完壁たるアマノジャク

作品集: 最新 投稿日時: 2014/06/07 23:53:58 更新日時: 2014/06/07 23:53:58 評価: 10/10 POINT: 90 Rate: 2.09
「壁は高ければ高いほど、登った時に達成感があって心地良いなんて言う奴がいるが、私からしたらそんなのは嘘っぱちだね。それは高い壁を登れるだけの能力を持つ奴が、『この程度の壁も登れないのか』って上から目線で壁の下にいる奴らを見下せるから気持ちいいんだよ」

 僕の隣に座っている天邪鬼は、さっきから暇を見つけてはこんな調子で話しかけてくる。
 仮にも指名手配中だと言うのに、真昼間からいつ客が来るかも分からないのにいやに堂々としたものだ。
 まあ、客が入って来る気配を感じた瞬間にこの子が一瞬で姿を消してどこかに隠れた場面を何度も見ているので、逃げ足には自信があるのだろうと思う。
 別に話をするのは嫌いじゃないし、この子の話は天邪鬼らしくいつも捻くれた斜め上の発想によるものが多いからなかなかこれで新鮮ではあるのだが、しかし僕が一人でゆっくりと本を読んでいる時くらいは静かに本を読ませてほしいのだが。

 やれやれ。まったくもって、妙な逃亡者を匿うハメになってしまったものだ。







   完壁たるアマノジャク







 数時間前のことだ。僕は目の前の状況をすぐには理解できず思考に耽っていた。なにしろ、
 
「お前がこの店の店主か? 喜べ。ここを鬼人正邪様の隠れ家として提供させてやる」

 無縁塚への仕入れを終えて帰ってきたら、僕の指定席であるカウンターの向こうの椅子に、知らない少女が堂々と座っていたのだから。

「誰だい君は? 生憎と、この店にはまとまった金は置いていないよ」
 
 鬼人正邪と名乗った少女の動きを警戒しながら、僕は悲しいかな事実をありのままに伝える。
 最初の印象は、泥棒か、それとも強盗だろうかというものだ。人の留守中に勝手に入って堂々としていると言えばまず真っ先にそれが思い浮かぶ。
 ならば残念なことにこの店には盗むほどの金は無いのが現実だ。店としてそれはどうなんだと言われそうだが、ここには金では買えない価値のある貴重な品物がいくつもあるのだから問題は無い。
 
「失礼な奴だな。私がそんなに金に困っているように見えると言うのか。悪いが、金なんかに興味は無いんだよ」
「ふむ。だとすると……ああ、君はぬらりひょんの妖怪かい? それならもてなしもせず失礼した」

 ぬらりひょんは妖怪の中でもとりわけ有名な存在だ。いつの間にか家に入って来ては、まるで自分の家のように堂々と振舞うという伝承は、まさに目の前の少女に当てはまる。もっとも、僕はまだ幻想郷で出会ったことは無いのだが、まさか老人の姿で文献に記されていたぬらりひょんが実は小柄な少女だったとは驚きだ。

「おいこらふざけるな。誰がぬらりひょんだ。あんな礼儀知らずのクソジジイと一緒にするな」

 ムッとした顔で少女が僕を睨みつけてくる。良く見ると、少女の頭には小さいながら二本の角が生えていた。
 鬼だろうかとも思ったが、それにしては目の前の少女からは鬼らしい威圧感も恐ろしさも全く感じられない。仮に鬼だとしても小鬼の類だろうか。
 
「すると、鬼人正邪と言ったね。君は何の妖怪だい?」
「ん? おいおい、まさか私のことを知らないのか?」
「知らないも何も、君とは初対面のはずだが。どこかで昔会ったことがあるかい?」
 
 少なくとも客としてこの子が店に来たことはないはずだ。仮にも客商売をやっている身だ。とくに角という大きな特徴があるこの子が一度でも店に来ていたら、絶対に顔は覚えているはずなんだが。
 
「……本当に知らないのか? 少し前まで、私は指名手配されていて幻想郷中から追われていたんだぞ?
 幻想郷をひっくり返そうとしたレジスタンスの天邪鬼・鬼人正邪様の名前も顔も知らないなんて、よほどの世間知らずだなお前は」
「指名手配か。それは穏やかじゃないね」

 一見しただけでは、とてもこの子が幻想郷中から指名手配されるような妖怪には見えない。それはこの子から感じる危険度と言うか、恐ろしさと言うか、一言で言えば妖怪としての格とでも言うべきか。ともかくそれほどの力をこの子が持っているようには感じられないせいだ。
 もっとも、八雲紫の例もある。外見こそ幼い少女だが実は底知れぬ恐ろしさを持つ妖怪というものもこの幻想郷に残っていることは僕もよく分かる。だから外見だけで判断することはしないつもりなのだが、しかし、それでもそこまでこの子が危険な存在に感じられないのは、僕の油断か無知故だろうか?

「すると、確か君は最初にこう言ったね。ここを隠れ家にすると。と、言うことは、もしかして追手から逃れるためにここに隠れようという腹かい?」
「ほう、世間には疎いようだが頭が悪いわけでは無さそうだな。その通り。しばらくここを私の新たな拠点とさせて貰おうというわけだ」
  
 椅子にふんぞり返ったまま、正邪と名乗った天邪鬼の少女は起伏の無い胸を張って僕を見上げる。
 まるで最初からその椅子の主であるかのように堂々とした態度は、やはり天邪鬼と言うよりはぬらりひょんなのではないかと思わせる。
 しかし店主のはずの僕がカウンターの向こうから話しかけ、侵入者のはずのこの子が椅子に座っていると言うのは、まったくどっちが本当の店主か分かったものじゃない。
 
「ところで入口には鍵をかけていたはずなんだが、どうやって侵入したんだい?」

 見たところ、店の戸も窓も壁も一切穴を開けられた痕跡は見られない。
 人間ならともかく、この店の壁程度は妖怪相手には実際には役に立たない強度だから無理やり侵入しようと思えば実はワケはない。
 ……のだが、見渡しても全く無理やり押し入った痕跡が無いとなると、この子はいったいどうやって侵入したのか気になるところだ。
 
「なーに、ちょっとした便利アイテムを使えば壁を抜けるくらい簡単なことだ」

 正邪はニヤリと笑いながら、懐から何かを取り出して一瞬だけ僕に見せて来た。
 ほんの一部しか見えない上にすぐまた懐に仕舞われてしまったので、いったいその便利アイテムとやらがどんなだったのかまでは分からない。さすがにそれでは、僕の『道具の用途と名前が分かる程度の能力』も効果を発揮できない。

「便利なものもあったものだ。悪用されないことを祈るよ……と、指名手配犯に言っても無理な話だろうが」
「悪用? 活用と言って欲しいな。道具だって使われずに埃を被るよりは、なんであれ使われた方が嬉しいに決まっているだろう」

 まあ、その言葉はある意味で真理と言えば真理だ。とはいえ便利な道具を不法侵入のような悪事に使うことと、道具に活躍の場を与えてやることは本来別の問題であるのだが。
 まあ、何をしたかは分からないが指名手配されるくらいだ。これまでもその便利アイテムとやらであちこちで悪事を働いて来たのかもしれない。天邪鬼と言うならば、悪戯をせずにはいられない本質を持っていてもおかしくはないのだから。

「それにしても、なぜ僕の店に隠れようなどと思ったんだい? 見てのとおりここは古道具屋だ。そして幻想郷で唯一、外の世界の道具やマジックアイテムなんかも扱い、人間も妖怪も含めてあらゆる客の需要に応えることのできる店でもある。客が出入りするような場所に隠れることは、見つかるリスクが高いだけだと思うのだが」
「そう思うか? そう思うだろう? だからだよ。だからこそ、敢えて私はそういうところに隠れるのさ」

 僕が率直な疑問を投げかけると、正邪は椅子から立ち上がって僕の方へと身を乗り出した。
 よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに嬉々とした表情を浮かべながら、正邪は芝居がかった大袈裟な身振りで僕の注意を引きつける。もしかしたら、この子はかなり自己顕示欲が強い性格なのかもしれない。

「発想の逆転だ。誰だって人が出入りするような場所に指名手配犯が隠れているとは考えない。普通は使われなくなった小屋や洞窟と言った場所に隠れると誰でも思うだろう?
 だが私から言わせればそれこそ愚者の発想だ。そういういかにも隠れられそうな場所と言うのは真っ先に追手が探すものじゃないか? それにそういう場所は既に案外野良妖怪の住処になっている可能性だってある。
 だが強さに溺れ、考えることを放棄した強者どもはそんな当たり前の発想しか出来やしない。だからこそ、私は敢えて隠れられそうな場所とは正反対の場所に隠れることにしたのさ」
 
 なるほど天邪鬼らしい発想だ。だがあながち浅はかな考えと一笑に付すようなものでもない。
 単にセオリーを無視した発想と言うだけではない。追手の思考を読み、その裏を突くという意味では案外こういう発想の出来る者が最後までしぶとく生き残れるのかもしれない。
 もっとも、彼女の考えには致命的な欠点があると思うのだが。
 
「なるほどよく分かった。しかしだ。僕に見つかった時点で君は『隠れている』とは言えなくなってしまったんじゃないか?
 さっきも言ったようにこの店には客が来る。君のことを僕が誰かに話せば、君の逃亡生活はそこで終わってしまうと思うが。
 それにそもそも僕が今すぐ君に出ていくように迫ったらどうするつもりだい?」
 
