「あ、っあう、あっあああ」
 もう一度、股を締める。胡乱な考えがふわりと霧散する。霞になって消える。だめだ、霞はだめだ。仙人に食われる。私の心を喰われる。
「ひっ、ひ、ひいいう」
 息を整える。気を抜くと、身体が勝手に、ぴくぴくとリズミカルに膣を締めるんだ。それは男を受け入れたときの女の反応で、男を喜ばせる動きそのもの。でも、今は、それで喜ばされるのは。
「ひっい、い、ひっい、んっひ」
 身体ががくんがくん、危ない動きをしている。布団を突き離して両手を胸に。服は着たままだが、そのまま乳首を摘む。脱いでおけばよかった。でも、気持ちいい。布地越しに、揉み潰す。
 じれったい。乱暴になる。服も布も壁も通り抜ける指が欲しい。白くて、巧みで、女をおかしくする指。

「あっあ……ひ、ひ、ひぃ、っひ」
 あ、イってる。なんだ、このイき方。青娥に埋め込まれた変な器官からの感覚で、私が経験したことのない絶頂。ぬるぬるで、こねこね。気持ち、いい。
 絶頂なんだと認識してから、慌てて乳首を強く摘む。摘んだままぐりぐりと潰す。痛いくらい。そうするともう一度、股が、きゅうう……。

「ひ……あ……」
 ひくん、ひくん。
 絶頂で身体が跳ねて、腰が引ける。腰が引けると、力が入って、中の気持ちいいものが、ぬるり。
 また、イって、腰が引ける。
 ぬるり。

「は……あ、ひ、ひ」
 上半身を枕と布団に、うつぶせ気味に投げ出して。よだれを拭うこともせず、頭を枕に突っ込んで、歯をかちかち。布に噛みつき、穴が開くほど、その確かさに縋る。私が無くなってしまわないように。腰は横になったまま、へこへこと、情けない動きが止まらない。だってそうだ、まだ動くし、気持ちいい。私はまだ、感じられる。まだ、イける。もっと、気持ち良く。
 貧乏ゆすりみたいに、膝がカクカクする。何も触っていないのに、下半身のあらゆる動きが、ぬるぬるして、気持ちいいんだ。なんて幸せな身体。

「すぅ……ん、ん、んん」
 息を吸い込んで、止める。空気と、私の身体の中の何かが、下丹田へ溜められる。そこには、私の大好きなGスポットと、そこにへばりついた、おそらく粘液塗れの快感の塊。
「んっううう、ん、ん」
 息を止めたまま力を込めると、絶頂よりも甘い快感が、渦になって襲ってくる。でも、耐えられる。イっていない。イくより気持ちいいけど、それを、じっくり。
 ……気持ち、いい。

「はあぁぁ……っ、あ、あー……っ」
 息を吐くと、がくん、がくんと、身体が暴れる。イった。きもちいい。

「す、うぅ……」
 息を吸う。どこか、気持ちが落ち着く。もしかして、今の私は、こうして呼吸するたびに……。
「っ! ……んん」
 息を止めると、幸せそのものの感覚。味わったら確実にダメになるような、女の本懐。
「はっあ、ああぁ……はぁ、あぁぁぁん」
 そしてやっぱり、息を吐くと、それがすべて解放される。絶頂。満足感。

 心のどこかで、やめろバカと言い続けるナズーリンがいる。そりゃそうだ。こんな気持ちいいこと、ダメに決まってる。

「おなにー……するんだった……」
 さっき決めたことを、ようやく思い出す。そうだ、しないと。こんな気持ちいいことは、早く終わらせないと。
 右手を伸ばして、スカートの中へ。下着はさっき脱いだままなので、直接。一番早く終われて、一番気持ちいい場所、クリトリスへ、中指を。
「んひっ、ぃ」
 つん、と触れただけで変な声が出た。触れた感じからして違う。何だこれ。こんな、ぷりっと大きいものだっけ?
「あっあ、あ、やっこれ、き、きもちっいいい」
 ぴと、ぷに、ぷに、にゅる、ぬる、ぬる、ぬる、にゅ、ぬる、ぷりん。
 どうやら見たこともないくらいに膨れているらしいその突起は、むき出しの粘膜どこを撫でても、私に極上の快楽をくれるらしい。
 一心不乱に指を動かしながら、不随意に膣が締まり、中からも湧き上がってくる。なんかもう、全部、どうでもいいから、ずっとオナニーをしていたい。そんな。
「ひぃ、あ、あぁぁー……あ、あー、あ、ああぁ」
 きゅ、きゅ、くりゅ、くりゅ、きゅ。
 カタチを確かめるように、指の腹で丁寧に撫でる。だって、形が、いつもと全然違う。こんなに大きいはずがない。
 目を閉じて、指先に集中して、感じる。先端は丸く尖っていて、根元はくびれて、皮の中。指が潜りこむとぞわぞわと気持ちよく、横に滑ると耐えられない。下から擦ると気持ちが良すぎてよくわからないけど、くびれは無くて、先端までつながっている。
 よく分からないけど、指より大きいように感じる。
「あっあ、あ、あ、くり、きもちっいいい」
 左手は上着の裾から中に入り、ブラウス越しに乳首を責める。爪で、かりかり、かりかり。クリ弄りの指は、物足りなくなって膣内にぬるり。
 そこで、思い出す。

「ひっいいい、い、い、ひっ」
 にゅく、と肉の塊を押し潰した。膣内にある気持ちいいもの。青娥にねじ込まれた、仲直りの証とやら。身体が完全に出来上がっているせいで、先ほどの耐え難い感覚とは異なり、とてつもなく、気持ちいい。
 もう、意思もなにもなく、ひたすら、揉み潰す。

「あっあああ、あ、あ、あ、あ、あ、ーあっ、あー」
 白痴じみた声を垂れ流し、ひたすら、ぷに、ぷに、くに、くに、ぐにっ。

「ひぐ、っく、いく、いっぐ、ひっ……いいい……」
 トイレに行っておいて良かった。絶対に漏らしていただろうから。

 そんなことを考えながら、ぷつりと、何かが切れた。




 意識は割とすぐに戻ってきた。

「……は、ははは」
 笑いしか出ない。

「くそ、青娥め……」
 まんまとやられた。あのイカサマ仙人、悪趣味にも限度があるだろう。何が仲直りだ、強制屈服の証じゃないかこんなもの。私はいつまでこの呪わしい身体で居ればいいんだ。こんなの、気持ち良すぎて逆らえるわけないじゃないか、つくづく馬鹿にしている。
 軽く今後の身の振り方を考える。これ以上悪くならないと仮定しても、ろくな想像にならない。下手をすれば、股にちょいと力を入れたら最後、また気を失うまで自慰が止まらなくなるんじゃなかろうか。寒気がする。

 と、震えた拍子に、早速キュっと股間の筋肉を絞ってしまった。

「ん、あ……。ん? お?」
 気持ちはよかった。でも、さっきの抵抗する気も起きないような甘さの暴力ではない、まだ普通に耐えていられる。
「ふむ、これなら……?」
 ……とりあえず、日常生活はなんとかなりそうだ。リハビリすれば寺にも行けるだろうか。いや、その前に行くべきは医者のところか。
 仙人の妖しい丹なんぞにどれだけ効く薬があるものやら、見当もつかないが。

「……腹が減った、な」
 日はすでに大分傾いている。日常に戻るためにも、体力を付けなくてはいけない。




 外をぶらりと歩くと、食料が落ちているのを見つけた。
 小ネズミも呼んで振る舞いつつ、腹も満たして、ねぐらへ戻る。




「ん、食った食った」
 やはり死にたて新鮮な食料は良い。これなら数日は持つだろうか。無縁塚に住むことに決めたのはやはり正解だったろう。
 ……寺にいてはこんな豪勢な食事はまったく期待できまいからね。

「しかし、この分だと明日も知れぬ、か。ご主人様に報告すべき、かねえ」
 一人ごちて、すっかり日の暮れた様子の窓の外へ視線をやる。窓の鍵は開けたままだ。どうせ、我が家に無断で入ろうとする者など傍若無人な仙人しかいないのだし。
 気がかりなのはやはり青娥に植え付けられた得体の知れない丹。そして、後で見たところ明らかに肥大していた陰核。弄り回していたときよりは大分収まっているが、私のそれは、普段から形が分かるような立派なお宝では無かった。はず。


 気にはなるが、どうにもならない。
 下手に意識をそちらへやって、またあのようにムチャクチャな欲情に襲われでもしたら大変である。私は素直に、床についた。






五、窮鼠小鬼を养ふのこと


 案の定と言うべきか。数日……記憶があやふやだが多分、四日。その間、自慰ばかりして過ごした。
 医者には結局掛かれていない。体力も気力も、日に日に回数が増え時間も伸び快感も強くなるオナニーに全て持って行かれるからだ。

「もう嫌だ……ぁ」
 自分の声が甘く上擦っているのが、余計に嫌だ。こんなのは、小さな賢将と謳われたナズーリンではない、断じて。でも、気持ちがいいし、しないと、何も手に着かない。してしまうと、疲れ果てて眠る。要するにオナニー以外には何もできない。

 ホント、あの邪仙出てこい。
 どうせ向こうから現れるかと思ったら、全く来る気配がない。しかも、こちらからは、行きたいとも思わないし、思ったとしても身体は動かない。
 あまりの無力さに枕を濡らすだけ。……いや、それもない。枕は捨てた。涙と涎と諸々の体液で、もう使い物にならないから。

 実の所、何度も死のうかと考えた。その度に、死ぬ前にもう一回……などと考えて自慰に興じてしまい、そのまま眠る。眠るものだから、また目覚める。ああそうだ、私に自ら死を選ぶ度胸などないとわかっていたよ。単にオナニーのための茶番だったんだろう。

「……どうなるんだ、これ」
 膣内の得体の知れない膨らみだが、実は、もうすっかり無くなった。身体に吸収されるものだったのだろうか。日に日に出っ張りが小さくなっていき、今日ですっかり消えて元通りになった。
 ……ああそうさ、毎日丁寧に触って確かめたとも。一日として、触らずになど居られなかったとも。だが私の恥ではないよ。あんなものを付けられたら、あの金剛不壊のカタブツたる白蓮和尚だって、魚みたいに口をぱくぱくさせてオナニー狂いになるに決まっているんだからね。
 本当、青娥も私ではなくああいう連中を選べばよかったんだ。悪趣味のくせに、相手を選ぶ趣味だけは無駄に良いのは始末に負えない。
 今日の所は調子がいいのか、効果が切れたのかわからないが、触ってみてもとりあえず正気を保てている。いつも通りの、小さくくぼんだ、皺のある、馴染み深いお気に入りのポイントが、ようやく返ってきた。

 で、無くなったのなら元通りかといえば、そうでもない。欲情も今日の所は本当に収まっているのだが……。

「これ……やっぱり、ねぇ」
 問題なのは、肥大したクリトリスの方である。いつの間にやら立派な幹ができ、私の股間にぶら下がっている。これは、要するに、あれだ。陰茎だ。ペニスだ。どう見たって他の何者でもあるまい。若干サイズのほうは控えめだが。
 要するに青娥の置き土産は、これだったのだろう。膣内、それもオスでいえば前立腺に当たる痕跡器官のある位置――そうだ、丹田の裏に「植え」、数日「世話」してやると、表に元気に生えてくる、という寸法か。仙術の一環とすると、私の気と丹の中身を栄養に育ったのだろう。馬鹿げている。

「ともあれ、これでやっと動けるということかな」
 ありがたいといえば、ありがたい。正直なところ、誰かに見つけてもらうまであの自慰地獄が一生続くのかと思っていた。もう一生分オナニーした気がするよ。
 気持ちいいし、やっている間は幸せで一杯になるが、困ったことに気が狂うこともなく、理性は普通に帰ってくる。自分の無様さを噛み潰すためだけに、正常な思考が戻ってくるんだからね。

 久々の自由である。何をするか。できることなら、今すぐあの青娥の奴をぶん殴ってこの大層なモノを取ってもらうのが良いのだけれど。正直、私があいつに勝てるとは思えない。
 となると、当初の予定に従って、竹林の医者にかかるか、ご主人様の宝塔を拝借してから、かの憎き邪仙を這い蹲らせに行くか、になるか。

 大人しくするなら前者だが、後者が非常に魅力的に思える。ああ、そうだな……あの性悪仙人を泣くまで虐め倒して、奴がこさえたこの禍々しいブツを実際に使ってやるのは、良い意趣返しになるかもしれない。
 何にしても急ぐべきだ。今は収まっているとはいえ、また発情がやってこないとも限らないし、この状態を待っていたのだとすれば、向こうから現れる可能性もあるのだ。

「……となれば」
 まずは、食事かな。先日餌にありついて以来、何も食していない。そろそろ、赤い物をたらふく食っておかないと、頭の方も回りやしない。




 久方ぶりの外の空気。
 ここ無縁塚は、空気が澄んでいるとはお世辞にも言えない土地柄だが。それでも性臭染み入り日も差さぬ我がねぐらよりはいくらもマシである。

「さあ、久々のお宝探し。今日はレア度0でも一向に構わないから、気楽なものだね」
 いつもであれば、名前も知らぬ道具を拾っては持ち帰るのだが、今日の所は私も食欲が抑えられない。性欲と睡眠欲だけを満たし続けてきたのだから、当然当然。

 と、早速発見。反応があったと思えば、遠くをとぼとぼ歩いている。レア度0のお目当ての品である。

「……ん、なんだ。まだ生きているのか」
「う、う……」
 見ると女である。服装からするに里から来たわけではない。多少レア度が上がったが、ここ無縁塚ではそこまで珍しくもない。そう、外の世界の人間だ。

「おーい、私がわかるかい」
「ひ……っ」
「ばかに足取りが重いが、怪我でもしたのかな。なに、私も腹を空かせた妖怪じゃあるが、今すぐに取って食おうってわけじゃないよ」
 露骨に怯えている。ネズミをしっかり怖がってくれる相手は嫌いじゃないな。少し優しくしてやることにする、か。
「妖怪……?」
「ああ。とりあえず、君に敵意を持ってもないし、すぐに君を食べたいわけでもない」
 ……やれやれ、らしくないな。連日の一連のアレで、気持ちに変化でも出ただろうか。いつもなら「君も運が無かったね」とでも言って、美味しく頂いているところである。ここに住んでいる理由の半分くらいはそれ(食料)なんだし。

「……帰して。家に、帰りたいの」
「ここに来る君のような人間は、大体そう言うか、死なせてくれと言い出すかのどっちかさ。そして私は後者しか叶えてやれない」
 美味しく食べて供養してやることはできるが、外の世界にあるこの子の家なんぞは知らないし、そちらはどうしようもない。
「そんな……」
「ついでに言うなら、ここは彼岸花の毒が充満してる。だから、君のように生きたまま会えるのは珍しいよ」
「や、やだ……死ぬの? 私」
「知らないだろうから教えよう。ここは無縁塚。君のような、幻想郷に縁の無い人間の遺体を、弔う場所なんだ」
 まあ、遺体になる理由は、毒のせいだったり、私のような妖怪のせいだったりだがね。弔う前に死体を喰われて骨になるのも珍しいことじゃない。

「……やっぱり、ここは私の居たところとは違うのね。あなたは鼠さん?」
「そうだよ。お腹を空かせた可哀想な小動物、さ」
「じゃあ、私が助けてって言っても、あなたのごはんが無くなるから無理なのね」
「そういうことになる。ただ私は野蛮じゃないものでね、直接締めて食べるのはあまり好きじゃない」
「じゃあ、見逃してくれる? あ、何だったら、あなたの食べ物を探すのを手伝うから!」
 面白いことを言い出す。食べ物って、何を探してくるつもりなのか。人間ではないのだろうし。
「なんだい、逃がした小鳥が帰ってくると言うのかい」
「帰ってくるのよ。だって、そうしないとどうせ毒まみれなんでしょ、ここは」
 違いない。言っていることは滅茶苦茶だが、精一杯の出まかせか。

「申し出は興味深いが、それには及ばないよ。我々ネズミは、探し物は得意なんだ」
「じゃあ仕方ないわね……あ、じゃあ、いつもは探し物をしてるのね?」
「うん。ここは君たちの道具もよく落ちていてね、そのためにここに住んでいる」
「あ、じゃあ、その道具のことが少し解るかもしれない。どうかしら?」
 ……なるほど、どうやら聡明な娘だ。
「そこまで言うなら、いいことを教えよう。――ネズミはね、自分より弱い者と、賢い者が好きなんだ」




「どうぞ。狭くてどぶ臭いと思うけど、彼岸花の毒もここまでは来ないから、とりあえず生きちゃ居られる」
「ありがとう。……ごめんね、お腹、空いてるんでしょ?」
「なーに。君こそお腹が空いているんじゃないか? 少しなら麦と芋の蓄えがある。粥にでもしよう……ま、美味くはないがね」
 人間の畑からくすねた穂は、小ネズミ達が勝手に食ってしまわないよう、しっかり保管してある。また冬を越せないなどと罵られてはたまらないからね。腐ってはいないか、一応確認する。私と違って人間は胃が丈夫でないと思うから。