 余計な情報を過剰に与える必要は無い。だから名前までは出さないが、この店には妖怪退治の専門家である霊夢や魔理沙を始めとして、腕に自信のある者が人間妖怪問わず来ることも多い。
 指名手配犯がここにいると教えたら、霊夢なら喜んで妖怪退治と称してこの子を捕まえようとするだろう。
 
「ははっ、そう言うだろうと思っていたよ。お前も馬鹿では無いようだが想像力に欠けているな。首に縄を捲こうと思えばワケは無さそうだ。先に言っておくが、どちみちお前は私をここに匿う以外の選択肢は無いのさ」
「どういう意味だい?」

 僕の忠告にも、正邪は全く不安がるそぶりを見せない。むしろその程度はここに忍び込んだ時から分かっているとでも言いたげな、人を見下すような表情を浮かべてすらいた。

「この店に忍び込んで住人、つまりお前の帰りを待っている間、私がただ黙って椅子にふんぞり返っているだけだとでも思ったか? 甘いな。
 この店には既に爆弾をいくつも仕掛けてある。つまり、この店全てが人質……いや道具質になっているということさ!」
「何だって……!」

 成程そう来たか。てっきり僕は、力による暴力で脅しをかけてくるのかと思ったが、店ごと人質、いや道具質にするとは予想外だ。
 僕自身も半分は妖怪だから、身体の方は普通の人間よりは丈夫なつもりだ。だが商品の方は必ずしもそうではない。
 店に並べている商品のほとんどは、売っても良い、つまり手放しても良いと思った品物だから一つや二つ吹き飛んでもそこまで惜しくは無いが、さすがに商品丸ごと、そして店まで吹き飛ばされるのは僕としては避けたい。
 
「その名も四尺マジックボム。広範囲を吹き飛ばす強力な爆弾でね。実際にどんな妖怪の弾幕だろうと吹き飛ばしてきたから威力は折り紙つきさ。そんなものをこの狭くてボロい店で爆発させたら、いったいどうなると思う?」
「ふむ。中に隠れている君も一緒に爆発に巻き込まれて吹き飛ばされるね」
「…………」

 正邪が黙った。まさかとは思うが、そこまで考えていなかったのだろうか。
 いや、仮にもこの子は指名手配されるほどの悪党のようだ。考えていない振りをして、実は周到に自分だけが助かる策を既に用意してあるのかもしれない。

「ふ、ふふっ。甘いな店主。四尺マジックボムは私の持つ道具だぞ? 使用者本人が巻き込まれないような仕掛けが当然してある。もっともお前と店は助からないがな!」
「ああ。店が助からないから屋根が崩れるね。そうなれば君が仮に爆弾の爆発に巻き込まれなくても、屋根の崩落に巻き込まれて僕と一緒に生き埋めになるんじゃないかい?」
「…………」

 再び正邪が黙った。もしかしたら、本当に何も考えていなかったりするんだろうか。いやそんな馬鹿な。
 目が泳ぎ、頬を冷や汗が一筋流れ、心なしか顔色も悪いように見えるが、これも僕を欺くための演技だという可能性もある……と思う。

 それにしても、狭くてボロい店とは心外だ。
 狭く見えるのはそれだけたくさんの商品を並べ、少しでも客が自分の探し求める道具に出会いやすいようにするという商売努力によるものだし、
 ボロく見えるのはここが古道具屋だからだ。新築同様の外見の古道具屋のいったいどこに風情があると言うのか、逆に聞いてみたい。
 
「あ、生憎だったなぁ! 私は反則アイテムを二つ同時に使えるんだよ! つまり、爆弾を爆発させながら、同時に自分だけは一瞬でテレポートして脱出することだってできるのさ! つまり危険なのは店主、お前とこの店だけということだな!」
「ふむ。それは確かに困ったな」

 なんだかたった今この場で思いついたように見えるが、気のせいだろうか。
 とはいえ焦りが見えていたさっきまでの表情が、一転してまた自信に満ちた表情に変わっているのは気のせいではないだろう。
 これでも客商売で色々な相手の顔色を見て来たから分かるが、この自信は決してハッタリだけで顔に出せるものではない。今正邪が言ったことは本当かどうかはともかく、何かしらの力を隠し持ってるとは考えるべきだろう。
 そうでなくとも、今この場でこの子を無理に追い出したとしたら、この子が店を離れてから仕返しで爆弾を爆発させられる可能性が全く無いわけではない。
 そう考えると、あながちこの子の脅迫を軽視するわけにもいかないのも事実だ。

「勿論、タダで匿えとは言わないぞ。生憎おいそれと見せびらかすことは出来ないが、私には革命を果たすために今まで集めた反則アイテムの数々がある。どれも幻想郷の強者たちの不可能弾幕を打ち破ってきた折り紙つきの一品だ。
 私を匿ってくれたら、どれでも一つ好きな物をお前にやろうじゃないか」
「断る」
「……は? 今何て言った?」

 僕の返答に、正邪は目を丸くした。完全に想定外の答えが帰って来た、と言いたそうな顔だった。よほど不意を突かれたのか、不思議そうに丸く大きな目を瞬かせるその仕草は、見た目相応の可愛らしい少女のようにも見えた。

「いらないから断る、と言ったのさ。勿論、君を匿わない、という意味じゃないよ。爆弾で店を吹き飛ばされてはかなわないからね。だがその反則アイテムとやらを貰うつもりは無い」
「ほう? お前は変わったやつだな。ここは道具屋で、しかもマジックアイテムまで取り扱っていると言っていたじゃないか。そこの店主であるお前が、他では決して手に入らないレアアイテムを要らないと言うのか? 金では決して手に入らない逸品だぞ?」
「いや、確かにそれらの品が本物だったとしたら、この上無く魅力的な逸品ばかりさ。売りに出せばかなりの値が付くだろうね」

 まあ、仮に手に入っても売るつもりはないが。そんな便利な物を誰かに売ってしまっては、例えば不埒な客がそれを手に入れてまた新たな犯罪のために使わないとも限らない。
 そう。僕は幻想郷の平和のためにそんな反則アイテムを売らないのであって、決して便利そうだから自分の手元に残そうとしたいわけでは決して無いのだ。

「ふむふむ分かったぞ。私が言っていることが本当かどうかを疑っているというわけだな。まぁ私は天邪鬼だからな。最初から信じろと言う方が無理か」
「いや、問題はそこじゃないよ」

 最初の僕の返答には目を丸くしていた正邪だが、彼女の中で彼女なりの結論に達したのだろう、今度は納得したような表情を浮かべながら彼女自身を親指で指すような仕草を見せた。
 おそらく、彼女は自分が天邪鬼であること、そしてそれ故に、彼女と話をする者は皆彼女のことを『本当のことを言わない捻くれ者』として警戒しているということをよく分かっているのだろう。
 確かに正直に言えば、僕だって彼女が言っていることが本当かどうかと多少たりとも警戒しているのは確かだが、しかしこれはそれ以前の問題、僕の商売人としての矜持に関わる問題なのだ。

「もし対価として君からその反則アイテムとやらを受け取ってしまえば、僕と君は共犯ということになってしまう。僕まで窃盗犯の疑いをかけられて指名手配されてしまうだろう。
 この商売の世界は信用が何よりも大切なんだ。盗品と知っていて指名手配犯の片棒を担いだなどという濡れ衣を着せられては、僕はこの幻想郷で商売を続けられなくなってしまう。そうなるくらいだったら、くたびれ儲けどころか骨折り儲けで終わった方が将来的には得だと考えるのさ」
「……ははぁん成程、読めたぞ読めたぞ」

 僕の説明を聞いて、正邪は納得してくれるかと思いきや、何やら彼女は得意げに笑みを浮かべて僕を細目で見上げて来た。
 口元を釣り上げてニンマリと笑う姿は、お前の企みはお見通しだぞ、どうだ、とでも言いたげな自信に満ちている。

「そう言って興味が無い振りをして、スキあらば一つどころか全部手に入れようとしているんだろう? 一見枯れていて何事にも無欲に見える物腰も、そうやって油断した相手にスキを作らせる作戦ってわけだ。生憎とこの正邪様はその言葉を信用してスキを作るような愚かな真似はしないけどな!」

 ……ううむ。天邪鬼という妖怪は皆、相手の言うことをこうやってねじ曲がった方向に解釈してしまうのだろうか。やれやれ、僕にそんなつもりは毛頭無いんだが。
 まぁ、どれだけの追手に追われて来たのかは知らないが、これくらい慎重でなければ今まで生き残れなかったのかもしれないが。

「とはいえ、さすがに僕も君を一生匿う気は無いし、そもそも幻想郷の妖怪達はそれほど甘く無い。さっき言ったように商売とは信用第一だ。店を道具質にされているとはいえ、君を匿っているのが公になったら僕も今までどおりの商売は続けられない。
 だから一晩くらいならまだしも、なるべく早く穏便に出て言って貰いたいものだね」
「へぇ、なかなか強気な態度に出るじゃないか。……そうだな。やろうと思えば店とお前の無事を担保にずっと居座ることは私にとっては簡単だが、お前にも一国一城の主としての本気が感じられるな。やり合って不要な騒ぎを起こすことは確かに私だって避けたい。
 ならば一つ勝負をしようじゃないか。私の出す謎かけに見事答えられたら、ここから出ていってやるよ」
「ほう? いいのかいそんな条件を出して。急に僕にとって格段に有利になったように見えるが」
「見くびるなよ。私はこれでも弱者には優しいんだ。お前は男で体格も立派だが、見たところあまり強く無さそうだしな。弱い奴には私も敬意を払ってやらんこともない」
 
 弱い奴には敬意を、か。なるほどいかにも天邪鬼らしい発想だ。と言うことは逆に言えば、強い相手には遠慮しないのかもしれない。もっとも幻想郷でそれを貫くには、ただ覚悟するだけではとても生き残れないだろうが。
 もしかしたら、この子が指名手配されたというのもそのあたりが関係しているのかもしれない。

「ちなみに答えられなかったらどうなるんだい?」
「勿論、お前が答えられなければ私はここに居させてもらうに決まってる」

 ふむ。まあ、答えられたら出ていくという条件である以上は当然のことだ。
 むしろ答えられなかったらお前の命を頂くとか、お前を食うとか、そんなハイリスクな条件がついていないだけまだ可愛らしいものがある。
 瓜子姫と天邪鬼のお伽草子を知っている者なら当然、天邪鬼に騙され殺されることだけは警戒しなければならないが、しかし正邪と僕では体格を始めとしてあらゆる点で差異がありすぎる。さすがに御伽草子の中で成り替わり目的で瓜子姫を騙して殺した天邪鬼とは違い、追手から逃げるために僕に成り替わろうとすることはないだろうと思いたい。

「もう一つ尋ねるが、僕は何回まで間違えることができるんだい?」
「そうだな……当然の話だが、無限に答えられたらいつかは当てられてしまうからそんなのは無しだ。
 だが一回や二回しか間違えられないというのもフェアでは無いな。そうだ。回答権は一回しかないが、ただし一日に一回認めようじゃないか。つまり今日間違えても明日再挑戦できるというのはどうだ?」
 
 なるほど。逆に言えば、僕が正しい答えを言えるまでは何日でもここに居座るというわけか。
 だがその条件ならフェアと言えばフェアだ。ただし、この問題に正解があることが大前提となるが。
 
「分かった。その勝負を受けるよ」
「……やけにあっさり決めたな。私は天邪鬼だぞ? 私が出したこの条件を本当に守ると思っているのか?」

 僕の答えに、正邪は逆に面食らったような顔をした。僕がもっとしつこく条件を聞いたり、本当に約束を守るか念を押してくるのではないかと思っていたのかもしれない。

「それは分からないが、君が天邪鬼だと言うことと約束を破るということはイコールではないさ。天邪鬼は人間に悪戯をしたり、他者の考えていることと逆の言動をすることで知られているが、しかし嘘を吐くことで有名な妖怪とは限らないからね。商売人としての勘でそこは信じようと思う」
「はっ。後でどうなっても知らないよ。後で話が違うとか苦情を言ってきても私は知らないからな。それじゃ、勝負は成立だ」

 正邪はいかにもこの選択をした僕を小馬鹿にするかのように舌を出しながら軽い調子でおどけて見せた。
 まあ、確かにそうかもしれない。天邪鬼は嘘を吐く妖怪では無いとはいえ、相手の期待や信頼を裏切るためなら嘘だって平気で吐くだろう。
 だが、そもそも本当に約束を破って僕を騙すつもりなら、そもそも正邪自身の口からそれを僕に確認する必要などどこにも無いのだ。何も言わず話を進めて、僕が正解した時に前言撤回して居座り続けた方が、僕のショックも大きいし、より天邪鬼らしいだろう。
 確かに初めて会ったばかりの天邪鬼を信用できるほど僕はお人好しではないし、そもそも僕を脅迫してきている相手を信用しろという方が無理な話ではあるが、この子の行動一つ一つを具に観察すればこの状況を切り抜けられる道筋は見えるかもしれないというものだ。

「そうだな。こういう問題はどうだ。もしもの話だが、ある天邪鬼が追手に終われて逃げているとする。追手はとても強く、戦っても勝ち目はない。天邪鬼は追手の反則弾幕をかいくぐって必死に逃げる。
 しかしそれは追手の罠だった。天邪鬼の逃げ道の先は行き止まりだったんだ。
 前も左右も壁で塞がれている。壊すことも通り抜けることもできないカンペキな壁だ。後ろからは追手がすぐそこまで来ている。
 しかしその天邪鬼は、見事に追手から逃げ切ることに成功したんだ。さてここで問題だ。その天邪鬼はその壁をどうやって突破して逃げ切ったと思う?」
「……ふむ」

 問題は思った以上に具体的であり、かつ抽象的でもある。しかし、予想していたほど、答えが無い類の問題では無いように思える。
 なぜ正邪が問題をこれにしたかは分からないが、この設問で正解が無いということは無いだろう。さて、僕がこの子の立場だったら果たしてどうやって乗り越えるか。
 最も考え得る答えは、「空を飛んで乗り越える」だ。どれだけ高い壁だろうと、まさか雲の上まで続くほどの高さではあるまい。
 そう。普通の人間ならば、「逃げる」とは走って逃げることを想像する。だが僕の知り合いが皆そうであるように、幻想郷では多少力のある者はそのほとんどが空を飛べるのだ。
 
 だがしかしだ。そんな当然の答えが、この子に通用するのだろうか。
 さっきこの子は自分を天邪鬼と言った。天邪鬼とは本来、人の心を察して悪戯を仕掛けてからかう妖怪であったという言い伝えがある。だが同時に、悪戯好きというイメージが人々の間で強まって行った結果、今では他人の考えていることに逆らうような正反対のことばかり言う妖怪となったとも聞く。
 つまりこの子もそうであるとしたら、まともな答えを言ったところで、それが天邪鬼に通用するとは限らないと考えるべきだ。
 
 まずはこの子が天邪鬼としてどんな思考をしているのか、その傾向を見極めることが重要だ。一度や二度の間違いは気にせず、まずは正攻法で反応を見てみよう。
 
「ならば答えよう。天邪鬼も妖怪ならば空を飛べるはずだ。空を飛んで壁を飛び越えれば良い」

 あまりに当たり前すぎて、自分でもこれが正解だとは思ってはいない。幻想郷では空を飛べる者は決して珍しくないからだ。まさか天邪鬼が、そんな普通の答えで満足するとは思えないが果たして。

「くっくっくっ……」

 案の定、正邪は口元をニヤリと釣り上げて不敵な笑みを浮かべた。

「残念だったな、ハズレだよ! その壁はカンペキだと言っただろう? 雲の上までどこまでも伸びてるんだ。空を飛んだところで飛び越えられるような代物じゃないだろうね」

 そしてひとしきり笑った後、僕を嘲るかのような得意げな表情、例えるなら『邪悪な』笑顔で不正解だと断じた。

「ふむ、外れてしまったか」
「約束だ。今日一日は居座らせてもらうぞ。まあ心配するな店主。優しい私は明日以降も回答権をくれてやるから、出て行って欲しければ早く正解を見つけることだな。
 ああ、それに私だって対価も払わず居候するほど恩知らずじゃないさ。私の反則アイテムが欲しく無いと言うのなら、代わりにそうだな……ああ、お前が望むんだったら、宿代がわりにこの身体で払ってやってもいいんだが?」
 
 そう言うと正邪は、矢印がたくさん重なったような模様のスカートの裾を摘み、軽く上へと持ち上げた。
 細くて健康的な少女の足が僕の目の前に露わになる。なるほど男を誘う仕草としては古典的だが有効だ。しかし店の中でやらないで欲しい。今この瞬間に客が入ってきたらどう誤魔化せばいいんだ。

「ああ。君に対してそんな気持ちを抱くことはたぶん一生無いと思うから安心してくれ」
「やれやれ、つまんない奴」

 正邪はわざとらしい溜息を吐きながら、太腿が見えそうなくらいまで持ち上げたスカートを元に戻す。
 まさかこんな罠にひっかかる男がいるとは思えないが……まあ、これもこの子にとっては悪戯の一つなのだろう。

「それじゃ店主。今夜一晩厄介になるぞ。客が来たら私は勝手に隠れるから私のことは気にするな」

 そう言って正邪はカウンターを飛び越えて僕の方へとやって来た。
 スカートが翻り、下着が見えそうなほど脚が露わになっていたが特に気にした様子も無い。まったく、このあたりは霊夢や魔理沙と同じで、まだ少女としての自覚に乏しいようだ。
 それにしても、まったく厄介な相手に目を付けられたものだ。
 この子の言動には出来る限り注意を払い、出ていって貰うまでは僕の店と商品たちを守らなければいけないだろう。
 
「ああそうそう、僕の自己紹介がまだだったね。僕は森近霖之助。ここの店主をやっている」
「あっそう。それは興味深いね」

 つまり僕自身に特に興味は無いと言うことか。まあ、逃げ込んだ先の住人の素性を気にする指名手配犯というのもおかしな話、か。
 
 
 
 夜が明けた。僕は一人で起きて着替えを済ませ、顔を洗って開店前の店内へと向かう。
 
「やあ店主。今日はいい天気だな。お前も爽やかな目覚めだったようで何よりだよ」

 僕に爽やかな目覚めとは程遠い、曇天の空のような気分の目覚めをプレゼントしてくれた指名手配犯は、僕より早く起きて店内を物色していた。
 僕も首を上下左右に隈なく動かして店内の状態を確認する。特に荒らされた形跡も、爆弾で吹き飛ばされたような痕跡も見当たらなかったので、僕は心の中で安堵の息を吐いた。
 窓の外を見ると、僕の気分と同じくらいの雲が太陽を覆っていた。なるほどいい天気なのかもしれない。彼女にとっては。
 