「ありがとう。でも、大丈夫なの?」
「何が? ネズミだけに、病気でもしないかってことかな」
「えっとー……うん」
「……なかなか君も無礼だね」
「ごめんなさい」
 面白い娘だと思う。だからこそ生かしているというわけだけれど。思えば、この生殺与奪を握る感覚、あの邪仙は私に対して抱いていたのだろう。くそ、忌々しい。
「多分、大丈夫さ」
「多分って」
「なに、病気になったら苦しむ前に私が食ってあげるよ」
「わ、わーい……エコだわ」
 引き攣った笑みを浮かべて言う。ふん、なかなか可愛いじゃないか。こうしたほうが私の興を引けると思ってやっているのだとしたら、本当に賢い娘だ。




「ごちそうさまでした」
「どうだい、不味かったろう」
「えーと……大丈夫でした」
 やっぱり美味いとは言わないんだな。まあ、不味くなかったと言うのなら、よほど腹が減っていたのだろう。私とこの娘で、鍋一つ空にした。

「明日はちょいと出かけるから、君はここで大人しくしているといい」
 しかし、ひょんなことから一日無駄になってしまった。そんなに暇ではないのだが。
 とはいえ……うん。もしかしたら、無駄と言うこともないかもしれないし。
「それ、大分寂しいし怖いと思うんですけど」
「大丈夫だよ。私の家にずかずか入ってくる妖怪なんか居ない」
 仙人は居るがね。

「分かりました。えっと、ありがとうございます、ほんとに。あ、私の名前は」
「あ、いらない。聞くと腹が減っても喰いにくくなるから、困る」
「えーっ、何それ! まだ私のこと食べる気だったんですか?」
「嫌なら出て行ってくれて構わないよ。ああ、粥の分だけ腕あたりから齧らせてもらうがね」
「あっはい嫌じゃないです。じゃあせめて鼠さんの名前を教えてください」

「私はナズーリン、ちゃちなダウザーさ。さあ、腹が空かないうちに寝ようか」
「はい是非、寝ましょう寝ましょうお腹の空く前に。おやすみなさい。ナズーリンさん」

 なんともまあ、おかしなことになった。




「私の布団、どぶ臭くないかい」
「んんー、大丈夫です。なんか、いい匂いする」
「……どうもお腹が空いた気がする」
「な、なんでぇ!?」
 余計なことを言うんじゃない、この小娘。この布団の匂いなんて、数日分のオナニー三昧で染み着いたものしかあり得ないんだから。恥ずかしいなんてものではない。床で寝かすのも酷かと思って布団に入れたけど、ああ、本当。やめておけば良かった。

「……うっ」
 小さな声。
「……っ、ひぐ」
「泣いているのかい?」
 ……そりゃ無理もないか。この娘からすれば、突然神隠しに遭って、死ぬ思いをして、恐ろしい妖怪と交渉し、自分を喰らうかもしれない相手と隣り合って、やっと眠れるんだから。長いこと彷徨っていたんだろうしね。
「ごめん……なさい……がまん、しま、す……から、食べない、で……」
「食べないよ。君が生きているうちは」
 寝返りを打ち、この娘の背中に掌を当てる。
「ん、温かい……」
「できる範囲で、君を守ってやりもする」
 腕を回して、背中から抱く。といっても、私の方が少しばかり小柄だが。肩、胸、腹、ぴたりとくっつけ、体温の交換。
「ナズーリンさん、あったかい……」
「舐めちゃいけない。ネズミだって哺乳類、恒温動物だよ。君と同じさ」
 顔も、肩ほどまでの長さでふわふわと癖のある髪の中へ埋める。
「む、なんだ……いい匂いって、君のことじゃないか」
「えー、シャンプー、もう二日もしてないから……だめですよ」
「そうか。外の世界には、そういう石鹸があるんだったね」

「はい……って、鼠さんの言う『いい匂い』って、もしかして。うー……」
「あー、その、そんなつもりじゃなかったんだけどね」
 すん、と息を吸う。二日前だかなんだか知らないけど、甘くて心地よい香り。私はそんなことさっぱり知らないけど、無意識に、女らしいと思った。
「でも、そんなに嗅いだら、恥ずかしいんだけど……」
「いや……ちょっと、羨ましくてね。いい匂いだよ、君は」
 ずっと嗅いでいたい。鼻の奥、頭の芯が痺れるような。無意識に、腕を引いて、身体を押しつけてしまいたい、魅力的な香り。女の匂い。
 ……いや待て。なぜ、私が女の匂いに痺れているんだ。

「……ナズーリンさん」
「ん……なんだい」
「え、っと……ナズーリンさんて、女性、あ、メス? っていうか、その、女の人だと思ってたんだけど」
「あ、っこれは、その」
 無意識に、身体を押しつけて、いた。

「……当たってる、の、これ」
「あっあー、その、ごめんよ!」
 ぐ、と身体を離して、再び背を向ける。油断した。
 ……ぎんぎんだ。勃起していた、陰茎が。青娥に植えられた、肉の茎が。

「い、いえ……いいんです。私、出た方がいい? 布団」
 ああ、そうか。私は今、女に欲情してしまう身体をしているんだな。だからこの娘の匂いがこんなに魅力的だったんだ。くそ、邪仙め。
「いや、私が出る、から。気にしなくていいよ」
「それはダメです……」
「んひ」
 いつの間にか振り向いていて、布団から出ようとした私の尻尾をぎゅうと掴む。あああ、なんてことをするんだ。
「……やっぱり、大きくなってる。スカート履いているし、可愛いから、男の子なんて思わなかった」
「い、いや女で合っているから……だから、寝よう。お腹が空いたら困るから」
「……ナズーリンさん、私を食べるつもりで置いてくれたんでしょ。いいよ、助けてくれたし。私も、食べられるならこっちの方がマシ」
 肩を引かれ、布団に倒れ込む。上体を被せられ、抱かれる。さっきまで泣いていたくせに。
「それにね」
「んっ」
 唇が落ちてきて、ふわりと髪が目の前を覆う。
「……どうしてかな。私も、ものすごく、したいの。……うずうず、してる。ナズーリン、くんが、可愛いから、だよ」
「それは……」
 きっと、植え付けられたこれのせいだ。私が女に欲情するように、女はこれに欲情するようになっているんだ。くそ、くそ、邪仙め。

「いい、よね。んっ」
 どうしようもないくらい女の匂いのするふわふわが、鼻先をくすぐって流れる。うっとりしてしまった瞬間、唇の間を温かい塊がぬるりとすり抜ける。
 ちゅぷ、ちゅるる。
「んん、んふ……んん、ん」
「んんんっ、ん、ん、んんふぅ」
 口の中を舐められる。噛み切って食われると思わなかったんだろうか。唾液をすすり上げられ、舌先を舌先でつんつん弾かれ、歯の一つ一つを確かめるように、舐められる。ばかになるくらい、甘い。
「んふ、さすが鼠さんだなあ。人より前歯が大きかったー」
「……君の肉を裂いて、噛み切って、食べるためのものだからね」
「あら。じゃあ、女の子の肉は噛まない方がおいしく食べられるって、知ってもらわなくちゃ」
 女の、肉。
 その言葉に背筋がぞくりとし、股にある慣れない感覚が強まる。びくん、びくんと脈打って、私に何かを訴える。いや、何かなんてもんじゃなくて、もっと直接的に。女の中に入りたい、気持ち良くなって出すもの出したい。これ。……いや待て。出すものって何だ? 出るものがあるのか?

「彼氏に振られてさ、ここに迷い込んで、もう死ぬしかないなーって思ったら……ナズーリンくんが助けてくれた」
「助けたなんて……そんな、坊さんみたいな振る舞いはしてないよ」
「ううん。こうして助かったもん。それで、私は、きっとおかしくなったんだね。今、ナズーリンくんと、すごく、エッチ……したいんだ」
 だから、それは、忌わしい邪仙の術のせいで。
「それは、違うんだ……よ。だから」
「違わないよ。してくれなかったら、おかしくなって、今度こそ死んじゃう。見てほら、ばっかみたいでしょ、これえ」
 私のとは随分違う、ふわふわした白いスカートをたくし上げると、下着に一目でわかる、大きな染み。

 目の前に見える、欲情しきった女の姿。
 漂ってくる、私のじゃない、たまらない良い匂い。
 体に伝わる、高揚した、女の体温。
 粘っこく湿って、艶っぽく媚びる、甘い声。
 口の中にじんじんと、甘く残る、陶酔の味。

「あぁ、あ、あ」
 五感が私に訴える知らない感覚を、私の身体に増やされた厭らしい肉の塊は、これ以上ないくらい良く知っているみたいだった。
 だから、戸惑っている私の小賢しい脳みそなんか、もう完全に黙ってしまって。私の身体は、青娥の植えた忌々しい肉に、操られる。

 下着を脱ぎ捨てる。肉茎が引っ掛かって邪魔。焦燥ばかり溜まりに溜まって、落ち着いた動作なんかできやしない。目は血走っているんだろう。とにかく、何でもいいから、この苦しいペニスを外気に晒して、ぐずぐずに蕩けた肉に突っ込みたいんだ。ただ、ただ、それだけ。他になんか、何にも要らない。
 ああ、そうだ。私はまだ、邪仙のおもちゃだ。解っているけどどうだっていい。どうにもならないんだから、徹底的に、気持ち良くなりたいじゃないか。
 守ると言ったはずの娘の腕を引き、布団に仰向けに転がす。下着を爪で引き毟る。替えなんか持っていないだろうけど、そこまで考えが及ばない。

「あ……ふ、うれしい」
「馬鹿……ああ、だめだ。もう、知るもんか……」

 聡明だった人間の娘はどこへ行ってしまったんだろうか。
 プライドだけは高い小さな賢将はもう居ないんじゃないか。

 今すぐ入れてしまいたいが、膣口が若干下を向いていて定まらない。娘の両膝の裏に手を入れ、ぐいと持ち上げる。尻が浮いたような姿勢になり、とろとろの、湯気の立つような女性器が目の前に。
 手を抜いて、身体を重ねる。尻を腿で支えるような姿勢で、ほぼ垂直に、ぬぷ。みちみちに充血した粘膜が、隙間なく密着して、丁寧に丁寧に迎えてくれる。
 
「ひっ、あ、ぁあ、きて……いいから、イイか、らあ」
「あ、あ、ひぃ……これ、っ」
 先端だけ手で押し入れれば、後は身体を倒して重ねるだけで。
 
「っひあう」
 ずぷ。
「あっあぁうあ」
 ずぶぶ。
 何の抵抗も無く、ほら。
 深く深く、密着して、私のスカートが二人に被さって結合部を隠す。脱ぐのが面倒で、このまま。
「うあ、あ……すご、ぬるぬる」
「っ、ひ、ふ、ぃ……ぁ」
 なんだ、もう、この娘何言ってるのかわからない。鼻ですんすん息をしているけど、涙とか涎とかで顔もめちゃくちゃ。脚が、びくんびくんいってる。正確なところは解らないけど、あの欲情ぶりと、襞のぺっとり具合からして、私が狂っていたときと同じような感じなのだろう。
 可哀想。あんな状態で、自慰どころか、雄性器をこうしてずぶりと喰らったりしたら、そりゃ一発で頭はダメになるだろう。良くて朝まで元に戻らない。これは、経験からくる確信。
「きもち、いい……」
 感極まったようにそう言うと、両目からじわりと涙を滲ませた。どれだけ幸せになっているのかね。解るけど。
「私も、気持ちいいよ」
「うん……ナズーリンくんも、いっぱい」
 ……ああ、そういえば、まだ男だと思われているのか。そういえばそうだ、女性器の方は見せていないし。まあ、いいか。
 布団に手を衝いて、腰を浮かせる。

「あ、うあ」
 ……あ、膣って凄い。
「っあっああああ」
「ひっこれ、う、あ、あああ」
 唾液をたっぷりつけた唇が、舌にぴっとり着いて離れないような感覚。それがいくつもの輪になって、繰り返し敏感なところに、まとわりつく。ぬるん、ぷるん、ぬるん、ぷるん、ぬるん、ぷるんと、短い時間に繰り返される。クリトリス全体を舌で包んで、吸いながらゆっくり舐められるような、それよりもずっと凶悪で腰が抜ける、いや、腰から何かが全部抜けちゃう、そんな。
「っふあぁあ」「っひう」
 そして、また、ずぶりと。奥まで。腿が閉じて、背が逸れて、天井をぞりぞり擦りながら、柔らかい終点まで。血の詰まった肉の袋が、私の肉の塊を、みっちり揉み潰して迎える。危険すぎる。
「いやぁっ、き、きもち、いいよぉっ、あっああ、あ、あっあ」
「うんっ、私も、すごい、中、厭らし、いっ、の、っひぃい」
 速くなんて動けない。一突きごとに頭の中にぞわぞわ響いて、一思いにずぶりとやらないと、途中で止まりそう。ずぶっ、ずず、ずぶっ、ずず、の繰り返し。
 自分も死ぬほど気持ちいいのに、目の前で気持ち良くなっている女がいることのほうが、嬉しい。知らなかった感覚。
「ぁあぁ、こんっ、なの、ないよぉっ……はじめて、こん、なにっ、いぃ」
 そりゃそうだ。散々発情させられたときの身体がどれだけ持ち主に逆らってくれるか、私は嫌と言うほど知っている。だからこうして、ぬっぽんぬっぽん出し入れしてやると、どれほど幸せかも良く知っている。
「あ、っ、ここ、だよね、ここ、ほら、ぁ」
 くく、と抜いて、ここ数日で随分詳しくなった膣内の窪みに狙いを定め、身体を起こして角度を付ける。
 腰が震えるのに任せて、かくかく何度も擦ってやる。
「っ! ひっい、やっや、やっ、や、だめっだめだめだめだめ、だめっ!」
 ああ、やっぱり。ここ好きなんだ。あーあ。
「ほら、あ、ここ、いいよね、ふふっ、わかる、わかるの」
「っ〜〜〜〜ぁ、ぅん、ひっ、ひっ、ひいぃっ」
 ネズミは、壁に穴を開ける生き物だ。壁の、脆いほころびを見つけて、何度も、何度も、何度も、執拗に擦り、削り、抉り、穿つ。
 この娘の弱いところに、当たってしまったのだから、あとはそのようにするだけなんだ。本能のままに。

 ちゅぷ、つぷ、つぷ、くちゅん、ちゅぷ、ちゅぷ、にゅく。

「、っ、ひ、、ん、っ、。ひ」
 声がちゃんと聞こえなくなってきた。私の頭自体がもうぼーっとしていて、この気持ちのいい穴で私の陰茎の先を、にゅこにゅこ何度も包んで撫でてもらうことしか、考えられないし、あまり音とか聞こえない。
 目の前のこの娘は、ぴくんぴくんと胸元で跳ねてるだけで、なんか、多分、あまり声とか出てない。困った。これ、気持ちいいし、死ぬのは困る。
「はっあ、は、はふ、ふぁ」
 腰の動きが一定しなくなってきた。疲れもあるけど、気持ち良くて、勝手に。
「ひっあ、あ、ああっあ、んんぁ、あゃ、っあ、あー」
 表情がおかしい。なんかこれ、多分何回もイってるんだろうな。私が青娥にされた時みたいに。ずるい。ずるいから、私も、気持ちいいようにする。身体をまた倒して、ぎゅうっと密着。ふわり。この匂い、どうしても好き。
「ぞくぞく、してるよぉ……ひい、い、とまらない……」
 腰の奥がむずむずして、何か漏れそう。でも、気にしてる場合じゃなくて、だって、きもちいい。がくんがくん腰を振る。

「ふあ、あ、ふっ、ひ、ひいぃ、ぁ」
「う、あっ、あ、でる、の? これ、でっあ、あ、あっあああ」
 腰が弾みをつけて、私の意思とまるで関係なく、くぽんくぽんとしゃくる動きを繰り返す。リズムも何もなく、速く速く。早く早く、急かしつける。何も見えない。彼女の顔も、窓の外も、部屋の中も、彼女たちの顔も。見えても関係ない。きもちいい。出したい。出る、これ、出る。
「うあっあ、あ、あああっ、あああああっ!」
 出てる! 何か出てる、陰茎の先からぴゅるって出てる。止まらない。突き入れるたびに出てる。速く、速く、深く、ずぶり。
「ふあ、すご、っい、っいい、いひっ、ひっいいいぃっ」
 ずぶりと突き入れて、膝が言うことを聞かなくなって、圧し掛かったまま、腰をぐりぐり、押し当てる。びゅっ、びゅ、びゅくっ、びゅく……。
 はー、はー、と息をつき、目に入る汗を拭うこともできず、私は初めての射精を女に注ぎ込む満足感に、どっぷりと、頭まで、浸った。




「大好き……」
「こら、あまり滅多にそんなこと言うもんじゃないよ」
 女を抱く喜び。これに関してだけは、青娥に感謝してやってもいいかもしれない。そんな気の迷いを抱きつつ、その日は抱き合って、深く深く眠った。
 初めての射精は、そういうものなのかは知らないが、とてつもなく体力を消耗した。眠たくて、仕方がない。

 眠った。
 何があっても、目が覚めないくらい、深く。




 ――。




 朝。
 
「ん……」
 目を覚ます。日差しが今日も眩しい。目を開けるのが、少し辛い。そんな気怠い微睡みの中で、今日はなんだっけ、と思い返す。
 ここ数日自分の身体に振り回されっぱなしで、記憶がしっかりしていない。いけないな、ネズミが理性と知性を失っては。

 ……そして粗方、思い出す。

「あれ?」
 腕の中にあったはずの、温もりと体重が、無い。

 逃げた?
 
 ――いや、まさか。

 じゃあ何だ?

 布団を投げ跳ね起きて、異変に気付く。匂い。肉の匂いだ。不覚にも空腹が刺激される。なんだ?

「ギィィ」「ギッ、キュイィ」
 1、2、3、4……部屋に、見慣れない小ネズミどもが居る。いや、違う、こんなものはネズミではない。ネズミはもっと生物らしいフォルムをしている。こんな裂けて不揃いな歯の生えた口もしていないし、腐った卵みたいに濁った目もしてはいない。なんだこの、これは。

「ぐ……ぁ」
 眩暈がした。思いついた状況が余りにも不快だったから。考えることを避けたかったから。遅れて吐き気。

 土間に血溜まり。
 隅に転がる骨片。
 散らばる衣服の残骸。
 細くてふんわりした、良い匂いのしそうな、髪
      ……に、皮膚の欠片がこびり付いた物。
 それに群がる、4匹の異形の『仔』ネズミ。




「霍……青、娥……!!」
 
 我を忘れたその先は、覚えていない。
 ……ただ。
 異形のネズミどもは、砕いても踏んでも潰しても立ち上がり、忠実に私の後をついてきた。






六、十二因縁は心裏に空しきのこと


「居るんだろう!!」
 墓地。ここで騒ぎを起こすと命蓮寺の者が来るかもしれない。だが、この際そんなことはどうだっていい。ただ、かの邪仙に見え、私の渾身の一撃を見舞う。それだけでいいんだ。
 宝塔などは持ってきていない。もうそんなものは関係ない。私はあの邪仙を許さない。

「おう、居るぞ。あれ、誰だっけ?」
「お前じゃない、霍だ。どこにいる!?」
 およそ間違いなかった。あの邪仙が付けていったこの陰茎。そこから迸った精液。私のだとは今となっては思いたくもないが。その子種。
 それは生きていた。

 ギュィ。

 仔ネズミどもはやはり付いてきている。私にはあくまで忠実に付き従うが、待ても死ねも聞きはしない。私がどれほどの力で潰しても、決して死なない異形のネズミ。
 あの人間の娘は、恐らく、これらを――産んだんだ。
 私が眠っているその間に、呪われた子種を実らせ、産み、そして喰われた。

「青娥も居るぞ」
「お久しぶり。そういえば、あなたはあの天邪鬼を懲らしめる遊びには加わっていなかったのね。ふふ、その身体じゃ無理ないけど」
 どこから来たのか、地面に穴でも開けて来たか、青娥は私の背後に居た。天邪鬼? 何の話だか解らない。
「遊びだったんだな」
「遊びだったの。あんな反則に付き合ってられないわ。それより、ナズーリン」
 向き直って睨みつける。青娥はその視線を軽く躱し、地面へ目を落とした。今も、異形の仔ネズミがキィキィ鳴いている。

「うふふ、元気なお子さんが産まれたみたいね」
「黙れ」
「嫌よ。ほら、うちの芳香があなたの部下を食べちゃったでしょ? 代わりになるかと思って。その子達は優秀よ、腐っても可愛いし」
「黙れ!!」
「死んでるからな。黙るのは得意だ」
 力任せにロッドで殴りつけるものの、芳香にあっさり止められる。凄まじい力で、びくともしない。解っていたことだが情けない。

「で、どうしてそんなに怒っているのかしら? 種を育てるのは、ちょっと驚かせたかもしれないけど、それはそれは気持ち良かったでしょう?」
「ふざけるな……こんな忌わしい物を産ませるために、君は……!!」
「あら心外。女のほとに陽根を差し入れて、子種を吐けば、やや子が産まれますわ。毘沙門天の教えよりも自明じゃなくて?」
「あれは君の仕掛けた呪いだろう」
 あれ、とはもちろん、この正視に耐えない異形のことだ。やはり昨晩の私の精から生まれたのか、これは。なんて気味が悪い、なんて悍ましいんだ。そして何とも都合のいいことにこの仔ネズミ、青娥達に対して攻撃しない。私に付き従っているのは青娥の術によるもの、ということなんだろう。

「ええ、青娥娘々特製、养小鬼の陽根。一生使えるスグレモノなのよ? 産まれる子は幸運を呼ぶというオマケつき」
「ふざけるのも大概にしないか……」
「ふざけているのはあなたじゃなくて? たかが人間の女一食分。優秀な部下に比べれば何ともないのでしょう。あなたたち妖怪にとってみれば」
「そんなこと……」
 ……確かに、私は彼女を喰らおうと考えもした。したが。それは違うんじゃないのか。
「第一、昨夜は私もあなたのところへ行ったのよ。ほら、そろそろ陽根も定着して、女を欲する頃だったでしょうから、精を抜いてさしあげようと思いまして?」
「何……だって」
「そうしたら、人の娘をどこからか捕まえて、大層心地よさそうに種付けに興じているんですもの。お邪魔かと思って帰りましたわ。芳香も残念そうで」
「うむ、肩透かしだったな」
 何もわからなくなってきた。歯ぎしりしているだけなのに、涙が溢れてくる。

「その様子だと、情が移ったようね」
「青娥みたいだな」
「芳香、黙りなさい。……変ね、別に悲しいことなんて無いはずよ。あなたが拾って犯さなければ、あの娘など、野垂れ死ぬか、妖怪の餌か、あるいは、あなたの夕餉のメインディッシュ。違わないでしょ?」
「違う……そういうのじゃ、ないんだ、彼女は……!」
「違わないわ。私が着けて差し上げたその陽根、それが女を欲しがったから、あなたは彼女を生かそうなんて考えたのよ。それが無かったらあの娘は今頃、あなたのお腹に収まっているはず」
 違う……のに。
「これだから妖怪って邪悪なのよ。こんな連中を護ろうって言い出すんだから、本当にこの寺の住職は目障りだわ」
 こんな時に、五日前にたらふく食べた肉の味が思い出される。ああ。私はどうしようもないくらい、腥い妖怪だ。それを恥じたことなどないが、私はこの邪仙に、何か物申すような権利は持たないんだろう。

「私のすることは、命蓮寺とは関係ないよ……そういう言い方はやめて欲しいな」
 ガラン、と得物であるロッドが墓地に転がる。戦意が萎えた。私は、あの娘のために怒る資格を持っていないんだ。

「同じだわ。妖怪は人間を食す……何故だか知ってる?」
「……そんなもの。人間が草や肉を食うのと同じだろう?」
「そうね、でもちょっと違うかなー。きっとね、人間がこれ以上寿命を伸ばさないためよ。外の世界では、人間はどんどん仙人になっているの」
「なんだって?」
「齢百を超してもなお生きる者がいたわ。身体から管を生やして丹を練る者もいた。欲望のままに命を伸ばす道具を造り、民に施す者たちもいた。言うまでもなく、これは仙術よ。道教の教えは知らぬ間に広がり、全ての人間の欲を満たすように進化したの。あちらでは、その進化した道教を、"サイエンス"と呼んでいるわ」
「……やれやれ。人間の欲とは、本当に限りのないものだ」
「その欲に応えるのが、道教ですわ。森羅万象、万物の源であるこの宇宙、それを総べる公理。それは、古代から不変の元神」
「ユアン……シェン?」
「ええ、元神。元神は人の中にあり、同時に宇宙であるのよ。普通は、壁に阻まれ触れられない……瞑想することで壁を無くすの。ちょうどこの間のあなたのように、ね。そうすることで道ができる。そうして出会う元神――その正体は、人間の欲そのもの」
「欲が……宇宙?」
 仙人の言うことは、よくわからない。

「外の仙人は凄いのよ。宇宙を手にすべく、大気の壁を破る者がいる。音の壁を超える者がいる。強欲でしょう? 惚れ惚れするわ。彼らは机や、機械の箱の前で瞑想する。想いを巨大な宇宙へ、あるいは、小さな小さな内の世界へ、瞑想のうちで奔らせるの。天へ、地へ、外へ、内へ、何処までも欲望を奔らせる道士達よ。彼らを阻む壁は、もはや幻想との間にしか無いわね」
「雲を掴むような話だね。想像もつかない、途方もなく大きいものも、逆に小さいものも、その元神という奴なのかい」
「そうですわ。毛先ほどもない肉のかけらを再生させ、それを使って死んだ臓腑を蘇らせようとする者さえいる。これは私のキョンシーと同じ仕組みね。私のように不老長寿とならずとも、ただの人のままに不老となる日も近いでしょう。もっとも、このような仙人はあちらでも、天狗より速い文屋にすっぱ抜きにされ、邪仙として貶められるんですけどね。この間も一人、未熟な仙女が晒し者にされていたわー」
「いや、ちょっと待てよ。外の話はわかった。だが、どうして君がそんなことを知っているんだい」
「あら、大結界なんて御大層な名前を付けても、結局は壁よ? 私が、どうやってあの方の封印されているここに来たと思っているのかしら」
 そうか。話によれば、千数百年の封印から蘇った尸解仙は、施政者とそれに従う豪族の2人であったと聞いている。地底から一緒に出てきた邪仙がこの青娥だが、確かに千年余りも地底でじっとしているような女ではない。この邪仙はその永い間、外の世界で暮らしていたのかもしれない。とすれば、とんでもない奴だ。

「あちらには妖怪が居ないから、人間がそんなことになったってことかい」
 つまり私達妖怪とは、人間が生き過ぎないために用意された天敵? なんだそりゃ、ぞっとしない。
「そうそう。寿命を伸ばすだけで悪って言われるのは、そういうことなの。病気を治すのは悪。妖怪に食われないのは悪。生きるのは悪。全く、勝手な話よねー。どう考えても、悪なのは妖怪のほう。それを護ろうというこの寺は、まさに悪の大王の居城ね。そのくせ自分達ときたら聖人面しているんだもの」
「君はその妖怪よりも、ずっと邪悪なようだがね。地獄から迎えは来ないのか?」
「この間も来たわ。でも、そんなことでいちいち死んでいては仙人は務まらないもの」
「しかし、人間が全て君のようになってしまっては事だよ」
「そうねぇ。そんな風に考えてかしら、外の人間を食い荒らす仕組みを作ろうとしている奴がいるわ。人間の里にスパイまで送ってね」
 やれやれ、私の知らない所で様々な思惑が動いているということか。もっとも、私には関係ない話だが。
「人間の欲は美しいのよ、食べ、交わり、眠り、生きる。輪廻の摂理なんてナンセンス。それで自ら滅びるとしても、いいじゃない、それで」
「やれやれ。無理非道とは将に君の為にある言葉だ」
「まあ。道(タオ)に非ずとは失礼ね、道教とは道を求め拓く教えなのよ? 道は無ければ作るものなんでしょ、鼠さん」
「違いない」
 やれやれ、結局は自分勝手。無理非道は私も同じだ。道なんて、あって無いようなもの。
「でも万人が道教に傾倒すると不味いのは確かよ。だから、偉大で絶対的な施政者が必要なの。外の世界はそれに失敗しているみたい」
「なるほど。誰でも力を得られるようになってしまうのでは、そりゃあ碌な結末にならないだろう」
 青娥があの道士を崇めているのはそういうことなのだろう。この邪仙自身は、大衆の掌握などに興味は無いようだから。

「……ところで、そんなことより自分の心配をすべきじゃないかしら、ナズーリン。ね、大丈夫?」
「何が……?」
 青娥は再び、私の背後へ。
「こんなに女の近くに居て。ソレの盛りって、結構キツいわよ?」
「な……っ! ひ……あ」
 ふ、と背中から、首筋に息を掛けられる。ぞわ、と背筋に寒気がした。
「ね、ダメになっちゃってる」
「お? もういいのか?」

「ば、ばかみたい……だよ、こんなの」
 ようやく自覚する。私は青娥と芳香の近くにいるだけで、もう、発情している。陰茎はとうに勃起していた。集中力は乱れ、息が荒い。心臓は早鐘を打ち……ああ。壁抜けの邪仙、霍青娥とは。まず胸に目が行く。柔らかそうに膨らみ、女性らしさを存分に主張しているんだ。青く美しい髪。整った肢体。見透かされるような瞳に、神秘的な羽衣。こんな美しい女に、心奪われないはずがあるかい。
「そうよ。あなたはもう馬鹿なの、ナズーリン。こんなに可愛い子なんですもの、簡単に返してあげるわけないでしょ?」
「うむ、ナズーリンは可愛いと思う。相手してもいいぞ」
 大きなお世話だ。誰が好き好んでこんな忌々しい連中に頼むか……と、言いたい、言いたいが。
 青娥だけではない。この顔色の悪い死体だってそう。うっすら膨らんだ未成熟な胸、良く見ればどこか幼いながらに気品ある顔立ち。無邪気に笑いつつも、艶めかしく口角を上げ、舌舐めずりを一つ。いちいち蠱惑的に見えるんだ。全部、股間でずくんずくん疼いているこの、肉の塊のせいなのだろう。

「願い下げだよ……私は、帰ることにする」
「構いませんけど、それ、自然には収まりませんからね。自慰では漏れませんし、出せませんわ」
「っ……相手くらい、自分で見つけられる。ダウザーを馬鹿にするな」
「あら、それならいいわね。元気なお子さんが産まれるでしょうし。ネズミは子沢山ですものね」
 何だって? まさか、同じことがまた起きるのか? どこで誰を見つけても、私が女を抱くたびに、その腹を異形のネズミが食い破るのか。
「待ってくれ……それは、まさか」
「嫌みたいだったから、わざわざ死んでる芳香を紹介してあげようと思ったのに。ねー?」
「おー? そうそう死んでまーす」
 ……何てことだ。

「青、娥……」
「何ですか?」
「それはつまり……抱いた相手を殺したくなければ、頭を下げてその死体と交われ、ということなのか」
「別に頭を下げなくても貸してあげますけど。ああ、その辺の妖怪を犯せば、もっと強い小鬼(シャオグイ)が産まれるわねぇ」
「……ああ。見下げ果てたよ邪仙。どうかまず君のほうを抱かせちゃくれないか?」
 呆れる。こいつは、私にあの気色悪い仔ネズミを作らせたいとか、そんなんじゃないんだ。単に、欲情のはけ口を制限して、泣いて交尾をねだる私が見たいだけなんだ。私が欲望のまま抱いても殺さずに済むのは、今の所、この死体だけだ。ああ、本当にふざけている!