「おはよう正邪。君は僕が用意した布団で寝なかったようだが、どこで夜を明かしていたんだい?」
「ふん。お前と同じ部屋で寝られるわけがないだろう。私が寝ている隙に縛りあげられたり、私が肌身離さず持ち歩いている反則アイテムを奪われないとも限らないからな」
 正邪は当然だと言わんばかりに、不愉快そうに片目を瞑った表情で僕を睨みつけてきた。
 仮にも彼女も女の子のはずだが、気にするのはそっちのことではないらしい。まあ、身の安全を守りたいという意味では同じかもしれないが。
 
「なるほど。それくらい警戒心が強くないと今まで逃げ切れなかったんだろうね」
「そりゃそうさ。信用したとたん裏切られて騙し打たれる、なんてのは逃亡者の末路としては枚挙にいとまが無いからな」
「しかし、それでは君も安心して身体を休められないだろう。神経を張り詰め過ぎては、いつかぷつりと切れて倒れてしまうよ」
「ふん。大きなお世話だよ」

 正邪はぷい、とそっぽを向いてしまった。僕の助言を聞く気は無い、ということだろう。確かに僕も、つい霊夢や魔理沙に対するのと同じような心配をこの子にしてしまったが、普通に考えれば指名手配犯に脅されて居座られた当事者が相手を心配するというのもおかしな話ではあるが。
 
 それにしても、布団も無しに正邪はいったいどこでどうやって寝ていたのだろう。
 待てよ、天邪鬼は人の考えることとは正反対の言動をすることもある妖怪だ。
 それならもしかして、寝る時も普通の人間とは逆に……例えば天井からぶら下がって、蝙蝠のように逆さになって寝ているのでは……
 
「おい店主。お前今物凄く失礼なことを考えなかったか?」
「何のことか分からないな」

 店の中を物色していた正邪が、突然背中を弓なりに反らすようにして身体は正面を向いたままで顔だけをこっちに向けて来た。器用なことだ。
 僕の返答に正邪はまだ何か言いたそうだったが、ふん、と鼻を鳴らしただけで体勢を元に戻した。
 
 ふむ、僕はあやうく天邪鬼という妖怪のもう一つの特徴を忘れていたようだ。
 天邪鬼とは何も、相手の考えと反対の言動をするだけの妖怪とは限らないのだ。
 そもそも天邪鬼の最も古い由来は天探女(アメノサグメ)と言われているが、その天探女は天や人の心を探る、つまり人の心を読めるという言い伝えもあるくらいだ。天邪鬼がこちらの考えていることを見抜くことだって出来るのかもしれない。
 もちろん今の正邪の言動を見る限り、話に聞くさとり妖怪のように心の中で考えていることを正確に読みとれるわけではなさそうだが、なるほどますますもって油断は禁物だ。
 
 
 僕が作った朝食を食べ終わってから、正邪は言った。
 
「さて店主。日が変わったから今日も一回だけ昨日の謎かけに答えるチャンスをくれてやる。一晩寝て正しい答えは思いついたか?」

 どうやら回答権は朝に復活するらしい。確かに昨日は、いつ回答権が復活するとは言っていなかった。もしかしたら、僕がまだ準備不足かもしれないと考えて朝早くのタイミングを指定したのかもしれない。
 幸いなことに、解答の候補はいくつか考えてはいる。そして昨日の最初の答えで、傾向の一つは予測できた。
 僕が空を飛べば良い、と言うと、正邪は壁は天高くまで伸びている、と答えた。勿論、そんな条件は問題を出した時には全く触れられていない。ただ完璧な壁だと言っていただけだ。
 ということは。僕の予想が正しければ、これからも後出しで条件は次々と出てくるのではないか?
 僕の答えが一見正解に見えても、それを不正解にするために。
 ならばさらに今日一日を捨ててでも、確かめる必要はあるだろう。

「昨日君は、その壁は雲の上までどこまでも伸びていると言ったね。だから空を飛んでも飛び越えられないと。
 それならば逆の発想だ。上がダメなら下、つまり地に潜れば良い。地面に穴を掘って、壁の向こうに抜けたんだ」
 
 僕は自信満々を装って答えた。正邪は、それを聞いて、可笑しくてたまらないと言わんばかりに口元を釣り上げ、見上げているくせに見下しているかのような余裕に満ちた表情を浮かべて口を開いた。

「やれやれ単純だねぇ。上が駄目なら下、ってかい? 大外れもいいとこだよ。
 だいたい、天まで伸びるような壁を支えなきゃならないんだ。そんな高くて重い壁が倒れてこないようにするためには、よほど深くまで埋まってなきゃ無理だろう?
 つまり穴を掘って抜けようとしたところで、どこまでも壁で埋まっていて通れっこないのさ。上も下もカンペキなんだよその壁は」
「なるほど。言われてみればその通りだ。僕も浅はかな解答をしたものだ」

 これも概ね予想通りのためそれほど悔しいわけではないが、敢えて悔しさを滲ませたような言い方をしてみる。
 僕の心の内を感じ取っているのかどうかは分からないが、少なくとも僕の反応を見た正邪はご満悦だ。僕がまた不正解だったのが愉悦なのだろう。
 とりあえず傾向の一つは予測できた。端的にこの問題の攻防を言い表すなら、「ああ言えばこう言う」となるのだろう。
 僕が常識的な、あるいは論理的な答えを出す。それに対して正邪は後出しでその論理を否定し、常識をひっくり返す。
 それが仮に荒唐無稽なものであろうと、非現実的なものであろうと、出題者が言うのならばその設定は是となる。
 ふむ。普通であれば後出しで出てくる様々な条件に呆れて投げ出してしまう者もいるかもしれないが、しかしこれはこれで案外考察の対象としては悪くないかもしれない。
 とはいえその対価は、今日も一日この子を匿うということだ。決して軽いものではないが、何とか騒ぎにならないことを願いたいものだ。
 

「それにしても、お前の店にはロクなものが無いな」

 客がいない時間帯。店内を物色していた正邪は、呆れかえったような声で振り向きながら言った。
 やれやれ、さすがにそうきっぱりと言われると僕としても立つ瀬が無い。とはいえ、この店の商品のほとんどは説明文を添えているわけじゃない。客が興味を持った道具について僕に尋ね、僕がその道具について説明する。そうしたやり取りの末に交渉と言うものは成立するものだ。
 つまり外見を見ただけで説明も聞かず、ロクな物が無いと断言するのは正しい道具の選び方では無いのだと、この子に分からせる必要があるようだ。
 
「それは仕方が無いことさ。外の世界の道具なんかは特に、一目見ただけではいかにそれが便利かなんて分からないからね。
 だが例えばこの道具、パソコンと呼ばれる道具なんかは一見ただの箱のように見えるが使い方次第では恐るべき力を発揮すると外の世界の文献にあるんだよ。例えば古くから「式」と呼ばれ……」
「いやいや、そんなのはどうでもいいんだって」
 
 僕の説明は途中で正邪に遮られた。まったく、最後まで話を聞けばこの子も少しはこのパソコンについての理解が深まるはずなんだが。
 
「私が言ってるのはマジックアイテムの類だよ。それも幻想郷の強者連中に対抗できそうな強力な奴さ。古道具屋なら小槌の魔力が宿ったアイテムが一つや二つあるかと思っていたんだが、とんだ見込み違いだったよ」

 外の世界の道具が置かれている一角ではなく、マジックアイテムが並べられている一角を正邪は一瞥してから、興味を失ったとばかりに背を向けた。
 
「小槌の魔力?」
「ん? 知らないのか? この店で少し前に道具が勝手に動きだしたり、付喪神になったりすることは無かったのか?」
「……いや、特にうちではそんなことは無かったな」

 僕の店ではそんなことは無かったが、その話は心当たりがある。少し前に霊夢と魔理沙が異変について話していた時だ。
 すると、そのことを知っているということは正邪もその異変の関係者だったのかも知れない。あるいは、彼女こそが異変の首謀者で、だからこそ指名手配されたという可能性もある。
 
「全く、つまり付喪神になるような年季の入った道具すら無いってことじゃないか。とんだ古道具屋だな」
「いや、そういうアイテムが無くて良かったと今なら思えるよ」
「何故だ?」
「もしこの店に君の言う強力なマジックアイテムがあったとしたら、君はとっくにそれを盗んで逃げていただろうからね」
「……くくくっ。分かっているじゃないか店主」

 まったく悪びれる様子も無く正邪は言った。
 なるほどこの子が隠れ場所としてここを選んだのも、もしかしたらここで新たな反則アイテムとやらを見つけられるかもしれないと踏んだからというのもあるのかもしれない。
 それにしてももしかしたら僕が気付いていない強力なお宝が商品の中に眠っているのではないかと少し期待していたのだが、正邪が言うからには本当に無いのだろう。少し残念だ。
 もし正邪が店の商品の中からそんなレアモノを見つけていたら、僕は今すぐにでも霊夢を呼んで、正邪にそれを盗まれる前に退治してもらって自分のものにすることが出来たのだが、まったく残念だ。
 
 