「あら。失礼なのかしら、光栄なのかしら。させるつもりもないけど、よしたほうがいいと思うわ。私が死んでしまったとして、あなたがキョンシーを遣えるなら別ですけど、そうじゃないなら困るわよ?」
「本当に、ふざけているよ……」

 ああ、わかっているとも。
 一番ふざけているのは、今、しっかり芳香を抱く気になっている、私だ。




「場所を変えましょ。気を付けてくださいね、降りるわよー」
 髪から簪――壁抜けの鑿を外し、それで私達の立つ足元に円を描く。描いた端からすっぽりと穴になり、下へ。降りて行く先は、今や誰もいない大祀廟。同じ要領で壁も抜け、夢殿の塔の中へ。いずれの穴も、私達が通ると同時に綺麗に消えた。やれやれ、こんな奴が居たんじゃ我々ネズミは廃業だよ。
 ネズミといえば、あの仔ネズミ達はついてきていないようだ。青娥がそのようにさせたのだろう。

 元が墓であるのに、中には何故か布団が敷いてあった。しかも新しい。どう考えても青娥が敷いたものだ。
「……青娥、私で何人目なんだい」
「あら、聞きますそれ? 淑女にそんなこと聞くものじゃないのよ」
「にしても。もう少しロマンチックな場所はないものかね」
 抵抗することを諦めたら、少しばかり気分にも余裕ができてきた。そう、私はこれからこの死体――芳香と交わるのだ。邪仙の軍門に下り、宛がわれた女で欲望を発散し、蔑み笑われるのだ。それを拒んで逃げ出した所で、植え付けられた肉茎からむずむずと沸き上がってくる欲は、とても我慢など出来る代物ではない。どこかで自分より弱い女を見つけたら、私はそいつを力尽くでも犯すだろう。そしてそうなったら、我慢など出来るはずがない。私は忌わしい子種汁をその娘にぶちまけるだろう。そいつが内から食い破られて死ぬことなど構いもせずにだ。
「あら。壁を穿ち柱を食むネズミには、この場に立ち込める歴史と霊魂のロマンが分からないのねー」
 あんな目に遭うことを思えば、ここでこいつの言う通りに、死体に精を放って満足していた方がいくらもマシだ。不本意な形で誰かの命を奪うこともないし、害と言ったら、この邪仙の下世話な笑みが鼻につき、見下ろす視線が不愉快であるということくらいのもの。ネズミに生まれついてこの方、そういうプライドをかなぐり捨てるのには慣れているというものだ。

「ねぇ、誰かを操るには、こつというものがありますの」
 青娥が何やら言う。それを聞きつつ――聞き流しつつ、私は、芳香を抱き寄せた。臭い。ネズミの好きな匂いだ。
「従うときと、従わないとき。そのふたつに、大きな差があれば良いのですわ。従うと得で、逆らうと損というように」
「それは当然だね。宗教家など昔からそうだ」
「逆らう場合に罰を与えて嬲り、従わないときの立場を悪いようにするのも良いのですけど」
 それは、暴君の在り方だ。彼女に背けば、私はきっと、行く先々で女を殺すことになる。自制などできはしまい。そしてやがて退治されるだろう。それは、ひょっとすると命蓮寺の僧にかも知れない。
「おう青娥、始めていいのか」
「少しお待ちなさいな。……罰よりも、従ってくれた時に賞する。私の言う通りにしている限り、気持ち良くしてあげるのが、肝要」
 これだ。名君の在り方だ。……もっとも、彼女の言う「賞」とやらは、心を蝕む毒……快楽なのだ。なんて性質(たち)の悪い仙人だ。

「君は、いつも他人をそんな風に扱っているんだね」
「そうよ? 賢い者ほど、気持ちのいいことには素直ですものねー」
「おのれ、私だって賢いんだぞ」
 芳香は置いておくとして、卑しくも、私とてちょっとした賢者を気取っている者だ。だからこそ、青娥の言うことは良く分かりもする。「相手が気に入らない」などという感情的な物差しより、目の前の損得こそが私の為になるものだ、と知っているからね。
 だから、今は、目の前の餌にむしゃぶりつくよ。それが私の一番の得なんだ。

「芳香、君は本当に大丈夫なのかい」
「おー? 私は平気だぞ。死んでいるからしんでれら」
「いや……」
 心配しているのは、この死んだ娘さえも、私の仔ネズミは食い破ってくるのではないかと。それでも死なない(死んでる)とは思うが、気分は良くない。
「大丈夫よ。芳香は可愛いけど、死んでるからねぇ。子はできないの」
「安心した」


 芳香を布団に横たわらせ、む、と息を飲む。ああくそ、どこから手を付けていいんだかよく分からない。第一、この状況ときたら何だ。陰茎が生えていて、身元の怪しげな死体娘を寝かせ、それに覆い被さろうとする私。口元に手を当て、目を細めてその様子を見ている青娥。これで芳香に愛を囁いて交尾に没頭できる奴は心底どうかしていると思う。
「芳香はちょっと身体が固くて大変だけど、面倒なら外すなり折るなりしてもいいわ」
「おいおい」「おいおい」
「大丈夫よ。この子はタフさが売りだもん」
「そうだっけ」
「そうなの」
「そうだったー」
 ……本当に大丈夫なんだろうな、この死体。

「なんせ関節が曲がらないからねぇ。匂いは鼻が曲がるくらいなんですけどねー」
「そうだね。芳香は、いい匂いがするな……」
「ゾンビだからな」
 昨晩に嗅いだ良い匂いとはまるで逆だけど、私のようなドブネズミにはこっちの方が相応しいのだろう。涙が出てくる。
 寝かせた芳香は両腕を垂直に上げたまま、仰向けになっている。その横に座り、芳香の額の札をめくり上げると、小さく尖った唇が見えた。思わず、唇を重ねる。間近で芳香の匂い。美味しそう。自分でもどっちの意味だかわからない。
「ん……んん、ぢゅ」
「お、ふ……んー、ん」
 目を閉じて応じてくれる。なんだ、可愛いじゃないか。口の中は冷たくて心地よい。流石は死体と言うべきか、体温が無いようだ。私のもて余す熱を分けてくれようと、丹念に口内を舐める。舌、歯、歯茎の裏、舌の裏、頬肉、唇。何れも美味。うっとりとしたような、鼻にかかった息で応える。すぐに、私に植え付けられた男の象徴が、むず痒く反応する。我ながら浅ましいが、芳香が魅力的であることは認めざるを得ない。
 ああ、私は心底どうかしているのだなと自覚する。芳香に溺れたくて、仕方がなくなっているのだから。
「芳香……」
「おう、んー……気持ちいいぞ」
「随身保命、命を持って従うように書かれていますからね。命があれば欲もある。芳香のそれはけっこう、強いんですよ」
「それ?」
「ええ。見たでしょ? いいこだから、人よりも好(よ)く食べ、好く眠るわ。――なら当然、好く交わり、好く悦ぶ」
 青娥がそう言うと、芳香は肘の曲がらぬ腕を交差させて私の頭を捕らえた。肩はいくらか動くらしい。下から唇を奪われる。じゅるり、と粘っこく吸い付かれ、舌を舐められる。唾液の粘度がやけに高い。酸味が強く、鼻に抜ける、よく発酵したチーズのような味。ああ、たまらない。
「んんふ……芳香、君は素敵だな」
「おう、よく青娥に褒めてもらえるぞ」
 交差した腕を振り払おうとしたが、動かない。なんという力だ。仕方ないので身体を重ねたまま、二人の胸の間に手を差し入れる。むにゅり、と柔らかい。これ、乳が入っていたのだから、中で本当にチーズになっているんじゃないか? ごくり。
「重くはないかい?」
「青娥より軽いぞ」
「芳香? 余計なことを言うと後でひどいわよ」
 むしろ、青娥は普段から芳香の上に乗るようなことをしているのか。やれやれ、文字通り腐敗した主従関係だ。

 首元の結びを解き、大陸風の衣装を脱がしていく。身体には防腐処理をされているらしい包帯が巻き付けられていた。どこか痛ましい。
「芳香は、こうして胸を弄ると感じるのかな。不思議だが、どうやら私は君を気持ちよくさせたいみたい」
「お、う……んー、もう少し右」
「ここかい? ううん、探すのは得意なんだが。よくわからないな、包帯も取ってしまおう。青娥、いいんだよね?」
「いいですよー。結び目、分かります?」
「探すのは得意だからね」
 しゅるしゅると包帯を解くと、芳香は背中を浮かして抜き取りやすくしてくれた。そういえばこの死体、関節がまともに曲がらないのにどうやって服を着せたんだ?
「芳香、万歳はできるかい」
「おう、ばんざーい」
 頭の上に腕を上げてくれた。なるほど、これなら上を脱がすことができる。腕を袖から抜いてやると、子供のように目を瞑ってうーんと顔を振った。妙なところが妙に可愛い。「ばんざーい」のついでに、私も芳香の腕から抜け出すことができた。
「……へえ、思ったより綺麗なんだね」
「ふん、そんな言葉では騙されん」
 芳香は、何やら腕をばたばたさせている。ああ、胸を隠したいけど肘が曲がらないんだろう。晒された喉、胸、腹。血の気がなく青白いが、とても死んでいるとは思えない艶と張り。何らかの意図があって維持しない限り、単なる屍がこんな風にはなるまい。青娥の悪趣味をまた一つ確信させられる。
「でしょ。この艶、このふくらみ、柔らかさ。本当、苦労したのよ」
「お肌ケアは大変なんだぞう」
「それ、青娥が自分で楽しむためなんだろう」
「あらーわかりますー?」
 これである、青娥に構うと本当に良くない。……私も私だ。まったく、さっきはすぐにでも雌にぶち込みたいと滾っていたくせに。抱こうと腹をくくってしまえば、変に余裕が生まれるのだから、この肉の棒切れときたらよくわからない。

「ほら芳香、暴れないで腕をどけるんだ。君の力で叩かれたらかなわないからね。さあ、ばんざーい」
「まんせーい」
 何言っているのだか。腕を上げると、胸をくいと突き出した形になる。うー、これは、可愛いな。血色の悪い乳房が、私の前でぷるんと揺れる。文字通り、食べてしまいたい。
「あー……食べてしまいたいが、我慢して可愛がってあげよう。だが、味わうくらいは良いよな。んっ、ちゅ」
「うひぃ」
 左の乳首に吸い付く。じゅるりと吸い上げ、唇で挟む。歯の先が当たると痛かろうから、自慢の前歯の背を当ててやる。……待てよ。こいつ、痛いのは平気なんじゃないか?
 右の乳首を右手で摘んでやる。ぷにゅっと潰すと、なんだかぬるぬるしている。乳というわけではあるまい、たぶん防腐液だ。あ。舐めても大丈夫だったんだろうか。……まあ、大丈夫だろう。そのぬるぬるを利用して、指二本を横に揃え、ぐにぐにと上を擦ってやる。ああ、これは気持ちが良さそうだ。
「おぉ……これ、気持ちいいぞ、ひっ、ひー。おおう、私、これ好きだ。ナズーリン好き、い」
「うんうん、良かったわねぇ。芳香はおっぱい好きだもんね」
 青娥はといえば、いつの間にか羽衣の上に座って、ふよふよ漂いながら私達を観賞している。本当にいい身分だよ仙人様め。

「んん……ぢゅる、ん、んっ」
 そろそろか、と思い。咥えた乳首を、こり、と噛んでみる。同時に右の方にも、人差し指の爪を上から立て、軽く力を入れてやる。
「ぃひぃ……おっおお、おぉぉ……」
 脚がばたばた跳ねる。それで私の身体が動いてしまい、結果、歯と爪で、乳首をぐりぐりと責めることになる。ああ、馬鹿め。本当に脳が腐っている。
「ぷぁっ。おい、暴れるもんじゃないよ。そんなことしたら君は、気持ちいいんだろう。ほら、こう」
 ちゅ、こりっ。ぎゅ……かりっ、かりっ。ぐりぃ。
「あああぅあああ、おうああああ」
「あらあら激しい」
「んぬうう、気持ちいい、いいぞぉ」
 そうだろうとも。解っているよ。

「ねえねえ芳香、してもらってばかりじゃ申し訳ないわ。ナズーリン様にもお返ししてあげましょ」
「お、おーう」
「えっ、いや私はっうわ」
 ばいん、と芳香の上体が跳ね上がった。危うく頭をぶつけるところだ。……ん、腰はおおざっぱに曲がるみたいだな。
「鼠のように小心な女はね、いつも、して欲しくてたまらないの。でも誰もしてくれないから、こうして、して欲しいことを相手にするばっかりなのよ」
「おいおい、勝手なことを言うな」
「おー、ナズーリンは可哀想だなあ」
 大きなお世話だちくしょう。
「だから芳香、あなたが優しく苛めてあげなさい。壊れちゃわないように優しくよ?」
「がってんだ」
「えっ、おいこら、待つんだ……うわあ」
 真っ直ぐ伸びた手に肩を捕らえられ、とんでもない力で立たされる。そのまま縦に爪が走った、と思ったら服が縦に裂けていた。ああ、気に入っているのに。
「ナズーリンがしたことは、されたいこと」
「そういうわけじゃあ……ひっ」
 両脇の下に手を入れられ、掴まれる。少し怖い。芳香がこのまま指先に力を入れたら、あばらが粉々になるだろう。また、芳香の爪は長い。背中に刺さりでもしないかと気が気でない。第一それでなくても、身体がわずかに浮いている。床に、踵がぴったり着けられない。体重を支えられ、身動き一つ取れない。

「あらあら、芳香はそれ得意なのよ。両手で胸を捕まえてね、腕が曲がらないもんだからこうするしかないの」
「やるぞー、青娥が好きなやつ」
「いやあね、恥ずかしい」
「や、やめろ……ひっ、ああ」
 芳香は、私の身体を固定したまま、両手の親指を私の乳首へ這わせた。
「ひっいい、んっ、ん、やめ……」
 親指の腹で乳首を僅かに圧して、乳房から浮いたままくるくると円を描いている。面で引かれ転がされ、じんわり甘い。心地よい摩擦。たちまち、背筋にぞわぞわと快感がのぼってきて、肩をすくめて震える。なんて器用なキョンシーだ、親の顔も見たくない。
「芳香の爪は、毒があるのよ。刺した相手をキョンシーとして蘇らせる毒」
 ぎょっとして胸元を見る。爪は刺されていない。
「生きている者でも無理やり仲間にすることはできますけどね。刺さらなければ、ちょっとひりひりぬるぬるしちゃうくらいかしら。気持ちいいのよー」
「おう、青娥がいつも言ってる」
 いつも何やっているんだこの腐敗主従は。
 そんなことを思っている間にも、芳香の指はくりくりと、私の乳首の上で回り続けている。もちろん、青娥の言う通り、ばかみたいに気持ちいい。
「っく、ん……や、め、あ、あっああ」
「青娥はいつも、『やめてって言っても絶対やめちゃやぁよ』って念押ししてくるぞ」
 そんな色ボケ仙人と一緒にしないでもらいたい。気持ちいいけど、これ、辛い。

「芳香、たかいたかい」
「おーう。たかいたかーい」
「うぇっ!?」
 そうして胸元を掴んだまま、腕の角度を、上へ。宙に浮く私の身体。真っ直ぐ突っ張った芳香の腕はびくともせず、私を持ち上げたまま、全く変わらぬ調子で乳首をころころと嬲っている。両腕で芳香の腕を掴み、引きはがそうと力を込める、が、びくともしない。
「そうなったらね、私の命令も聞いてくれないのよ。そういう風に命令してあるの」
「やっ、あ、こっ、こらっん、んんぅ」
 脚をばたつかせ、芳香の腹に蹴りを入れる。反動で私の身体が揺れたが、それだけ。乳首への刺激がちょっと増しただけで、拘束は緩まない。
「おーう、青娥はマゾだからな」
「芳香ー?」
「はいはい続けてるぞー」
 この力の抜けるやりとりの間も、機械のようにくるくると、全く同じ強さで愛撫され続けている。正確無慈悲、芳香は、青娥の指示した愛撫を狂いなくただ実行し続ける、忠実な僕なのだ。
 この姿勢はつらい。身動きが取れないから、胸から湧き上がる快感を逃がすことができない。ただ、魚みたいに足をばたつかせ、乱れた呼吸を繰り返すだけ。
「あらあら、ナズーリン様が苦しそうですわ」
 いつの間にか様付けに戻っている。厭味な仙人。
「あっ、く……くぅぅ、うぅぅん」
 誤魔化しきれないくらい気持ちいい。そしてこの気持ち良さは、腹に響くんだ。青娥に教えられた臍の下に、気持ちのいい気がずくんずくんと送られる。溜まっていく。陰茎がびくんびくん跳ねて、先端は下着とスカートをぐいぐい押し上げている。腰が自然に、前後に揺すられる。
「ん、腰振るの、気持ちよさそうだな」
「そうねぇ。芳香、揺すってあげましょ」
「おーう」
「えっひ、ひっうわ、わっ、あ、あ、あ、あ、あ、ぁぁ」
 かくんかくんかくん、芳香に前後に揺らされ、腰をくいくい、弾みをつけて突き上げる。あの人間の娘との交わりを強く想起する。柔らかい女の身体が、私の腰の動きに合わせて、一緒に腰を使って迎えてくれたんだ。気持ちよくて幸せで、頭の中は射精することでいっぱい。今がそれ。
 へこへこと情けなく腰を揺らす。とっくに我慢なんかできなくて、切なく勃起したアレを慰めようと腕を伸ばす。でも、芳香に両脇を抱えられているもんだから、届かない。弾みをつけて腰を突き上げても、微妙に届かない。
「ああぅ、やっ、やあぁ、これっ、これやだっあ、や、やだぁあ」
 くいくいと、今度は芳香に向かって腰を突き出す。それも、届かない。
「ナズーリン様の陽根は少し小さめですのね。鼠ですから、仕方ありませんか」
 小さいから届かないの? 何でもいい、何でもいいから、この、ぬるぬるべとべとの先っぽを、温かい肉でごしごし、磨いて、汚い汁を出してしまいたい。
 私の中でぐつぐつ、ぐつぐつ、乳首から温められて、煮えて、ぐつぐつ。

「泣いちゃったぞ」
「ひっ、はふ、はうぅん、き、きもちいぃ、ひぐ」
 腰をかくかく揺すりながら、乳首をやっぱり同じペースでころころと愛撫される。ひたすら、それが、続く。おかしくなる。
「うーん? まだ早いし、もう少し泣かせてあげてもいいんじゃないかしら」
「おーう、青娥と同じだな」