「どうだ店主。今日は昨日よりはマシな答えを用意したんだろうね?」

 最初の二回は、いかにも壁を突破するための正攻法、すなわち常識的な視点から答えてみたがその程度では天邪鬼には通用しなかった。
 それならば僕が次に考えたのは、天邪鬼、すなわち彼女自身ならどうするか、ということだ。
 例えばこれが霊夢だったら。あの子は目の前に壁があったとしても、最初から壁など無かったかのように普通に通り過ぎるのだろう。ただ進むだけで無自覚に、だからこそ霊夢は空を飛べる。
 魔理沙ならどうだろう。あの子なら、壁に正面から向かっていくだろう。例えどんなに強固で頑丈な壁であっても、そこから逃げることはしない。
 たとえマスタースパークの1発や2発で壊れなくても、壁が壊すまで挑み続けるだろう。
 『壁ってのは、乗り越えるもんじゃない。正面からぶち破るためにあるんだぜ』――と言う魔理沙の声が聞こえてきそうだ。
 だがこの問題の主役は天邪鬼だ。ならば天邪鬼の立場になって考える必要がある。
 
「そうだな。僕は肝心なことを忘れていたよ。君と最初に出会った時、君はたしかこう言っていたね。
 『便利アイテムを使えば壁を抜けることくらい簡単なことだ』と。つまり君は最初から正解を言っていたんじゃないのかい?
 つまり答えは、壁を抜けられる便利な道具を使って突破した、だ」
「……くっくっくっ。あははははっ!」

 僕の出した結論、それは正攻法とは正反対の裏技を使うと言うものだ。
 天邪鬼の立場でこの問題を出した場合、どうすれば僕に精神的なダメージを与えられるか、言いかえれば一番効果のある嫌がらせとは何かを考えてみた。
 僕が天邪鬼だったとしたら、答えは既に用意しておく。その上で、相手が降参して答えを言う時に、答えは既に示していたのだと言い放ち、すぐそこにあるはずの答えに気付かなかった相手の愚かさを嗤う。そうして相手が悔しがるのを見て悦に入る。
 ――我ながらずいぶんねじ曲がったやり方だと思うが、これは僕が天邪鬼だったらと仮定した場合の手段であって、決して僕自身のやり方ではないのだ、うん。
 しかし正邪はと言うと、僕の提示した答えを聞いても動揺するどころか再び邪悪な高笑いを浮かべていた。

「残念だったな店主。またしても大外れだよ!」

 ふむ。これもハズレだったか。やはり僕が天邪鬼の思考を真似するのには多少の無理があったのだろうか。
 僕が黙っていると、正邪はそれを僕が悔しがっていると思ったのか、腰に手を当てていかにも出来の悪い生徒にいろはを教える大人のような余裕のある表情で僕を見上げて来た。

「私の出した謎かけをよく思い出してみな。私は、追手から逃げているのは『ある天邪鬼』と言った。だがその天邪鬼が私だとは一言も言って無いぞ?
 つまり、たしかにその天邪鬼が私だったら私の持っている道具で壁抜けが出来ただろうが、生憎とあんな希少な道具を持っているのは私だけだろうからね。問題で天邪鬼を私のことだと限定していない以上、その答えは認められないな」
「なるほど。言われてみればそうだ。君が出した謎かけで天邪鬼が出て来たものだから、僕は無意識のうちに君のことだと思いこんでしまっていたようだ。僕も注意力が足りないな」

 確かにこれは僕の注意不足以外の何者でもないだろう。正邪の出した謎かけの一言一句に注意していれば、確かに問題の中では一言もその天邪鬼が彼女だとは言っていなかったことに気付けたはずだ。
 咀嚼玩味(そしゃくがんみ)と言う言葉がある。元々は食べ物を良く噛んで味わうことから転じて、詩文などの意味や趣などを良く考えて味わうことを意味する。
 一見ただのお遊びのような謎かけであっても、その言葉は通じるものがあるということを僕は忘れていた。問題分の一言一句をよく読み、良く考え、その背景や趣旨を理解することの大切さを改めて気付かされたような気がする。

「さて、これで3日連続でハズレだねぇ。何なら降参するかい?」
「いや、まだ考察の余地はいくらでもあるさ。明日はまた違う答えを用意しておくよ」
「ふん。諦めの悪い奴」

 正邪はそう言って、僕の前から消えた。暇潰しに店内を物色しに言ったか、それともどこかに隠れたか。
 一人にしてくれるなら好都合だ。本を読みながら、明日正邪に提示する解答を考える時間は十分にある。
 さて、明日は何と答えようか。
 

 それから何度かの答えを提示したが、その悉くを正邪は跳ねのけ続けた。まるで正邪こそが何者の突破も許さない壁だと言わんばかりに。
 そのたびに正邪はうちに居座り続けている。今日で正邪を匿い始めてから一週間と言った頃だろうか。
 しかしまあ、よく誰にも見つからなかったものだ。それだけ正邪の危険察知能力が凄いのかもしれないが。
 何しろ店に客が入ってくる気配を感じると、ドアが開きカウベルが鳴る前に僕の視界から、そして店の中から姿を消すのだから見つかりようが無い。
 これだけ逃げ足が速ければ、なにも僕の店に隠れなくてもどこでも隠れていられそうな気もするが、敢えてここに滞在を続けているのは、もしかしたら僕の店の道具から何か彼女の逃走に役立ちそうなものを探しだす目的もあるのかもしれない。
 うん、決してこの店に来る客の数が片手で数えられるほどしかないから正邪が発見されないわけではない。きっとそうだ。
 
「さて、今日で何日目だったかな。今日こそは正解するといいな、賢い店主さん?」

 朝食の後、正邪はふんぞり返るような姿勢で僕を見上げながら見下してくる。
 何しろ今まで一度も正解できていないのだから、この子の中ではすっかり僕が正解できるはずがないものと決め付けているのだろう。
 もちろん、僕も自身の知識と知恵にかけて、このまま不正解を続けたくは無い。
 今日こそは正解するつもりで、ゆうべ思いついた解答を提示することにする。

「そうだね。ここ数日の僕は、難しく考え過ぎるあまり答えが見当違いの方向に行ってしまっていたからね。今日はもう少し単純に考えてみることにしたよ」
「ふーん。それじゃ分かっているとは思うが問題のおさらいだ。逃走中の逃げ道を塞ぐカンペキな壁に出くわした天邪鬼は、どうやって壁に邪魔されず逃げ切ることができたんだ?」
「うん。僕が出した答えは簡単だ。壁を壊してそのまま逃げた、それだけだ」

 僕の提示した答えを聞いた正邪は固まっていた。
 何かの聞き間違えとでも思ったのだろうか。一度指で耳の穴を気にするような、あまり女の子が人前でするようなものじゃない仕草を見せた後、これまで見せた見下すような、勝ち誇るような表情とは違う呆れたような視線を僕に投げかけて来た。

「……馬鹿だな店主。私は何度も言っているだろう。その壁は壊すことのできないカンペキなものだと。それをたかが天邪鬼程度の力で壊せるものか」
「いや、それは違うさ。壁がカンペキだからこそ、その壁は壊せる……いや、壊れるんだよ」
「…………」

 正邪の反応が明らかに今までと違う。自分から聞かれてもいないことをペラペラと自信ありげに話してきた正邪が、僕の次の言葉を待つかのように口を閉じている。
 僕は自分の導いた答えが間違っていなかったことを確信し、続ける。

「君はその壁はカンペキだと何度も言っていたね。そこに決定的な違和感があった。
 普通、壁の凄さを言い表したいのなら、とても丈夫な壁とか、誰にも壊せない頑丈な壁だとでも言えばいい話であって、壁に対して普通はカンペキなどという表現を使うことは普通はあまりない。
 もっとも、最初や二度目の答えで、君は壁は空にも地底にも伸びていて越えられないと反論していた。だから硬さだけではなく大きさや高さまで含めて絶対に越えられない、という意味でカンペキと言ったのではないかと僕も一時は納得しかけた」
 
 僕は一度深呼吸して呼吸を整える。その間も正邪は無言だった。

「『完璧』という言葉の由来を知っているかい? 元々は中国大陸における戦国時代、趙の国の藺相如という人物の逸話に由来するものだが、要するに『傷一つ無い宝玉』という意味が本来の完璧の意味だ」

 傷一つ無い美しい宝玉である、「和紙の璧」という宝物があった。
 これを欲した強国の王の元へ交渉のため使いに出た藺相如は、相手の王が璧の対価を渡すつもりが無かったことから、自分の命を懸けてでもその璧を自国に無事に持ち帰ろうとした。
 それが今使われている『完璧』という言葉の由来だと言われている。

「だから何だ。何が言いたいんだ」
「カンペキの『ぺき』は宝玉、つまり玉を意味するということさ。そしてこの完璧という字だが、実はよく『璧(へき)』を『壁(かべ)』と間違えられて書かれる字でもあるんだ。上半分は全く同じ構成で、下も玉と土で似ている。
 さらに、完壁、つまり完全な壁と書いても、穴一つ空いていない綺麗な壁というイメージが容易に想像できるためにこれはこれで正しいと思いこんでしまいかねない」
 
 そう。人は想像力を持つ生き物だ。だからこそ、耳で聞いた言葉を、そのまま空想の光景として頭の中でイメージできる。
 僕も危うくそれに引っかかるところだった。僕の頭の中では、正邪から聞いた言葉そのままに、天高く伸び、地深く埋もれた強固な壁の姿が勝手に想像されていた。
 そして正邪が言ってもいないのに、その壁はあらゆる手段を用いても壊せない壁だと思い込んでいたというわけだ。
 だが一度文字にしてしまえば。耳から情報を仕入れるだけではなく、目からも、漢字という手段で情報を得られれば。
 一つの情報だけでは足りなかったものが二つの情報によって見えてくる。それが、『カンペキであって完璧ではない』壁の正体だ。
 