 そうして、ふと、思いつく。
「あ、あっ、ん、あっきた、これ、これ、これぇぇ」
「あらら?」
 尻尾。股の間に尻尾を通して、下着の上から擦りつけ、巻き付けるようにして、腰を振る。ぞりぞり。気持ちいい。しっぽ、おちんちん、ぬるぬるで、擦れて、甘い。
「おー器用だー」
 あんたが言うな。こんな、こんな恥ずかしくて気持ちいいオナニーは、したことがない。尻尾。下着の上から、ぞりぞり。芳香に、胸を苛められながらする、尻尾オナニー。めちゃくちゃ、気持ちいい。
「あらあら……芳香、そろそろ下ろしてあげたら?」
「そのつもり」


 そうして、私はようやく床に下ろされた。少し身体が痛いが、最初にしたことは、芳香に抱き着くこと。
 下ろしてもらえると思った瞬間、なんだか、芳香のことが愛しくて愛しくてたまらなくなったのだ。

「はっ、はふ、んん。芳香……よしか、ぁ」
 前に伸びた腕の間に入り込み、首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。ああ、良い匂い。私の大好きなくっさい匂い。欲情で頭が変になる。芳香の腹に、腰の先にある尖ったものを、ぐりぐり、ぐりぐり、これが、やめられない。頭ではそんなことでは気持ち良くなれないと解ってる。セックスってそうじゃないとも解ってる。でも、くっつきたいし、押し付けたいし、ぐりぐりしたいし、こうしたい。
「まあ……そんなに、芳香のこと好きなの?」
「うん、好き。芳香好き……」
 頭の端っこで何かおかしいと思っているけど、この感情は多分好きってことなんだ。いっぱい気持ち良くしてくれるし、セックスしてもいいから、好き。死んでるから好き。臭いから好き。
「おー。私も好きって言えばいい?」
「多分そうね」
「じゃあ私も好きだぞー?」
「うれしい」
 ぎゅーっと抱いて、芳香の名前通りの香りを胸いっぱい吸い込む。胸の奥から込み上げるのは、たぶん愛しいっていう気持ち。吐き気ではないと思う、多分。だって、好き。
 胸の先端はまだじくじく疼いて、芳香の指がどれほど気持ちよかったかを、一向に忘れさせてくれない。
「おっ、おおお?」
 抱いたまま布団に倒れ込む。最初と同じように芳香を寝かせ、腕を回してスカートの留め具を外す。下着ごと引っ掴み、真っ直ぐ固まっている脚を通しつつ、引きおろし、脱がしていく。その間私は無言。青娥が見ているが気にしない。もう、限界。芳香と、したい。
「ぎゃー、やめろー、ねくろふぃりあー!」
 やかましい。
「乱暴ねぇ」
「私をこんなにしたのは君たちだろう……もう、だめ。ね、芳香」
「ん、む……裸にされてしまったが」
「うん、いいわよ。この子これで案外シャイなのよね」

 持ち主の許可が出たので、私も破れた上着を脱ぎ捨て、スカートを脱ぎ、ぴっちりと亀頭に貼りついた下着を慎重に脱ぎ下ろす。これで全裸。それだけでもたまらない快感と興奮。外気に触れた感覚で、背筋と尻尾が震えた。
「ぬおー、お前が入っていい場所ではなーい! 入りたければ我々の仲間になれ!」
「悔しいけど、もうなっているよ。私は君と似たようなもんさ」
「あ、なら入っていいぞ。私もちょっと我慢できないかんじ」
 あ、そうなんだ、いいんだ。芳香と話していると、どうも調子が狂う。したくてたまらない気持ちはまるで去らないのに、どうにもしおらしい雰囲気にならない。
「芳香ちゃん、腰上げてねー……はい、これでよし。どうぞー」
 青娥が横から出てきて、芳香の腰の下に枕を挟んでいった。尻が少し持ち上がったため、性器が私の正面へ向けられることになる。足首を掴んで開かせる…が、膝が曲がらない。
「本当に芳香は身体が固いなあ。何食べたらこうなるんだ」
「えっー……と、何だっけ?」
「毒とか?」
 死後硬直ってことね。あーはいはい。

「これじゃ仕方ないから、こうしよう……っと」
「おっおう」
 足首を掴んだまま、脚を上へ引っ張り上げる。曲がらない膝を掴んで、正面から入りこんだ私の両肩へ。私が身体を倒すと、芳香の股間が丸見えだ。丁寧に手入れされた茂みの下に、彼女の童顔に相応の慎ましやかな女陰。脚を上げさせたせいで膣口が開き、とろりと何か零れてくる。この厭らしい姿を演出するために、持ち主の邪仙はさぞ腐心したことだろう。元が腐っているだけに。
「ああ、たまらない眺めだなこりゃ」
「本当ね、芳香ちゃんはすけべな身体してるんだから」
「それはもう、三千世界は眼前に尽きるのだ」
 ああそうだ。いつの世でも、男にとって組み伏せた女の恥じらう顔とは、世界の全てであるんだろう。それを手に入れる欲と叶う歓喜。私は青娥に与えられたそれに溺れてしまったんだ。この女を抱けるなら、私は何だってするだろう。だって世界の全てなんだから。我が十欲、仏門に在りながら捨てきれぬ煩悩の全て、この主従に満たしてもらう歓び。不思議と胸の内澄みゆく、清々しい心持ち。

 肩で芳香の両脚を押し上げながら、膣口に狙いを定める。ぴとりと触れただけで、背筋に疼きが溜まってくる。腰を慎重に前に出すと、私の分泌した粘液のせいもあって、半分くらいまで入っていった。
「んぬぅ」
「あらあら、初々しいのね」
 奥までは入れず、腰を少し引く。さっきは別の物同士をくっつけたような感覚だったが、芳香の襞がまとわりつき、私の陰茎も半ば過ぎまでぬめりを帯びる。再び腰を下ろすと、先ほどあった抵抗は感じなかった。気持ちがよいのを我慢して、全部入る直前で、再び腰を引く。これでもう、全体がぬるぬるだ。融けて融合しているような感覚。
「う、ああ……君は、冷たいな」
「そう言うナズーリンは熱いな」
「そうかもしれない。じゃあ、入るよ……っ、あ、あ、ああ……」
 今度こそ、最後まで入った。気が狂うほどの熱が、冷たい肉に包まれ、優しく慰められる。熱に浮かされ狂った交わりも強い快感をもたらしたが、芳香とのそれはまったく違う。熱くて熱くて、たまらない、持て余してしまう肉の疼きを、ひんやり心地の良い女に預ける行為。足りない安らぎを分けてもらう、慰撫の行為だ。
「芳香は気持ちいいでしょう。ほら、頭の中がゆるーくなるの、わかる?」
「わかる……私の、熱いのが、芳香に吸われるの……気持ちいい……」
 火照った部位を冷やすという原始的な快楽に、性器の摩擦による陶酔が加わった、新しい感覚。痒いところを掻いてもらった気持ち良さが、ずっと、ずっと続いているみたいな。芳香の中に入っているだけで、ずぶずぶと、身体を預けて沈んでしまうような心地良さ。ずぶずぶ。芳香の、一番奥まで、ずぶずぶ。
「おっ、おおぅ……うう」
「芳香……ぁ、あ、あ」
 腕立て伏せのような姿勢で、芳香の脚ごと身体に被さり、腰を引いて……。
「あっあぅ、おっ」
「あっ、んん……んっ」
 再び、落とす。ぬるんと奥まで飲み込まれる。あまりに気持ちがよくて、芳香の頭に腕を回し、抱く。肘で身体を支え、何度も、腰の上下動を続ける。

「おぅ、これ、きもち、いいぃ」
「わ、私も……あ、あ、これ、とまらない……すごいぃ」
 ずっ……ぬるん。ぬぷ……ぬちゅ。にゅく……ぷちゅん。
 水音がだんだん粘ついたものになっていき、腰の動きも速くなる。ゆっさ、ゆっさと、丸められた格好の芳香が前後に揺れる。
「良かったわねぇ。うふふ、尻尾がぴくんぴくんしてるわ」
「ひぃ、っひ、んん、ん、あっ、あ、あ」
 青娥が私の尻尾をきゅっと掴み、柔らかく揉んだ。そんなところまで、気持ちいい。腰が勝手に反応し、不規則に何度も、芳香と私を一つにする。一つになり、離れ、また交わり、離れ、深く交わり、名残惜しく擦り合い、ゆっくり離れ……またすぐに、ずぶり。そして、そのままぐりぐりと、芳香の奥を削るように。
「はぁー……あぁ、あー、きもちいいー……おぅ、んっ、んん……」
 芳香ときたら、随分幸せそうに鳴く。死んでも性交は気持ちいいらしい。どうせ青娥の悪趣味でそういう身体になっているのだろうが。
「いい、私も、あっ、芳香……好き、芳香の中、すごく、ああぁ……」
 冷たい。浅ましく発情した私の身体は、体中の熱を陰茎へ送ろうとする。その体温はことごとく、芳香のひんやりした膣になだめられ、安らぎと快感に変わる。そりゃ、腰だって止まらない。でも、頭は冴えてくる。気持ちいいのに、意識はすっきり。変な交尾だ。
 はっきりした意識を持っているから、酔わない。溺れない。それはいいんだ、賢将たる私の望む所だ。

「身体が勝手に動いて、女を犯すの……それって、ものすごく、気持ちがいいことなのよねぇ」
「ああ、本当……あっうあ、芳香の中は、よく締まるところと、くびれたところがあって、そこにはまるととても、気持ちがいいんだ」
「おーう、自慢なんだぞ……私も、そこをされると、ふわふわ幸せー……死んでてよかったー」
 頭が冷静で、身体は快感でくにゃくにゃ。まったく制御は効かないのに、どこがどうなってるのか、鮮明にわかる。集中すると、芳香の膣内のざらつきまで感じられる。指で丹念になぞっているかのように。
 指でなぞっているような精密な感覚なのに、発情しきった粘膜を摩擦される感覚。頭と身体がばらばらになって、壊れる。気持ちよすぎるくらい気持ちいいのに、意識だけはクリアで、詩を諳んじることさえできるような。ああ、十二因縁は心裏に空しとは、こういうことか。
「芳香、君は、本当にっ、んん、気持ち、いいなぁ……そろそろ、我慢できないみたい。いいよね?」
「あっ、あ、あーっぅ、お、おぉぅ、私は、熱くて、わかんないぞ、おぁあ」
 ああ。私の熱がそちらへ行ってるんだから、そうなるんだ。すると、芳香の方は忘我の心地なんだろう。いいじゃないか、女はそういう方が、可愛い。青娥にされた時、私自身が散々可愛くなって見せたから、よく分かる。
「あー……腰、かくかくする……なんか、面白いな、これ。私じゃない、みたい……す、っご、気持ちいい……っ」
「あっあーあー、あああう、おおぉ、あああ」
 肩の上で芳香の脚が痙攣している。攣るんじゃないかこれ、と思ったけど、ゾンビだし大丈夫だろう。第一、私の腰がもう止まらない。上半身を起こして、芳香の尻を掴んで、身体を前に倒し、ぱんぱんと連続で打ちつける。腰が動くと言うより、前後にカクカク痙攣しているような。でも、それは確かに女を犯す動きになっているのだから、男の性というのは凄いものだ。
「うああ、これいいな、背中から、気持ちいいのがふわふわして、肩、頭、ひいい、芳香、ああっ、芳香、もう少し……っ」
「あぅ、あおぉぅ、んんんふっ……ぅん、あっ、あ、あー」
 自分の身体がおかしくなっているのを、冷静に感じるというのは、変な気持ち。そうなんだ。普段なら、とっくに頭おかしくなっていて、こんな絶頂間際の感覚なんか、まともに感じられていないんだ。
 それが今、クリアに、伝わる。あー……戒律で禁じられている麻薬というものは、ひょっとしたらこんな感覚をもたらすのかもしれないね。

 そんなことを冷静に考えながら、込み上げてくるものをクリアに感じる。尿意と混同しそうな、何かが体外へ出たがっている焦燥感。でも今ならわかる。これは、この切ない疼きは、精を放とうとしている身体の欲だ。
 同時に狂おしい熱が生まれ、芳香の中に冷えて散る。頭がすっきりする。この放出までの秒読みが、どれだけ気持ちがいいことなのかを、鮮明に記憶する。

「しっかり覚えていって……ね?」
 青娥の声。なるほどこれが狙いだったようだ。くそ、邪仙め。
 ……こんなに気持ちがいいことを覚えたら、また土下座してでも頼んでしまうに決まってる。
「おっあ、ああう、あっ、ああああああ」
「芳香、気持ちいいよ、あー……出そう、あ、ちょっと出た……もっと、もっと……あっああああ」
 かくかく、かくかく。腰が動くたびにむず痒い快感。そして、一番大きな放出が、来る。

「ああっああ、あ、よしかあぁあ……っ」
 ぐ、と腰を押しつけながら、呪われた子種を……出せるだけ、芳香の中へ、ぶち撒けた。


「は、あぁあ……」
 疲れ切った身体を芳香に預け、密着する。冷たい。行為の後の身体の火照りが心地よく癒される。
「おぉー……う。気持ち、よかったーあ」
 そんな私を横に退け、芳香は元気そうに起き上がる。底なしか。そりゃそうか、死んでいるんだし。
「二人とも、お疲れ様。はい、ナズーリン様」
 青娥が水差しから、椀に水を注いで寄越した。いずれも美麗な装飾の品だ。
「ん、ありがとう」
 寝そべっていては飲みにくいので、立って受け取った。裸で立っているのはなんともばつが悪い。青娥は服を着ているので、なおさらだ。布団の脇に調度品の椅子があったので腰かける。これも歴史を感じさせる品だが、座面も背凭れも壊れた様子はなく、しっかりしている。
 水を飲むと、芳香に渡しそびれた熱が、すっと身中へ散っていった。うん、気持ちいい。

「芳香の身体はいかがでした?」
「……うん、気持ちよかった」
「そうだろうそうだろう」
「そうでしょうそうでしょう」
 ……情けない話だが、青娥に植えられたこの忌わしい肉の根に、少し愛着が湧いた。こう、いざ取り外せるとなったとしても、悩んでしまうかもしれない。
 だって……。
「またさせてくれと頼んだら、相手をしてくれるのかい」
「ええ、ナズーリン様さえいいこにしていれば、いくらでも善い思いをさせてあげられますわ」
 これだ。
 こんなことをされて、逆らえるわけ、ないじゃないか。
「じゃあ、また頼むことにするよ……また、我慢できなくなったら」
「どうかしら。まだ足りないと思うわよ?」
 ……は?
「どういうことだい」
「んー、これっぽっち出したくらいじゃ収まらないと思うのよね。これじゃ、今日の晩くらいにはまた催しちゃうわよ」
「これっぽっちって、え? かなり出したつもりなんだけど」
 芳香の中にどくんどくんと大量に放出した感覚があったんだが。その証拠に、今はもう小さくなって大人しいものだ。
「うーん、なにせ、鬼でも満足させるだけの造りにしたからー」
「おっ、まだやる? やっちゃう?」
「いやいい! いいから! もし催したらまた来るよ!!」

「そうね。じゃあ催させましょうか、抱かせてって泣き付いてくれるでしょうし」
 ふわ、と青娥が私の前へ。あ、いい匂い。芳香の腐臭と違い、完全に、女の匂い。あ、これマズい。
「……あいにく、私は満足したつもりだよ」
 顔を背ける。少し危なかったが、陰茎は萎えたままである。そりゃそうだ、さっきしたばかりなのに、毎度毎度発情して居られるか。
「ううん、そんなことないの。ほら」
 青娥が両手を私の脚へ回した……と思うやいなや。ぱか、と椅子に座っている私の両膝が、腿が、離れる。見ると、青娥が両手で膝を広げていた。どんな力をしているのか、隙を突かれたのか、閉じることも止めることもできないままに、大きく開かれる。むわ、と熱気が顔まで漂ってきた。
「え、え」
「これ、あなたの女の子の部分よ。こっちばかり追いかけて忘れてたでしょー?」
 「こっち」と言ったところで、萎えた陰茎を指先でこつん。むずむずしたが、勃起はしなかった。
「いや、そっちについては……仮にそうだとしても、君たちの世話になる必要は」
「それがそうでもないのよねぇ」
 またしても、あまりに自然な動きで。青娥の指――右手の中指が、私の中へぬるんと潜りこんできた。ぞくっ、と寒気のような快感。
「どういうことだい」
「ほーら、ここよ。こ、こ」
「え、っひ! ひゃ、ひいあ」
 青娥が指を曲げた。ぐにい、と押される感覚。二日前まで慣れ親しんでいたのに、もう懐かしい気がする気持ちよさ。いわゆるGスポットだ、青娥が私に、種を植えた場所。爪は綺麗に切ってあるらしい指先がそこを抉ると、背筋がぞくぞく震え、尻尾がぴんと立ち、乳首がむずむず疼き……陰茎はあっという間にぎちぎち勃起した。浅ましい。
「ここ、今どうなってるかわかる?」
「ひっあ、あ、あ、わかんない、っあああ」
 ぐりぐり、ぐりぐり。青娥の指で、感じる。何度も襲われて、一度も我慢できなかった、あの快感。そして、欲情。
「ここね、男の子の急所と同じになってるわ。陽根の裏側、身体の内側で一番気持ちがよくて、触られたら絶対に逆らえない、柔らかいところ。でも残念ね、男の子はお尻の筋肉と、厚い肉の壁で守っているんだけど、あなたにはどちらも無い。壁を抜けるまでもないわ、あなたの一番弱い所は、丸出しの触り放題」
 ぐりぐり、ぐりぐり、ぐりぐり。
「やっあ、あっあああ、あ、あ、あ、あ、や、青娥、やめて、やめ」
「やめるわ」
 にゅぽ。指を引き抜かれる。さあっ、と全身を覆う嫌な気持ち。なんで、やめるんだ。ばか、私から、気持ちいいのを取らないで。無意識にそんな風に思う。切なく勃起した、さっき精を吐きだしたばかりの部分が、びくんと跳ねる。
「芳香、行けるわよね?」
「おー。準備まんたん、体力ばんたん」
「青娥……ぁ」
 恨めしそうに見てしまう。邪仙の思うままに弄ばれている自覚はもちろんある。でも、そんなことより、気持ちいいことが何より大事なんだ。