「ならば結論だ。カンペキな壁、つまり完壁と書いてしまっては、本来の意味での完璧とはならない。誤った言葉になってしまう。
 つまり謎かけで天邪鬼の行く手を阻んだ壁は本当は完璧な壁ではない、罅の入った脆い壁だったのさ。
 天邪鬼は基本的には力の弱い妖怪だが、それでもその程度の壁を壊すくらいワケはないとしたら、天邪鬼は正面の壁を壊して悠々と逃げ切ることができたと僕は考える」
「…………」
「さて、僕の推理は正解か間違いか、それを教えてくれるかな」
「……だよ」
「む?」

 一瞬。正邪の口元が、これまでのように嘲るかのように吊り上がるのではなく、感情を押し殺すように歯ぎしりしているように見えた。
 食いしばった歯の隙間から零れるような声。正邪は僕を睨むような目で射抜き、大きく息を吸いこんで叫んだ。

「大ハズレだよ! 残念だったな! そんな屁理屈が通るわけないだろうバーカ! そんなの漢字が似てるってだけで強引に作り上げた勝手な解釈じゃないか。反則もいいとこだ。
 だいたい天邪鬼に壁なんか壊せっこないんだよ。天邪鬼の非力さをなめるなよ。ふんっ、次はもっとマシな答えを考えておけ!」
 
 正邪は早口にそうまくし立てると、背を向けて部屋を出て行ってしまった。追いかける暇も与えずに正邪の姿は見えなくなる。
 後を追って店を覗いたが、店内には正邪の姿は無かった。とはいえ僕の答えを不正解扱いにしたのだから、ここを出ていったわけではないのだろう。おそらくどこかに隠れているだけだと思うが。
 
「ふむ……僕もまだまだだな」
 
 正邪が聞いているかは分からないが、僕は店の中にいる者に聞こえる程度の声でそう呟き、朝食の後片付けのために一度居間に戻ることにした。
 正邪の反応は今までと明らかに違っていた。僕の無知を馬鹿にするかのように楽しんでいた反応では無く、自分の負けを認めたく無いと言わんばかりの口惜しさが垣間見られたと思う。
 僕の答えに対する反論も、口先で巧みに前提をひっくり返してしまうような上手さが今日は感じられなかった。ほとんど負け惜しみに近い、言うなれば子供が癇癪を起したかのような捨て台詞に近いものがあった。

 僕は自分の考察する力が誰よりも優れているなどと自惚れるつもりはないが、今回の僕の答えは限りなく正解に近かったのではないかと思う。
 とはいえ、あの子は天邪鬼だ。例え正解を言われても、それを正解だと認めないのもまた、天邪鬼という妖怪が当然にすることなのかもしれない。
 その場合、僕としては正解も不正解とされてしまっては対応のしようが無いのは事実だが、さりとてあの子を責めたり卑怯だと罵るような気分にはなれない。あの子はあくまで、天邪鬼としての本分を全うしようとしているだけなのだから。
 さて、明日からはどんな答えにしよう。天邪鬼に反論の余地を与えない答えを導き出すというのは、相当に骨が折れそうだ。
 

 カランカラン。
 本日開店してから最初の来客を告げる店のカウベルが鳴り響いた。
 反射的に正邪が隠れていそうな何か所かの場所に目を遣るが、正邪の姿は見えなかった。
 それを確認し、僕は来客に対応するために即座に視線を正面のドアの方へと戻す。

 そして僕は、ついに来るべき時が来たことを悟った。
 
「霖之助さんいる? うん、ちゃんといるわね」
「よう香霖。数日ぶりだな」
 
 やって来たのは、ここ数日姿を見せなかった霊夢と魔理沙の二人だった。

「二人とも変わりは無さそうだね。今日はどうしたんだい?」

 いつもの暇潰しだろうか。それとも何か面白い物でも持って来たのだろうか。
 二人が来ることは勿論構わないし、他に客も来ていないからゆっくり話をする分には問題無いのだが、今は指名手配犯がこの店のどこかに隠れていると言う特別な事情がある点がいつもと違う。
 
「今日はちょっと霖之助さんに話があって来たのよ。すぐおいとまするからお茶はいいわ」
「おや珍しいこともあったものだ。魔理沙も同じ用事かい?」
「ああ。今ちょっと幻想郷が騒がしくなっててな。異変ってほどじゃないが、私も霊夢も関係者だ」

 魔理沙のその言葉で、僕は予感を確信に変えた。
 二人に椅子を勧めたが、二人は座ることなく立ったままカウンターに寄りかかっている。多少行儀が悪いが、まあ仕方ない。大目に見よう。
 霊夢は軽く首を振って店内を見渡した後、僕を射抜くような視線で見ながら言った。

「ねえ霖之助さん。単刀直入に聞くわ。指名手配の天邪鬼がここに来なかった?」
「……いや、知らないな。というより何の話だか見えてこないんだが」

 ここで、『その天邪鬼ならこの店に隠れているよ』と正直に言えば、どうなっていただろう。
 だが僕は、そうしないことを選んだ。
 霊夢の勘は鋭いし、魔理沙も僕との付き合いが長く表情の変化には敏感だ。だからこの二人を相手に嘘を吐くというのは難しいと分かっているはずなのに、僕の口からはまるで無意識のように嘘が紡がれていた。

「おいおい、ちょっと前には幻想郷中がその指名手配犯を捕まえようと大騒ぎだったんだぜ? そんなことも知らないでよく客商売なんかやってられるな」
「そう言われても、誰もそんな話をしに来なかったんだから仕方ないだろう。指名手配とか言っていたが、手配書でも配られていたのかい? 僕のところにそういった話を持ってきたのは君たちが初めてだから、僕はその天邪鬼とやらの人相も知らないんだが」
「そうねぇ。名前は鬼人正邪。頭に小さな角が二本生えてて、いかにも天邪鬼って感じの弱くて小憎らしい感じの顔つきだから見ればすぐ分かると思うわ。あと、ひっくり返すのが好きだから、後ろ向きだったり、逆立ちしてたりするかも」
「ふむ。例えばいつの間にか天井にぶら下がっていたり、とかかい?」
「どこの蝙蝠よ。まあ、あいつと初めて出会ったのも逆さの城でだから、もしかしたらそういうこともあるかもね」

 正邪が聞いていたら後で怒られそうな冗談を言うと、霊夢はその冗談を真に受けたのか不意に店の天井を見上げた。僕も魔理沙も、つられて天井を見上げる。
 古い木目模様の天井が広がっているだけで、正邪がそこにぶら下がっているようなことは無かった。
 
「うむ……もし万が一、瓜子姫に登場する天邪鬼のように他者の姿に変装されたりしていたりしたらちょっと分からないが、少なくともここ数日の間に天邪鬼と言えそうな客が入ってきたりはしなかったはずだ」
「瓜子姫? なんだ、天邪鬼に関係有る話か? あいつを探す手掛かりになるかもな。どんな話なんだ?」
「そうだね。それを説明するとなると少し話が長くなるが、時間は大丈夫かい?」
「あ、それなら遠慮しとくぜ」

 僕の話を遮るように魔理沙は手を僕の方へと押し出すポーズをした。
 まったく。魔理沙が自分で言ったように、何かのヒントになるかも知れないというのに。
 この御伽草子は瓜子姫に成り替わろうと姫を騙して柿の樹に登らせ、落して殺し、その瓜子姫に変装して貴族に嫁ごうとした天邪鬼の話なのだが、これがこの国の東側と西側では微妙に話の展開が異なっているところもまた面白い所なんだが。

「それじゃ霖之助さん。私たちは他にも話を聞きに行かなくちゃいけないから、今日はもう失礼するわ」
「香霖。もしその天邪鬼を見つけたら私に知らせろよ。もし私が捕まえるのに成功したら懸賞金を山分けしてやるぜ」
「ちょっと魔理沙。何一人で抜け駆けしようとしてるのよ。霖之助さんも、情報提供は私と魔理沙二人に頂戴よね」
「懸賞金まで懸かっているのかい。本格的だね」

 なるほど、正邪が必死で逃げるわけだ。誰が懸けたかは知らないが、懸賞金が出るとなると幻想郷中が敵になってもおかしくないだろう。

「おっ。懸賞金と聞いて香霖もやる気を出したか?」
「いや。僕は荒事が苦手だからね。僕がそれを知ったところで、どうせ僕の腕じゃ捕まえられないさ。だからこそ今まで僕の所には誰も話を持って来なかったんじゃないのかい?」
「……ま、確かにね。そいつやたらと強力なマジックアイテム持ってて私や魔理沙でも逃がしちゃったくらいだから、霖之助さんじゃ無理か」
「君達が逃がすとはよっぽどだな。分かった、もし見かけたら手を出さないように気をつけるよ」
 
 なるほど正邪が言っていた反則アイテムというのも嘘では無いのだろう。妖怪退治の専門家の霊夢と魔理沙が取り逃がしたくらいだ。
 二人は僕に再度妖しい奴には気をつけるよう念を押すと、二人の家とは別の方向へと飛び立っていった。
 あの先は、方角からして人形遣いの少女の家だろうか。すると僕の他にも、知り合いを一軒一軒回って正邪の話をしているのかもしれない。


「さて、いるんだろう正邪。あの二人は帰ったからもう大丈夫だよ」
「……」

 僕の正面に正邪が現れた。それはまさに、突然現れた、としか表現できないほどに唐突な出現だった。もしこの子が今までずっとそこにいたのだとしたら、僕はともかく、霊夢や魔理沙でさえそこにいたことに気付かなかったのだからよほどのことだ。
 正邪は手に布らしきものを持っていた。推測するに、その布は天狗の隠れ蓑のように、被った者の姿を消せるアイテムなのかもしれない。
 僕の呼び掛けに応じて正邪は姿を現したものの、彼女は何も言わなかった。ただ無言で、僕を睨んでいた。