「ん……そんな目で見ないで、ちょっと待ってね。っ、っと」
 青娥は後ろを向くと、苦しそうな顔をして何やらもぞもぞしてから、何かを取り出して見せる。丸く、紐がついたもの。
「また、丹……?」
「まっさか。これは人間の里で買ったただの玩具。藁を編んで作った珠に、ちくちく痛くないようにヤニを塗ってあってね。中に入れると気持ちいいところに、コブがごりごりって、当たるの」
「ひ、い」
 想像した。想像しちゃった。目の前のただの不格好な藁の珠が、私の中に入った時の、その感じ。
「取るときは紐を引っ張るんだけど、食いこんじゃうと大変なのよねー。引いても引いてもキモチいいばかりで出てこなかったり」
「青娥はそれよくやってたな」
「やめてやめてやめて」
 想像させないで欲しい。今そんなのを突っ込まれたらどうなるのか。あの肉の珠を締め付けた感覚を思い出す。絶対、また、オナニーにはまる。ダメだ。
「はい、入れるわよぉ」
「おう、押さえとくー」
「だっだめ、だめえええっ、ひ、っつ……っくあぁ」
 椅子から立つ前に芳香に抑え込まれ、青娥はその間にその珠を私の中へ。あまり大きくはないのか、ぬるりとすんなり入った。ん、ぬるり? ……青娥はこれ、どこから出したんだ?
「うう……何か入ってる」
「意外と平気でしょ?」
 確かに、藁の珠が入っているだけなら、変に意識しなければ大丈夫そうだ。刺激されて勝手に勃起するけど。
「試しにお腹に力を入れてみるといいわ」
「断る」
 そんなことしたらまた気持ちよくなるに決まっている。ダメになる。

「じゃあ、押してあげる」
「ひあっ、あ……っ!!」
 掌の付け根で、私の陰毛がささやかに生えている辺りを、く、と押された。少し押されただけなのだが、反射的に、そこに力が入る。中で、ごりゅ、と何かが擦れる感触。慌てて力を抜くと、かえって全身に広がる、甘ったるい疼きと快感。陰茎の先に、ぷちゅ、と液が滲んだ。
 く、そ……。
「気持ちいいでしょう」
「当たり前だ邪仙!」
「えい」
「っくあっああああっ!?」
 ずんっ、と衝撃。
 また押されたと思ったら、今度は、さっきとはレベルが違う、光のような快感が襲ってきた。何をされた。
「な、何……?」
「気剄を、かるーく。ほら、したくなったでしょ? 芳香が可愛く見えてきた」
「おー、可愛いぞ」
 座ったままの私の上に、芳香が跨ってくる。脚を閉じさせられた。私の腿を跨いで、芳香が座っている。まっすぐ伸びた腕は、私の肩に乗っている。まさか、このまま。
「上から犯されるとね、体重がかかるから、ごりごりして凄いのよ。いいわねー」
「入れるぞー」
「ちょ、ちょっと待っ……あ、あっあああ……」

 これが芳香の本来のスタイルなのだろう。座った私の上に跨り、性器を結合させ、腕を私に預けたまま、キョンシー得意の動きで上下に跳ねるのだ。
 上へ抜けるたびに、力が入り、膣が締まる。
 下へ落ちてくるたびに、体重がかかり、私の腹の中が弱みを抉る。

「ひっ、ひ、ふああぁ」
「冷たくて気持ちいいとか、それどころじゃないわよねー」
「あったかくて、気持ちいいぞー?」
 いつの間にか私も芳香を抱きしめて、上下に揺すり、二度、三度と精を放っていた。それだけ出しても、膣内をごりごりされると、反射的に勃起するのだ。どこかにまだ残っている冷静な私が、この精はいったいどこから来ているのかと心配するが、どうにもならない。
 
「その陽根から出るのは、あなたの陽の気。霊力から引かれているから、出すととても疲れて、眠ってしまうの」
「そ、そんな……ぁう」
「でも、ここでなら大丈夫よ。私も芳香も房中の法を心得ている。あなたから受け取った気は、漏らさず返すことができるわ」
「すごいだろう」
「あっああ、また、またあぁ」
 何を言っているか分かるけど、身体の方はそれどころではない。
 
「あーあ、あー、ああーあ、あふぁ」
「ああお、おおう、お、おう、おふう」
「うふふ、二人とも何言ってるかわからないわ」


 体力の方が尽きて眠るまで、私は邪仙とその僕に、弄ばれ続けたようだった。






七、気霽れては風、妖仙の髪を梳るのこと


「……んあ?」
「おはようございます」
 あ、ああ、そうだ。ここは私の家ではない。――夢殿大祀廟。壁抜けの邪仙こと霍青娥が、目下根城にしているらしい、今は遺棄された建造物だ。
「最悪の目覚めだよ」
「そうでしょうねえ」
 記憶を辿って後悔した。性欲を満たすために邪仙に屈し、そのままこってり搾り取られ、沈むように眠った。だから全裸で布団に横たわっているのだ。しかし、その割には身体は綺麗である。どうしたことか。
「変だな。身体が汚れていないんだけど」
「湯で拭っておきました。清潔にしていないと病気になりますからね」
「ネズミの、それも妖怪にそれを言うかね」
「あら、おかしいかしら?」
 苦笑で返した。相手を思いやっているような行動なのに、相手のことをまったく考えてもいないあたりは、いかにも青娥らしい。
「そういえば、芳香は?」
「あの子なら、お墓でお休みよ。もう朝ですから、早寝するいいこなの」
「そういうものかね」
 んー、と伸びをする。全く私ときたら……結局、こんな風にこの邪仙と和んでしまっているじゃないか。

「食欲はあるかしら? 焼売と汁しかないけど」
「えっ、作ったのかい」
「そりゃあ作りますよ。仙人だって霞ばかりじゃお腹が空きますもん。美味しいものじゃないから、網で採ってまで食べる気はしないしねぇ」
「大したもんだ……じゃあ、頂こう」
「はい。いつまでもそんな格好で居ちゃだめよ」
 畳んだ服を渡される。ん? おかしいぞ。
「あれ……上着は確か昨日、芳香に破られたんじゃなかったっけ」
「ええ、繕っておいたわ。もう、あの子ったら力任せにするんだもん。夜なべになっちゃったんだから」
「え、えー」
 なんだなんだ。意外な一面過ぎて言葉が出てこないぞ。
「どうしたの?」
「いや、ありがとう。君は変な奴だね」
「どういたしまして。私が変ならあなたも変よ、仏教の関係者なのに、まるで興味がないように見える」
「痛い所を突くな。これでも気にしているのだがね」
「そういうところが可愛いから、仲間にしたかったのよ」
 やれやれ、光栄の至り、迷惑も然りだ。

「仲間とは言うが、私に何をさせたいんだい」
 服を着る。また器用に縫ったものだ。仙人というのは本当に何でもできるのだなと感心する。下を着るときに少し期待したが、あのオスの根はまだしっかり付いていた。萎えてはいたものの。一生使えるなどと言っていた気がするし、自然に無くなることはないんだろう。昨日股間にねじ込まれたいかがわしい藁の塊は抜かれていた。せめてもの救いだ、あんなもの入れていてはまともに生活ができない。
「そうね。とりあえず、あの自称仙人に会ってきなさい」
「茨華仙かい? そりゃまた、何故」
 言いながら焼売をほおばる。美味い。肉汁は火を通して閉じ込めたほうが美味なのはわかっていたけどね。汁も良い。透き通った白湯だ。中華料理とは、なかなか食べる機会がなかったもので、新鮮に感じる。

「何故って? あいつは多分悪い奴だから、よ」
「そうか、君がそう言うからには、さぞかし善良な御仁なんだろうな」
 服を脱いだら軽口の調子も戻ってきた。当の青娥は憮然としているが。
「そういうんじゃなくてね。あんな紛い物が仙人を名乗ること自体、何かあるに決まってるんだわ」
「紛い物? 彼女は仙人じゃないとでも言うのか」
 そもそも、青娥のほうがずっと仙人っぽくない。というのは黙っておいた。
「うーん。そこが分からないんだけどねぇ……良香の知り合い、ってのも納得いかないし。身元を隠す必要があった、とすれば……」
「そういえば、君はどこで芳香の死体を手に入れたんだい」
「え? 拾ったのよ、墓地で。綺麗だったでしょ、外傷もなければ病気もない、保存状態も良好。こんな良い死体なんて普通無いわよー」
「……単刀直入に問うけど、君が死体にしたのではないのかい」
「まっさかー。私はいつだって人間の味方よ? どっかのニセモノと違って、ね」
「そうか。……まあ、私は妖怪。人間の敵だったかもしれんがね」
「知ってるわー。ちゃんと躾けないといけないわー」
 青娥は大げさに肩をすくめてみせた。こうして打ち解けたように話していても、この邪仙の考えることはやっぱり分からない。
「私のことはいいとして、だ。茨華仙に会ってどうしろというんだい?」
「んー何も。ちょっとうちの可愛い芳香ちゃんのことを聞いて、カマ掛けてくれればいいかしら」
「どういう知り合いなのか、とかかな」
「うん、そんなところね。あ、ムラっときたらそれで犯しちゃってもいいんじゃない。あいつなら大丈夫でしょ」
 おいおい。今なんだか言葉の裏で「死んだら死んだでせいせいするわ」って聞こえたよ。
「よく分からんが、分からんということは分かったよ。行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」




 そういうわけで、寺の者に見つからないように注意しつつ、妖怪の森の麓。勝手知ったる茨華仙の庵へ。

「おや? また正路を変えたのか。ご苦労なことだね」
「キィ」「キュキュ」
 青娥は来なかったが、代わりに例の仔ネズミがついてきた。なんだかこいつらにも、不細工なりに愛着が湧いてきた。私の精神に耐性がついたのだろう。ゾンビと性交させられたせいかも知れない。どんどん健全な妖怪から離れているようでちょっと気が重い。
 そういえば虎を飼っているとか言ってたな。前に来たときは会わなかったが、注意しよう。猫科の獣は嫌いだ。特に虎は大嫌いだ。
「……お?」
 ダウジングで正路探しをしていたところ、財宝の反応があった。庵ではないはずだ、前に来たときは無かったのだし。せっかくだし、行ってみるか。

「うげぇ」
 そうして木々を縫って飛ぶこと数分。財宝まで目の前、というところで、嫌な模様を見かける。黄色。黒。工事現場の警戒色……ではない。これは間違いなく虎である。しかも目が合った。……襲ってこない、な。
「……うむ」
 三十六計逃げるに如かず。虎のような獰猛で野蛮で無知蒙昧な獣の相手は全く趣味じゃないからね。財宝の反応の目前で都合よく現れたからには、財宝を守っているんだろうか、まったく。危険に飛び込むくらいなら虎の児など要らぬよ、君子虎穴に近寄らずだ。

「御免。邪魔するよ」
「あら、ナズーリンさん。今回は大分複雑にしていましたが、よく入れましたね」
 本日はご在宅であったらしい。片腕に相変わらず包帯を巻いた仙人、茨華仙。青娥の言う所のニセ仙人だが、物腰は柔らかく威厳がある。やっぱり青娥の方が似非なんじゃないのかね?
 ちなみに仔ネズミは庵の外で待たせている。今回は「待て」を聞いてくれた。何故待たせるかと言えば簡単で、あんな不細工をこの仙人に見せたら、説教が長くなりそうな気がしたからだ。

「本当にね。この家は、客を通す気があるのか怪しいものだ」
「通れたなら良いじゃない。最近、泥棒騒ぎが多くてねえ。変わったところでは、天狗がカメラを盗まれたとか、狸の地蔵が無くなったとかなんとか」
 泥棒に関してはちょっと耳が痛いところがある。そういえば青娥も、あの力の手慣れた使い方を見るに、各地でいろいろくすねているんだろう。
「でも、ナズーリンさんがすんなり入れるようじゃ、賊には役に立たないかもしれないわね」
「はは、それは申し訳ないことをしたね。……でも大丈夫、虎を飼っているのならネズミや人間はそうそう近寄れないよ」
 仙人は近寄ってくるだろうけど。あいつに関しては諦めたほうが賢明だろう。がちがちに対策をすればするほどすんなり抜けて来るのだろうし。
「ええ、そうなんですけどね。うちの虎は以前人間を……まあ、知った顔なんですが、自業自得の匪賊とはいえ、人間を傷つけてしまったから」
「それはまた、肝の据わった人間がいたものだ」
「そうなのよ。あんなのでも人間ですからね、うちの虎は当分謹慎よ。獣は、人間の味を覚えると妖怪化してしまうから」
「謹慎?」
 じゃああの虎は……ああ、謹慎中だから襲って来なかったのかな。だとしたら、その蛮勇の人間に感謝しなくてはね。

「ええ、当分表に出せないの。……それより、何か分かったのかしら? わざわざ来てくれたということは」
「あ、あー。まあ、分かったというか分からんかったと言うかだね……」
「? 何それ?」
「ちょっとお聞きしたいのだけど、君が旧友と言う、えーと、良香? そいつとはどういう関わりだったんだ……ぃ?」
 言い終えないうちに、茨華仙の目つきが変わった。どこか冷たい目。私のことを値踏みするような。
「……」
「あ、あの」
「え? あっ、ああ、ごめんなさいね。どうしてそんなこと聞くのかしら?」
「えー……っと、手がかりがね。そう、手がかり。間違っていたら良くないから、先にそっちを聞いておきたいと」
「……それだけのことでわざわざ、この複雑な庵まで?」
 疑われている。何がかはよく分からないが。
「ああ、ちょっと厄介そうだったもので……旧友と言ってもいつ頃のことなのかとか、別れ方はどうだったのかとか」
「私としては、ナズーリンさんの見つけたという、手がかりの方を先に聞きたい所ですが」
「いや大したことじゃないんだが」
「構いません」
 ぴしゃりと言われてしまう。仙人と言うのはどいつもこいつもこう、問答無用なのかね。困った人種だ。

「……死んでいたよ。私が見つけた『よしか』という名の人物は、だがね」
 嘘はついていない。芳香は間違いなく死んでいるんだから。死んだあとにいろいろ問題はあるかもしれないが。
「ああ、なんだ。そんなことですか。本当に大したことじゃないのね」
「なんだいそれは。旧友じゃなかったのか」
「ええ、旧友……ごめんね。あの子が死んだのは私も知ってるの。だって」
「だって?」
「……この目で見たから」

 ――。

「希代の漢学者にして詩人、都良香。彼女は、くだらない逆恨みで殺されたわ。本当に勿体ない話、殺した奴は救いようのない大悪党ね」
「君は私に、死人を探させようとしたのか?」
「ごめんね。でも無駄なことをさせたんじゃないのよ、噂で聞いただけ。都良香は生きていたって。生きて山へ入り、道士となったと」
「なるほど。その噂を確かめさせようとしたんだね。……それにしたって意地が悪いな、君は」
 死んでいる公算が高いのに行かせようということ自体、あまり性格が良いと思えない。仙人というのはこれだから。たった二人のサンプルで、私の中での仙人観はすっかり歪んでしまったよ。
「でも前に言った通りよ。あの子が生きていたら、その詩と名声が聞こえてこないはずがない。それに……」
「それに?」
「生きていたら、絶対私に会いに来るはずだから」
「……旧友との親交を改めに?」
「まあ……そんなところよ。それで、死んでいたなら、やっぱり彼女はもう居ないのね。……少し、寂しいわね」
 寂しい……なんて言葉で表しきれない、といった表情。私としては、仙人の言うことはやっぱり分からない、と思うほかない。