「…んで…よ」

 ようやく正邪が口を開いた。いつもの小憎らしい程にきっぱりと物を言う正邪の姿からは想像もできないほど、その呟きは小さすぎて、断片的にしか聞き取れなかった。
 何と言ったのか。僕が聞き返そうとする前に、正邪は目を見開いて絞り出すように叫んだ。

「なんでだよ! あの二人、博麗の巫女と白黒の魔法使いじゃないか! 店主お前、あいつらと知り合いだったのか!?」
「ああ。この店には良く来るよ。君に黙っていたのがフェアじゃないと言いたいのならそれはお門違いだ。君は僕に、知り合いに妖怪退治が得意な少女はいたりしないか、などと聞いて来なかったからね」
「そんなことを言ってるんじゃない!」

 正邪が一歩、僕の方へと詰め寄って来た。
 僕はてっきり、僕が霊夢と魔理沙のことを正邪に隠していたことを怒っているのかと思っていた。
 正直に言えば、それはいざという時の切り札として霊夢と魔理沙の存在を隠していたものである以上、正邪の怒りももっともだとさえ自覚していた。
 だが、正邪はその隠し事について僕を攻めようとしている様子ではなかった。ならば、彼女はなぜここまで怒っているのだろうか。

「どうして私を庇った! どうして私のことを知らないなんて嘘を吐いてあいつらを帰したんだ!」
「ふむ。確かに最初に知らないと言ってしまったことは嘘かもしれないが、僕は『客が入ってきたりはしなかった』と言っただけだよ。
 指名手配の天邪鬼は僕の目の前にいるが、君は客としてこの店に来たわけでもなく、ましてや僕が店に戻ってきた時には既に『店に入っていた』のだから、『入って来た』わけでは無いという答えは嘘では無いと言えるが」
「お前……本物の天邪鬼以上に天邪鬼だって言われたこと無いだろうな……?」

 一瞬、正邪が呆れかえったような表情になって僕を奇妙な目で見ていた。心外だ。確かに商売の関係上、時には相手の意思に反するようなことを言う必要には何度も迫られてきたが、しかし天邪鬼に例えられたことなど僕は一度も無いというのに。

「私は……」

 正邪の声のトーンが下がった。僕の発言に毒気を抜かれたせいだろうか。正邪は拳を握りしめ、俯き加減になりながら、絞り出すように続きを呟く。

「私は、店に入って来たあの二人を見て、終わったと思ったんだぞ。お前が一言、店の中に私が隠れているとあいつらに言えば、私は間違いなく見つかっていたんだ。姿を隠す布の効果は長くは持たないからな。
 私がここに何日も居座ってもお前が私を追い出そうとしないのは、そのうちあの二人が来るのを待っていたからだったんだなと悟って、もう諦めかけていたんだ」
 
 正邪は唇を噛みながら拳を握りしめていた。
 霊夢達の言っていた通りなら、仮にもこの子は一度霊夢と魔理沙から逃げ切れているはずなのだが、それでもこの子がここまで弱気に見えるのは、やはり元々は力の弱い天邪鬼だからだろうか。

「なんでだよ! お前、あいつらの知り合いなんだろ! 私を突き出して助けを求めるのが普通じゃないのか!?
 なんで私なんか庇ったんだ! 同情か!? 指名手配された哀れな天邪鬼を哀れに思ったのか!? 私なんか、あいつらに差し出す価値すら無いって、そう思っているのか!?」
 
 堰を切ったように、正邪は僕に問いかけ続ける。僕の服の裾が正邪に掴まれ引っ張られた。まるで、僕から「そうだよ」とでも言って欲しいと、僕がそういう人間であって欲しいと、望むかのように正邪は必死に自己を否定する。
 
 ――ああ、そうか。
 少しだがこの子のことを分かったような気がする。
 
 この子はきっと、今まで他人を信じられなかったのだろう。
 他人とは利用するだけの存在で、自分を守ってくれる存在ではないと思っていた、あるいはそんな経験を何度もしてきたのだろう。
 
 普通の人間にとっての常識は、天邪鬼にとっての非常識だ。だがそれならば天邪鬼にとっての常識が普通の人間にとっての非常識かと言うと、必ずしもそうではないだろう。
 指名手配犯であり、なおかつ賞金首であると知ってもなお、助けを求めず自分を庇った――そんな存在は天邪鬼である正邪の常識の中には存在せず、僕と言う非常識な存在が理解できないのかもしれない。
 
「怖かったのさ。もし君が見つかって、店の中で霊夢と魔理沙が君を追いかけ回して大捕物が始まったら、下手をしなくても店の中は戦場となる。
 そしたら店も商品も絶対に無事では済まないからね。僕はただ自分の利益のなることを選んだだけだよ」
「……天邪鬼相手にそんな見え見えの嘘が通用すると思ってるのか? 馬鹿にするなよ店主。そんな陳腐な嘘、今までのお前らしくも無い」

 低い声で正邪が言う。これも嘘では無いのだが、確かに僕の本心ではない。その程度は正邪にすぐに見抜かれてしまうようだ。

「分かった。なら本音を言おう。僕は正直、君との毎日の会話を楽しんでいた。特に毎朝の謎かけの問答はね。
 普通の相手と違って、君はどんな答えを出そうが必ず僕の答えをひっくり返すような捻りのある答えで強引に不正解に持っていく。 
 それは問題の出し手としてはもちろん良くないことだが、僕としてはどんな答えなら君を納得させられるかを考えるのはなかなかに頭を使えて楽しかった。そして君が僕の答えにどんな反論を用意して来るのかを想像するのはもっと楽しかった。
 だから僕は、もう少しなら君に居座られるのも悪くないかな、と思ったんだ」
 
 正邪はまた、信じられないとでも言いたげな目で僕を見た。
 言いたい事は分かる。天邪鬼との会話を楽しもうとする存在など、正邪は今まで知らなかったのだと思う。
 それでも僕の口から説明されたことでいくらかは冷静に受け止めることができたのか、正邪はさっきのように取り乱すことはしなかった。
 
「……本当に変わったやつだな、お前は」
「そうかい?」
「天邪鬼以上に捻くれてる。お前みたいな奴は初めてだ。私と話をした奴は、一部のどうしようもないお人好し以外は、どいつもこいつも私の天邪鬼な返答を恐れて壁を作る。私との間にある壁を、普通の奴らは壊そうとも乗り越えようともしない。最初から、私とまともな話なんて無理だと考えてるから、自分の心が私にひっくり返されるのを恐れてどいつもこいつもすぐに逃げる」

 壁。正邪はまたそう言った。
 もしかしたら正邪が僕への謎かけにあんな問題を出したのも、正邪の中では壁と言うものに強烈なイメージがあるのかもしれない。
 内と外、自分と他人、部屋と部屋。あらゆる境界の上に建ち、あらゆるものを分け隔てる物理的な、そして概念的な存在。
 他人から嫌われることを是とする天邪鬼にとっては、壁を作られることは当たり前のことで、気にすることでは無いのだろう。
 だがその壁を壊そうとする者、天邪鬼のアイデンティティが通用しない者に出会うことを、彼女は恐れていたのだろう。
 壊せないはずの壁。分かり合うはずの無い天邪鬼と他人。だからこそ彼女は、他人と交わらないという生き方を具象化するために無意識のうちに壁を問題として使った。まさか、僕と言うイレギュラーが相手だとも知らずに。

「私もそれが当たり前だと思ってた。大事なのは自分だけだから、私を信じて一緒にいてくれたお人好しも、私は裏切って逃げた。他人なんてのは、所詮損得で繋がってるだけで、最後は絶対に裏切るものだから、誰も信用できないのが当然なんだ。
 だから……お前みたいな奴は初めてだ。お前との間には壁が見えない。私が一番苦手で、一番理解できなくて、一番嫌いな奴だ」

 正邪は僕から一歩離れ、何もせず僕を見ている。
 僕をどうすればいいのか、どうしたいのか、きっと正邪自身も分からないのだろう。

「……僕は、半分は人間だが、半分は妖怪でね」
「なに?」
「今の幻想郷では僕のような存在も普通に受け入れられるが、これでも昔は色々と苦労もしたよ。人間と妖怪、どっちの間にも壁があって、僕一人だけが壁の外に取り残されたように思っていた」
「……だから何だ? 自分は、努力して、知り合いにも恵まれて、自分はその壁を壊して幸せになれたとでも言うつもりか? 私にもそうしろとでも言いたいのか?」
「まさか。その逆だよ」
「は?」

 唐突にした昔話。
 正邪は説教なんて御免だと思ったのだろうが、僕の返事を聞いてまた目を丸くした。意外とこの子の表情はよく変わるようだ。
 
「こうして人間も妖怪もどっちも来店する店を開いてみてよく分かった。壁が無い世界なんて、五月蠅くてしょうがない。おちおちゆっくり本も読めやしない。それに壁を壊したりしたら、直すのが大変だ。
 まあつまり何を言いたいかと言うと、壁と言うのは壊すモノじゃない。もちろん、乗り越えるモノでも飛び越えるモノでもない。壁の内側から外を見ることが君にとって幸せなら、その感覚に正直になればいいんだと思うよ」
「……よく分からないが、要するに私は私のままでいろということか?」
「まあ、結論としてはそういうことになるかな」
「なんだか、あまり壁とは関係なくなってきていないか?」
「ああ。僕も実のところそう思っている」
「よく分かった。やっぱりお前のことはさっぱり理解出来ん」