「まあ、そう寂しいと悲観することもないだろう。世の中ままならないものさ」
 ちょっと、とても昨日その芳香と一晩中死姦交尾していましたなんて言い出せる雰囲気ではない。そんなこと言い出そうものなら、怒り狂ってコレをちょん切られかねない。
 ……まてよ? ちょん切られる?
「そうね。死んだとしても、狂疾から人の心を喪い、獣のような身へ成り下がったとしても」
 どきり、とした。この仙人、実は芳香の現況を知っているんじゃないか?
「あの子が残した詩は語られ残る。詩人としての都良香が死ぬわけではないものね。そう、残ってしまうんだわ。あの頃の私も」
「お、おーい」
「ごめんね、ちょっと昔を思い出してしまって」
「いや、構わない。ところで相談があるんだ、これは私の頼みなんだけど」
 ちょん切られたら困るが、駄目で元々と言うし。相談するだけしてみる価値はあるかもしれない。
 ……まあ、いざとなったら青娥の奴も、やっちゃっていいって言っていたし。うむ。

「……えっ、男根……ですか?」
「そ、そうなんだ。……仙人様なら何かわかるかもと思って」
「えー、っと……まあ、いいかしらね。じゃあ……まずは、見せてください」
「ああ、恥ずかしいけど……」
 言われるまま立ち上がり、下着を脱ぎ、床に置かせてもらう。そしてスカートの裾に手をかけ、屈んだ姿勢の茨華仙を見る。「どうぞ」と言うような目でこちらを見上げていた。え、ええい。ままよ。

 がば。

「……ちっちゃい、わね」
「うるさいな!?」
 昨日散々致したものだから、こうして女と二人で話していても、まだ臨戦態勢にはなっていないし、私も正気のままで居られている。何よりである。芳香に少しだけ、感謝。
「ああ、すみません。じゃあ……ちょっと大きくしてもらえます?」
「えっ、ええっ!?」
「できない? これで一杯なのかしら。さすが鼠……」
「いや違うよ!? ちゃんと逞しくなるよ!?」
 なんだか分からないけどもの凄く悲しい気持ちになる。
「じゃあ、あ、何か厭らしいものがないとダメ? 欲が深いのかしら……ぶつぶつ」
「いや違う、あれ違わないか、とにかくそれはやめるんだ。これ、大きくなったら私の方が……」
「ああ、いいですよ盛っても。責任持って適当に鎮めてあげますから」
 わあい、この仙人メチャクチャ適当だ。

「こうしたら大きくなるかしら……待ってね」
「待て」
 この仙人、あろうことか服を脱ぎ始めた。前垂れになっている貫頭衣を脱ぎ、純白の道士服も脱ぎ始める。
「待て、ときに待つんだ」
「心配しなくても、私、それなりに男性に好まれる身体をしていますから。きっと大きくなりますよ。自信を取り戻すのよ、頑張って」
「そういうことじゃない、大きくなったら困るんだって! 勃起不全の相談に来たんじゃないから!!」
「あら。困ってる風だったからてっきり」
 てっきり。じゃないよまったく。

「本当にもう……仙人という奴はみんなこう自分勝手なのかい」
「みんな? 他に仙人の心当たりが?」
「ああ、まあね。これも実は仙人に付けられたモノなんだ。悪い奴に捕まって、ね」
「あら……これは確かに、仙術ね。汚らわしく、不相応に進歩した人間の術……厄介だわ」
 おいおい、君は仙人じゃなかったのかい?

「悪い奴って、髪の青い変に陽気な仙人かしら?」
「あ、そいつ。壁抜け仙人の」
「青娥娘々」
「うん、間違いない」
「そう……彼女、何か悪さをしたの? 単に長生きしすぎただけかと思っていたけど」
「仙人は長生きするだけで悪者扱いなんだっけ? そうすると君も?」
「……私は、ちょっと違うかな。うーん、悪さをしているとなると困ったわね……これも、彼女の仕業?」
 そう言って、茨華仙は私の萎えた陰茎を左手で持ち上げた。趣味のよくないアクセサリーだろうか、手首についた鎖が音を鳴らす。きめ細かい肌の、女の手で触れられる感触。
「うん……だから、やめてくれ。そんなことをされると、私は駄目になってしまう、から」
「……欲情するの? 私の手に。人間が付けた陽根とは如何にも浅ましいのね」
 あれ? なんで私が蔑まれてるの?
「じゃあ、やっぱり一度駄目になってもらいましょう。もしかしたら治せるかもしれないし」
「えっ、わああああ」
 そう言ってやっぱり服を脱いでしまう。胸元が露わになる。直接見ていないとはいえ、青娥もそれなりにあったと思うが、それとも比較にならないほど豊かな胸。
「ちょっと恥ずかしいわね……こういうのは。本当は良くないんですけどね」
「うう……匂いが……」
「匂い? 好きなのかしら。こう?」
「ぶ」
 立ちあがった茨華仙に、頭ごと抱かれる。当方ネズミであるためなにぶん小柄である。身長差がかなりあるので、ちょうど顔が、茨華仙どのの乳房に包まれる。柔らかい。
「あ」
 もちろん、すぐに反応した。茨華仙が反応したのは、彼女の太腿の付け根に、それが当たったためである。
「うう……」
「もう少しこうしていますか?」
「いや、いい」
 なんだこの辱めは。全部仙人のせいだ。全部全部全部仙人のせいだ。

「なるほど……」
「君、勃起してもまだ小さいなと思っただろう」
「そんなことより、これは厄介ですね」
 そんなことだった。
「厄介?」
「ええ、邪悪な術が掛けられているわ。先に言うけど、どんなに欲情しても、これで女性を抱いてはいけません」
「……いや、それは知ってるけど。無理だから来たんだよ?」
「無理なんかではありません。特にあなたは仮にも仏僧ですよ? 不邪淫なんて当たり前の戒律でしょうに、それくらいできなくてどうするんですか。だいたいあなただけじゃありません、最近の妖怪は……」
 くどくど、くどくど。
「あー、すまないが説教を聞きにきたわけでもないんだ。中身のない有難い話はホント間に合っているもんで」
「そんな調子だからあんな邪仙に玩具にされるんですよ!?」
「……うん、それも解っているから。できたらこれを何とかする方法を教えてくれないかな」
 正直半端に元気にされてしまったせいで、本当に目の前の仙人を押し倒したくなっている。うるさいし。我慢できているのは昨日たんまり致したからに他ならない。芳香にまた少し感謝する。
 
「む。……まあ、良いでしょう。立ったまま、あちらを向いてください。あと、スカートは脱いでしまって」
「わかった。……ん、こうかな」
 言われるままに背を向け、スカートを脱ぐ。足元に輪になって落ちたので、跨いでから拾い、軽く畳んで下着同様床に置く。
「はい。動かずに」
 茨華仙はそう言って、私の後ろで膝立ちになったのか、低い位置で密着してきた。剥き出しの乳房が腰の上に当たっており、温かい。そのまま、包帯の右手で、私のソレに触れ……。
 
 バチッ。

「わっ」
「ひあっ!?」
 火花が散って、茨華仙の腕が吹き飛んだ。私の方はといえば、痛い、と一瞬感じたものの、実際に襲ってきたのは腰が抜けるほどの快感刺激。思わず腰を引いてしまい、茨華仙に抱き止められる形。
 って、腕が吹き飛んだ!?
「それ、えっ」
「ああ、大丈夫です……あなたが言っていた通りよ。私の右腕は、義手みたいなものなの」
 それにしても、吹き飛ぶというのはどういうことなのか。
「やはり陰陽道……道教の力ねこれは。それもはち切れそうなほどの陽の気。あなた、よくこんなものを着けて平気でいられるわね。我を忘れて昂ぶり、獣欲に盛ってしまうんじゃないの? 流石は仏僧、ってところかしら」
「いや、その。まあね」
 今更労ってくれてもかなり遅い。第一、私がここに至るまでにどれだけ恥を塗り重ねてきたと思っているんだ。あと悲しいことに、仏僧はあまり関係ない。
「ん、こっちならなんとか触れるわ」
「んひゃ、っん」
 気を抜いていると、左手の方で包み込まれた。
「……あら、ぬるぬるじゃない。さっきの、もしかして気持ちよかったの?」
「……う……っん」
「こっちはとても痛いから、最後だけね。あなたのここに邪悪な気を全部集めて、練るの。そして、一網打尽にするわ」
 ……全部って……これ、いつまで。それに……。
「一網打尽って……?」
「私の右手。霊体に直接触れることができるわ。これで、浄化する」
「浄化する……?」
「詳しくは後で、よ。まずは目いっぱい厭らしくなって、ここに欲を溜めて頂戴。……得意なんでしょ?」
 うわあ。ばれてるよ。この妖仙め。

「あっ、ああ、それ……っひ」
「これ? ごめん、分からないわ。どれかしら、詳しく教えて」
 そうして、茨華仙の左手による愛撫が、ややしばらく続いた。
「ぬるぬる、先っぽ包むの、うあ、あうあああ」
「ああこれ? 気持ちよさそうね、戒律を破るのはそんなに快感かしら?」
「い、いいっ、気持ちいい、うあっあ、くにって、くびれたところ、そこ」
「どこよ? ちゃんと言わないと分からないわ。私にはあなたみたいなモノついてないし」
「ひぃいいぃ、強い、強いって、っひあ」
 茨華仙はといえば、背中から手を回してにぎにぎ愛撫しながら、背中に胸を押し当ててくるだけ。性経験自体が薄いのではないだろうか、もどかしい。襲ってしまいたいが、我慢……でもない。背中から回される腕が、あまりにも力強いのだ。もしかすると芳香より。
「腰ふらふらじゃない。そんなに気持ちいいのね、本当は女なのに、この、汚いところを弄られるのが気持ちいいのね……厭らしいわ」
 多分本気で軽蔑されている。このカタブツはそういう女だ。くそ、好き放題言われているのに、抵抗できない。

「私の手だけじゃ、時間がかかりそう。他に気持ちいい場所はないの? あなた両手空いてるんでしょう、手伝いなさい」
「ふあぁ、はひ、する、するから……っそ、それきつ、い、くびれのとこ、っ」
「ここ? 本当にきついの? 嘘だったら承知しないわよ、嘘を吐いていいのは、その報いを受ける覚悟がある者だけ」
「っひあぁあ」
 亀頭の付け根部分の、赤黒くくびれた場所に指先を当てられ、くりくりと愛撫されている、腰ががくがく震える。快感が強すぎて苦しい。逃げるように、両手で自分の胸を。昨日芳香に散々苛められた乳首を、触る。つん、と触れただけで、じんわり感じる。そう。あまりにもたくさん刺激すると、2、3日はたまらなく敏感なまま、戻らないんだ。乳首ってやつは。
「あっん、んんふ、あぁ、き、きもちいぃ、気持ちいいよ」
「やっぱり嘘なんじゃないの。あなたここ好きなんじゃない、痛いくらいでちょうどいいんじゃない、ああ、厭らしい」
 乳首と一緒に刺激を受けると、何でも気持ちよくなってしまう。痛いくらいでも、刺激が強いぶんだけ、身体が都合よく気持ちいいように変換するんだろう。歯をかちかち言わせながら、膝から上ががくがく震える。一人ではとても立って居られないのに、茨華仙は左腕と胸だけで軽々と私の体重を受け止めている。かなり無理な態勢でも、意に介さない。
「ほら、嘘つき。ネズミって本当に嫌いよ、不誠実で、信用できない者。態度だけは立派なのに、結局、一番得意なのは子作りなんでしょ?」
「ひっ、はひ、そう、そぉ、きもちいの、いっぱい」
 酷い言われようだが、私はそれを正しく聞けるほど冷静ではない。茨華仙もそれを分かって言っているんだろう。うすうす感じていたことだが、この仙人も青娥に負けず劣らず、地の性格は歪んでいる。やはり日頃聖人面している奴なんて絶対マトモではないんだ。私は知っている、実例を身近に幾つも知っているぞ。
「ほら、胸弄ってる手が止まってるわ。自慰の一つだって真面目にできないの? 私がこんなに頑張って、この汚いものを扱いてあげているのに?」
「あぅあああごめっ、ん、ごめん、なさっ、つよっ、くしないで、っああ」
 左手をぐっと握られる。万力のような力がゆっくり、ゆっくり掛かっていく。でも握り潰されることはなく、陰茎の包皮と、私が分泌したぬめりで、にゅるりと抜けていく。
「……っ、んふぁ……っふあ」
 全身の力が抜ける。気持ちいい、こんな、蔑まれるだけの行為が気持ちよくてたまらない。私ときたら本当にネズミ根性が染み着いているんだな。
「そういえば、こっちはどうなの? 女の穴のほう。あなたほど淫らなら、こちらもどうせ卑しいんでしょう」
「だっだめ、そこ、付け根がっ」
 股の下から左手を入れられ、親指を膣に差し込まれる。太く短い指のもたらす、普段と違う快感。小さな動きで、でも力強く、内部をゆっくり掻き回す。頭の中も一緒に、くちゃくちゃ掻き混ぜられているような、破滅じみた陶酔を伴う感覚。
「付け根? ここかしら。窪んでいるのね、ぐりぐり、したら、イイの?」
「っふ、あ、あ、あ、ッ、ひ、ひいいィ」
 そこは、駄目。気持ち良すぎて、おちんちんが爆発するから、駄目。そう言ったつもりだったが、全く言葉になっていなかった。当然伝わらないので、そのまま。
 ぐりゅ、ぐりゅ、ぐりゅ。
「締め付けてるのね、生意気に。でも、私の指はそんな力じゃ止められないと思うわ」
「あ、……あ、っ、あー、あ」
 かくん、かくんと頭が揺れる。力が抜けきって首が座っていない。そのくせ、乳首をこねる指は止まらない。気持ちよくて。
「そろそろ、かな。出そう、なんでしょう?」
「っん、うっ、ん、でっ、でそ、でそう」
 でも出ない。放出に至らない。恐らく青娥の仕業。女を抱かない限り満足できない。だから、早く、この、仙女を。
「でも出ない、知ってるわ。いいの、出なくて。はちきれそうになるまで溜まった? 溜まってそうね」
「ひっ、ん……ん、ん、んん」
 ぐううう、と親指で押しこまれている感覚。ぷちゅぷちゅと透明な汁が、先端から絞り出されるように垂れる。でも、ぐつぐつ煮えている白い欲望は出てこない。
「教えてあげるわね。これから、あなたのコレ、握り潰すから」
 ひゅっ。
 何か縮んだような気がした。
「びっくりしちゃった? 本当に潰すわけじゃないわ。私の右手……霊体に直接触れられる、妖力の義手で、握るの。あなたの溜めた陽の気を」
「ひ……っい、そ、それってえ」
「そうね、さっきのバチってなるやつの、凄いのが来ると思うわ。私は結構痛いと思うけど、我慢してあげます。……あなたは、幸せで狂っちゃうかもね」
「や……っああああ」
 ぐり、っと中の指が捻られた。私の壁の、一番弱い所に、ぐぽっと嵌る。頭の中がふわりと真白くなる。
「どうせ、して欲しいんでしょ。……さあ、やるわ」
 目の前に黒い靄のようなもの。何かと思えば、包帯を外した妖仙の右腕。これが、私を、潰すんだ。
「ひあ、あ、っあ、ああ、あああ」
 膣内の親指が円を描くように、陰茎の根元、こりこりした気持ちのいいところを揉み解す。私の意思と無関係に、胸に伸ばした両手は、乳首を摘んで指を擦り合わせくにくにと揉み潰す動きを強めていく。そして。

「せー、の」
「ひっ――」

 ばぢぃっ。

「あ――が、っく」

 どぷどぷ、どぷ、どぷ、どぷ。

 私の中に溜まっていた、得体の知れない粘性のモノが、迸る火花の中に飛び散った。
 
 
 ような気がした。






八、今日の威光、誰が敢へて敵せんのこと


「あらあら、派手にやってくれちゃってまあ」
「それはこちらの台詞よ。仙人の看板に傷を付けないでもらえます?」
 目を覚ましたのは、何やら言い合う声を耳にしてのことだった。

「ん……青娥?」
「ええ、霍青娥。あなたのことを取り返しにきたみたいよ」
「そうよー。せっかく頑張って付けたのに、あんな力技で取ってしまうなんてねぇ。流石は偽物、まったく風情がないわ」
 あ……。
 言われて気づく。股間に違和感がある。在ったはずのモノが、無い。

 ……いや待て。そもそもあれは最初から無かった物じゃないか。戻ったんだ、元に。

「それにしても……壁抜けの邪仙、よくここが分かりましたね」
「まあねー。ネズミにできることは私にもできるんです。似た者同士ですから」
「ネズミとしては、それは心外だがね」
 だが、私と青娥が似ているのは否定できないところである。彼女は道教、私は仏教という違いがあるが、どちらも指導者の傘下を離れて動く者。自分の好ましい動きを世にもたらそうとする者。一緒に過ごして分かったが、性格の方も割合、近いのだろう。
「ナズーリン様とは仲良くなれたと思ったのに、残念ですわ。あなたも結局、仏門の徒ですか」
「私個人は、君のことは嫌いじゃなかったがね。二君を仰ぐわけにはいかない事情だよ」
 青娥と芳香には、むしろ世話になったと思っちゃいるが。私には、尽くさねばならない相手がいるんだ。たとえ、どれほど気に入らなくても。
「第一、あのような外道の術を施しておいて何を言うのです」
「あら外道だなんて心外だわ。タオに外れているのはそちらの方よ?」
「黙りなさい。人間の味方も妖怪の味方も知らないわ、あなた達にはまとめて修行を付けてあげる必要がありそうね」

 ……収拾が着かないようだ。仕方がない。
 尻尾を使い、分からないように指示を出す。
 
 誰に?
 そりゃあもちろん、私の可愛い仔ネズミだ。青娥の陰で様子を伺っている、弱くて小さくて賢い、愛しい女との間に為した、愛しい愛しい、ちょっとばかり不細工な我が子。
 ああ、良い子だ。仕事はしっかり果たしておくれ。

「……えーと、じゃあ私は帰ってもいいかな?」
「そうですね、帰りましょ。芳香が股を湿らせて待ってるわ」
「いや君とじゃなくてだね」
「そうです。この辛抱の足りない獣には、私がしばらく調教を施してやらなくては」
 いやいや、違う意味に聞こえるからやめるんだ。

 そうこうしているうち、近づいてくる。
 そう。
 青娥にも、いんや、誰にも真似できまい。これは、私だけの力だ。
 
 財宝を見つける力。私は、本物の財宝を見つけていた。
 起死回生、この状況を一発で解決する、とびっきりのデウス・エクス・マキナだ。

「窮鼠猫を噛む、というじゃないか」
「そうね。でも私の肉は固いですよー? 仙人たるもの金剛不壊、錬丹で鍛えてますからね」
「ああ。だから、噛むのは実はネズミじゃないんだ」


 流石、速い。来た。目の前だ。


 "財宝の反応"が、目の前。


「ご主人ーッ! ここだ!! 私だ、ナズーリンだ!」
 ありったけの声で叫んだ。正路は私の仔ネズミが伝えた。そう。「財宝を護る虎」に、伝えた。

「はい?」「え?」
 
 そりゃあそうだ、謹慎中の、茨華仙子飼いの虎がここにいる訳がない。だったらあの虎はなんなんだ?

 ――わかった。一週間もらおう、それで駄目なら戻ってくるよ。
 
 思い返せば、私は確かにそう言ったんだ。あの馬鹿正直な馬鹿であるあの方に。

 私の家へ行ったんだろう。
 私の仔が食い荒らした、あの娘の痕跡を見たんだろう。

 心配してくれたんだろう。だってあの方は愚かだから。素直で素直で、何でも考える前に判断してしまうからな。
 そう言えば出る前に、一輪に茨華仙のことを尋ねた。だから、ご主人は最初にここに来たんだろう。
 
 なら、今この森に居る虎などは、迷子を捜して迷子になった、ミイラ取りの虎しかありえない。

「ははっ……ばっかみたいだ。こんな」

 虎の姿で居たのは怪しまれないためだろう。まだ仕事をしているらしい私を、見守るつもりで居たんだろう。
 ……あのお方は、私の上司のつもりでいるからな。

 で、迷子になったんだ。多分ね。
 

「うわっ」
「きゃあっ!」

 ゴゥ……ン。
 
 壁に穴が開いた。もちろん青娥ではない。ましてや我々ネズミでもない。
 壁に穴が開いたついでに、反対側の壁までぶち抜いた。はっはっは、こんな下品に壁をぶち破る獣と一緒にされてたまるもんか。

 壁だったガレキは、璧となり、キラキラその辺に散った。まったく、派手にやってくれる。

「ナズーリン、大丈夫ですかっ!?」

 財宝とは、あのお方そのもののこと。歩く財宝そのもののこと。
 畏れろ、それこそは偉大なる毘沙門天その代行、威光を背負う虎柄のシンボルだ。

「ご主人、こいつらは仏敵だ、遠慮はいらないから全開でやってくれ!」
「わかりました! ひれ伏しなさい邪教の徒、伏せなば毘沙門天の威光、必ずや汝等を討つ!!」
「ちょっと待って話せばわかるわ!?」
「ひいいいいいっ!?」
 残念だけど、それは聞こえていないよ。うちのご主人様はいまいちね、頭が良くないんだ。


 ――光符「正義の威光」


「あぅ」「ぎゃん」

 我らが毘沙門天代行、寅丸星。彼女が高く掲げた宝塔から閃光が走り、赤い妖仙と青い邪仙をまとめて薙ぎ払った。
 一撃必殺、歩く財宝、歩く反則アイテムとは将にこの方のことだ。

「ナズーリン、怪我はないですか!?」
「南無三」

 私は小さく黙祷。
 二人とも伏せていたし、青い方は床まで掘っていたけど、床もろとも薙ぎ払った。さすが毘沙門天様、言ってることとやってることが違う。
 仕方ないね、ご主人様ときたら、加減なんてものができるほど賢くはないんだから。

 繰り返すようだが、ネズミってやつは、自分より弱い者と、賢い者が好きなんだ。
 自分より強い馬鹿なんてのは、大嫌いだ。


「無事で良かった……さあ、帰りましょう」
「ああ……帰ろう、まずは寺に」
 嫌いすぎて、涙が出るよ。全く。






九、鼠壁を忘れず、壁も亦鼠忘れずのこと


 その後どうなったか、と言うと。
 結論から言うと、ご主人様の漢詩の先生は見つかった。

「此夕渓山対明月、不成長嘯成嘷」
「ふむふむ」
「はい、この一節の意味は分かりますね?」
「ええと、この夕べに名月を見て」
「はい、いいですよいいですよ」
「難しいことは言わずに吼える私かっこいい」
「違いますからー!?」

 案の定苦労しているようだ。そりゃそうだ。だって馬鹿だもん。

「青娥、無理はよくない。どだい、この方に詩なんて無理だよ」
「ナズーリン、私だって頑張っているんですよ!?」
「そうですわ。私が惚れこんだ方ですもの、きっと、頑張れば、向こう三百年くらいのうちには……」
 そう。詩の先生と言うのは、壁抜けの邪仙こと霍青娥である。
 どういう風の吹き回しかというと、私にもよく分からない。

「なあ青娥。君はどうしてうちのご主人をそこまで買っているんだい」
「それはもちろん、この方こそ私の求めるタオを具現化したような、道教の象徴そのものだからですわ」
「いやあの、私、仏教の、それも信仰を集める側なんですけど」
「あらあら。そんなすぐバレる嘘をつくと、鬼が怒りましてよ?」
「まあ、いいや。飽きたら私の相手もしておくれ」
 私はと言えば、青娥と遊ぶために寺まで足を運ぶようになった。

「あぁん、星様ったら本当に頭がよろしくないのね」
「霍さん!?」
「それに、二本足で歩くのも下手くそ。槍術なんてハエが止まるかと思いましたもの。私の理想そのもの」
「違いない」
「ナズーリンまで!?」
「そのくせ、完全に道具と後ろ盾任せで、何も考えないで撃ってるとしか思えない、あのハチャメチャな閃光。はふぅ……惚れ惚れしますわ……」
「怒りますよ!?」
「いいんですいいんです。欲深くて、傲慢で、自分では何もせず、威張り散らすだけで何でも貫き薙ぎ倒す……ああん、これこそ本物の道士の姿です。理想よ、理想」
「ああ、まさにそれ。うちのご主人様はそういうのだよ、素敵だろう」
「もういいですもうなんでもどうせ」

 ということらしい。まあ確かに、修練馬鹿で超人崇拝の命蓮寺一味の中では、この方は浮きに浮きまくっている。青娥とは大陸伝来同士だし、何か同調するものがあったのかもしれない。もしかすると遠い昔では同源だったのかもしれないね。

「青娥、そろそろ芳香が起きるんじゃないか」
「あらあらいけない、帰りますわね。次の授業は明後日。宿題はありません、ご自分ではできないでしょうから」
「そんなあ」
「流石は青娥、賢明だね」
「さあ、ナズーリン様、参りましょう」
「うん、行こうか」


 そうして連れ立って、例の寝床……夢殿大祀廟へ。
 そこには、芳香と、茨華仙……なんでも正しくは茨木華扇と言うらしいが、その二人が待っている。

「起きました?」
「おーう。良い目覚めだぞ」
「おはよう、早起きさんね。いいこだわ」
 ここまではいつものやり取り。

「……ねえ邪仙」
「何かしら妖仙」
「そろそろその子を……良香を返してくれない?」
「やぁよ、あなたこの子を捨てたんでしょう。くだらない逆恨みで」
「……っ、じゃあ、貸してよ」
「いいわよ。貸し1ね、ふふ、楽しみ」
 このへんからが、最近増えたやり取り。

「じゃあ今日は、私の相手は青娥かな」
「そうねー。ナズーリンとするの、久しぶり」
 あの後、ご主人様の威光に文字通りひれ伏した仙人二人は、思い思いの住家で普通に暮らしていたが。華扇は、青娥に付き従う芳香を見つけ、それに執着するようになった。
 青娥は、先程のように、我らが毘沙門天に帰依? したことになる。……違う気もする。
 私は、その、あれだ。せっかく華扇に取ってもらったはいいが、日々の満足感が足りなくてどうにも鬱々としてしまい。

 ……その、こっそり、道教に手を出した。
 齧る程度にね。そのね。ネズミだからね、齧る程度。

 青娥に教わり、丹を練ること数か月。師である邪仙には遠く及ばないものの、どうやら上手くできた。

「どうだい、青娥……」
 股を開いて、「先生」に見せる。膣内に埋めた丹。今度こそ余計な呪法は掛けていない、ただの肉の種。私が、忘れられなくなった、アレ。
「あ、いいですね。中で癒着が始まってるわ。ナズーリン様のタオはまだ未熟で細いから、時間はかかるでしょうけど」
「どれくらい? 青娥のは確か5日だったけど」
「そうですねー、私の方が30倍くらいタオが太いとすると……5か月かしら?」
「5か月!? その間、あの調子が続くわけかい!?」
 これは大変なことになった。ご主人様にばれたら、私もあの威光で焼かれるかもわからない。

「ええ、楽しみでしょ?」
「そうだね、楽しみだ……じゃ、青娥。大きく育つように、たっぷり可愛がってくれ」
「……無理じゃないかしらー?」
「何か言ったかい!?」
「いいえ、何もー」
 あんまりネズミを甘く見ると、泣くよ。私が。


「ねえ、良香」
「おう何仙」
「ごめんね……」
「おー?」

 微妙に噛み合っていないような睦み合いが始まったのをバックに、青娥はいつもの笑みで私に向き直る。
「さ、今日も励みましょ」
「何をだい?」
「仲直りの証?」
「やれやれ、いつまで仲違いしているつもりなんだか」

 大まかに言って、今までと変わったことは特にない。
 大きな違いがあるとすれば、わりと趣味の合う、プライベートの悪友ができたこと。




 こいつは本当に悪い奴で、どれだけ嫌がっても私の心に入ってくる。

 そいつの二つ名は壁抜けの邪仙。ああなんて悪そうな奴。




「何をぼんやり考えてるの? にやにや笑っちゃって」
 今にして思えば、彼女が口にしていた鑿の効果。てっきり吹かしているのだとばかり思っていたが、あれは本当だったのかもしれないな。だって、結局、こうなってしまったんだから。

「え? ああ。そんなに笑っていたかな。いやさ、ふと、間抜けの邪仙というフレーズが浮かんだものでね」
「えー、ぶち殺しますよー?」




 了。
やりたい放題にお付き合いいただき、ありがとうございました。
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2014/06/07 23:17:02
更新日時:
2014/06/29 03:29:53
評価:
10/10
POINT:
88
Rate:
2.05
1. 5 ■2014/06/08 01:40:49
一番勃起したのが青娥×ナズーリンで次がナズオナニーだけどどっちもちんこないんだよなぁ
自分では満足出来ないことの確認としてセンズリさせてもよかったのかもしれない
ストーリーとしては面白かったと思うが結局抜かなかったのでこの点で
2. 10 名無し ■2014/06/08 12:14:39
にゃんにゃんの魅力がすごく発揮されてました!!
にゃんにゃん好きとしてうれしいです!!
3. 10 もさぎ ■2014/06/17 19:19:32
非常にいいです!
プロット、エロ、あまり見ない組み合わせを上手く読ませるスキル、どれもベスト。
テーマも上手く消化されていたと思います。
文句なし満点です。
4. 7 グランドトライン ■2014/06/18 16:32:36
この物語はナズーリンを虐めるのが好きなのだろうか?それはそれで面白いが……

実に濃厚にネチョシーンが描かれており、回数やシチュエーションも多く、実用性があります。
ストーリーに関しても、詩を使った表現や公式設定等を上手く交えて活用している点が素晴らしかったです。
序盤の伏線を終盤に上手く持ってきたのには少し驚かされてしまいました。

ただ、どこか盛り上がりに欠ける気がして、長文を読んで段々疲れてきます。
あと、一か所、誤字を見つけました。

青娥が両手で膝をを広げていた。
>青娥が両手で膝を広げていた。

しかし、ナズーリンを中心としたネチョは多彩で、青娥を始めとした周りに振り回される彼女も見ていて面白かったです。
芳香とのシーンは描写に力が入っているのは分かっているのに、なんか笑えてしまった。

しかし、迷い込んだ女性も結構可愛かっただけに、ああいう結末を迎えたのはしょうがないとはいえ気分が悪い。
5. 8 リラクシ ■2014/06/18 20:05:42
ぬふぅ…の、濃厚だった…とても、エロかったです。
名もなき女子が出てきたときは先の展開が読めなくて、まさかあんなことになるだなんて…耐性はあっても悲しいものです(いやでもエロかったですけど、快楽に堕ちちゃうところとかオナニーとかオナニーとかオナニーのところとか)。
拒みたいのに感じちゃう(ビクンビクン)な展開大好きですよふぅ…。ナズーリンをはじめとするキャラ達がらしくて素敵でした。
寅丸よりも頭弱いので読み慣れない単語にスクロールを止めさせられました(ために作品に入りきれなかったのが残念でした(主に無知のせいです汗))が、楽しめました。
中盤の、言葉が汚くなってしまいますが胸糞よろしくない展開にバッドエンドを想像していたために、終盤の展開からのハッピー(?)エンドに胸を撫で下ろせました。
本当に面白かったです、エロかったです。

あ、作者予想はぱ。氏ではないでしょうか。外れていたらすみません。
6. 9 匿名 ■2014/06/22 17:04:49
基本点:1点
テーマ:3点(0〜3点)
エロさ:3点(0〜3点)
面白さ:2点(0〜3点)
一言感想:>「未熟な仙女が晒し者にされていたわ」
       まさかSTA・・・ゲフンゲフン。ともかく極めて珍しい組み合わせの爛れた関係が、十二分なエロスと共に描かれていて読みごたえがありました。
       それにしてもこのピンク仙人、淫乱である。
7. 10 名無し妖精 ■2014/06/23 16:40:13
青ナズと見せ掛けたナズ星だこれ!
8. 10 まっく ■2014/06/24 15:50:54
これはすばらしい
9. 9 ■2014/06/27 09:33:42
相変わらずエロい。こういうふたなりの生やし方はいいですね。
終盤少し駆け足ですがオチはめっちゃ好きです。
10. 10 toroiya ■2014/06/27 21:11:14
ナズーリンの癖のある性格が病みつきになります。
冒頭の星の貶しっぷりといい、仙人にうんざりする様子といい、やはり彼女も一筋縄では行かないのでしょう。
それと、外界の少女を幻想郷の世界に放り込み、終いには食べられてしまうという展開も心に来る物があってよかったです。
11. フリーレス Misogist ■2014/07/01 20:53:07
採点期間が終わってしまったのでコメントのみですみません。
お題解消に青娥とナズーリンをつなげる作話のお手並み、実に見事。
青娥の邪っぷりが素晴らしく青ナズシーンがくそエロくて困った。
抵抗禁止を強要されて仕方なくのはずがいつしか受け入れてるとかいいですわー
このふたなり化は性知識が未熟な子供の妄想のような童心感ある設定でおもしろかわいい。
中盤のオリ女子ちゃんは残念なことになりましたが
予定調和と言えばそうですが東方観を尊重した結果に思えるので興の増減によらず自分は支持したいと思いました
後半は腐敗臭を芳しいとするナズの思考になり切ることができないと楽しく読めないのが難点かなと
描写や絵面はエロいんですけど脳内に展開されるのは絵だけではないので
少し削がるものがどうしても出てしまいました、私見ですが。
いやーそれにしても賢しくて理性的な子が快楽に堕ちてだめになる様は良いものだ…!
それと、160kbに思えませんでした。
160kbにしてはさほど長いと感じず、このサイズの長さに通常伴いがちな重さはほとんど感じなかったです
会話文多めかつ軽妙なテンポの読ませる掛け合いの効果なのかなと推察。
これらは間違いなくぱ。さんの東方SSの魅力の一つかと思います。
良作をありがとうございました。
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