 正邪は溜息を吐いて、呆れたように言った。天邪鬼らしく、僕を見下すような表情で。


「……霖之助」
「何だい?」

 正邪は顔を上げて僕を真っ直ぐに見ながら、僕の名を初めて呼んだ。

「明日の朝、私はここを出ていく。これは嘘じゃないから安心しろ」
「また急な話だね。僕はそんなに君を怒らせてしまったかな」
「……そうだな。お前のことが嫌いになったからな。これ以上一緒にいない方がいいんだよ、私たちは」

 正邪にこの言葉を言わせるために僕は毎日頑張って来た。そのはずだったのに、何故だろう。
 これでようやく平穏な日々を取り戻せると言う達成感よりも、この奇妙で捩れた生活が終わってしまうことが、なんだか寂しいとすら感じてしまう。

「けど、僕は君が出した謎かけに正解していないが」
「いいんだよ。今朝の答えで正解ってことにしておいてやるよ。私は寛大だからな。あれくらい斜め上に捻くれた答えを出されたら、天邪鬼としては負けを認めないわけにはいかないだろう」

 まったく、捻くれているのはどっちだ。やっぱりあれが正解で良かったんじゃないか。
 
「あと、爆弾のことなら安心しろ。最初からあれはただの脅しだ。私が爆弾を持ってるのは本当だが、この店のどこにも爆弾なんて仕掛けちゃいない」
「そうか」

 口には出さないが、薄々、そうではないかとは思っていた。
 いくら正邪が自由に発動でき、本人に直接被害が及ばないマジックアイテムであったとしても、普通、自分が寝床とする場所に爆弾を仕掛ける者はいない。
 何らかの拍子に、例えばこの店に元からあった別のマジックアイテムに反応するなどして、不可抗力で爆発したりしたら自分の隠れ家を失うことになるだけじゃなく、爆発騒ぎがすぐに各地に広まって追手に見つかりやすくなるからだ。
 僕がそれを正邪に指摘しなかったのは、言ってしまえば正邪が開き直って次の手を打って来ることを心配してのことだったのかもしれないし、
 あるいはもしかしたら――指摘された正邪が逃げ出してしまうのが、心のどこかで惜しいと思っていたのかもしれない。


 夜が更けた頃。僕の寝室の入口の向こうに何者かの気配を感じた。
 無論、今この家の中にいる者は、僕を除けば彼女一人しかいない。
 
「霖之助、まだ起きてるか?」
「ああ。起きてるよ」

 僕がそう言うと、正邪は返事をせずに襖を開けて僕の寝室へと入って来た。
 普段着のままの、少しだけ緊張したように硬い表情の正邪の姿が薄暗い夜の闇の中にぼんやりと浮かんでいた。

「何か用事かい?」
「ああ。最後に一つ、精算しておくことがあったからな」

 正邪はそう言ったが、僕には何のことか分からない。
 僕が不思議そうに彼女を見ていると、正邪は一度僕から目を逸らし、そして握った両手を自分の胸に当てながら躊躇いがちに口を開いた。

「ここに世話になってやった分の宿代をまとめて払ってやるよ」
「宿代? そんなの別に僕は必要無いよ」
「遠慮するな。最初に言っただろ? 宿代代わりにこの身体で払ってやる、って」

 ああ、確かに最初出会った日にそんなことを言っていた。あれは当然、何かの罠か冗談だと思っていたものだ。
 今だってそうだ。確かに今は夜で、寝室に二人きりで、僕も正邪も風呂に入って身を清めた後でと、そうした展開を意識してしまうような状況ではあるが、僕が正邪の甘言に乗せられて彼女に手を伸ばそうとしたら、その瞬間弾幕で吹き飛ばされてさんざん馬鹿にされてからかわれるのがオチではないのか。

「……僕はそんなことをしてもらうために君を匿ったわけじゃないよ」
「まあそうだろうな。お前が本当に私を手篭めにするつもりだったら、二人きりの時に私を押し倒すチャンスはいくらでもあったものな」

 失敬な。そんなことするわけがない。万が一そんなことをして、護身用のマジックアイテムでドカンとやられては僕の身や店が危ないし、何より霊夢や魔理沙と同じくらいの外見の少女を傷つけるような非道な真似が僕にできるものか。

「ならばさっきの話は撤回しよう。私は天邪鬼だからな。自分の発言だって簡単にひっくり返せるのさ」

 良かった。やはり何かの冗談だったようだ。別に宿代なんて必要無いから、明日の出発に向けて早く寝て欲しい。

「改めて言い直すぞ霖之助。お前は何もしなくていい。黙って私に襲われろ!」
 
 そう言った瞬間、正邪は僕へと飛びかかって来た。
 乱暴な反撃をするわけにもいかず、僕は反射的に後ろへと飛び退いていた。
 だが、この寝室は狭い。すぐに後ろの壁に阻まれ、僕は壁に背を預けるようにしてもたれる体勢となった。
 
「何を――むぐっ」

 抗議の声を上げようとした声は、口を塞がれることによってかき消された。
 
「んむ、ぐ――」
「ん、ちゅっ……れる……はむ……」

 僕の口を塞いでいるもの――いつの間にか僕の正面に近づいて来ていた正邪の唇が、僕の唇に強く押し付けられる。
 柔らかくて小さな少女の唇が、僕の唇と言葉を丸ごと奪っていた。
 
「れろ、じゅる、んむ――」
「っ!」
 
 口の中に柔らかい何かが入ってきた。生温かくて、ぬるりとした液体に覆われた生き物のような何か。
 それが正邪の舌であることはすぐに分かった。
 思わず正邪の肩を掴んで引き離そうとしたが、正邪はそれを予測していたかのように僕の肩を先にしっかりと掴んできた。
 意外と腕力が強い。外見は霊夢や魔理沙とそう変わらない少女だが、やはり妖怪としての身体能力は侮れないものがあった。
 
「ちゅる、れりゅ、んぷ――はぁっ」

 散々僕の口内を蹂躙した後、ようやく正邪の口が僕から離れた。新鮮な空気を求めて、灰が膨らむ。
 絡み合った二人の体液が混じり合った糸が僕と正邪の口元を繋いでいたが、正邪が舌でぺろりと唇を舐めると、すぐにその透明な糸は切れて無くなった。
 
「どうだ霖之助。嫌だったか?」
「……嫌に決まっているだろう。無理やりこんなことをされたんだ」

 もう一度唇を舐めながら正邪が言う。幼い少女の姿が似つかわしくないほど、唇を舐める仕草が艶めかしい。
 
「そうか。それは良かった。私は天邪鬼だからな。霖之助が私の厚意を嫌だと言うのなら好都合だ。今まで約一週間、世話になったお礼に霖之助にたっぷり嫌がらせしてやる」

 正邪はそう言って、上着を脱ぎ、続いて下に来ていた肌着も脱ぎ捨てて放り投げた。僕はその隙に何か抵抗をしようと思ったが、不思議と正邪が目の前で肌を晒していく光景に釘付けにされていた。
 服の下に隠されていた少女の乳房の全てが僕の眼前に晒される。
 少女としての微かな膨らみがかろうじて見受けられたが、全体としては正邪の小柄な体型に比例するかのような、起伏に乏しい胸だった。
 正邪の中性的な顔つきといい、もし何の予備知識も無しに上半身裸の正邪を見たら少年と見間違うやも知れない体型は、さながら、正邪が何度も例えていた『壁』のような凹凸の無さだと思った。
 
「……おい。お前今何か失礼なこと考えなかったか」
「何のことだい?」

 忘れてはいけない。彼女は天邪鬼だった。まあ、深く追求されなかったところを見ると、やはりこちらの考えを詳しくは読めないのかもしれないが。
 しかし実のところ、確かに凹凸の無い平たい胸だとは思ったが、だからと言って正邪の裸がつまらないものだなどと思うわけではない。
 確かに正邪はまるで遠慮せずに僕の前で裸になったが、しかしよく見ると、微妙に僕と目を合わせようとせず、晒した乳房も気にしているのか、時々手で隠そうとしているような仕草も見せる。つまり、僕の手前強がっているだけで、本当は恥じらいの気持ちは人並みにこの子も有るのではないかと言うことだ。
 一度そう思ってしまうと、正邪もやはり女の子なんだと言うことを意識してしまう。例え胸の膨らみに乏しくても、恥じらいを隠しながらも隠しきれない姿などはなんだかとても可愛いものがある。
 
「ふん。どうせ貧相な身体だとか思ったんだろ。そういうお前はどうなんだ。図体だけは大きいくせして、股間の一物は人に見せられないくらい短くて情けないモノだったりするんじゃないか?」

 下のショーツ一枚になった正邪は、壁に背を預けて尻餅をついている僕にのしかかるようにして身体を密着させてきた。
 その手が僕の股間へと伸びる。止めようとしても、僕に触れている正邪の小さな身体の感触を意識するだけで、上手く身体が動かない。

「…………」

 僕の股間に触れた正邪の動きが止まる。何やら驚いているようだ。
 正邪は眉を寄せて、難しそうな顔をした。それから僕の寝巻の裾を留めている紐を引っ張って寝巻を脱がし、強引に僕の陰茎を露出させた。

「…………」
「いや、無言で僕を見られても」

 さっきのキスと正邪の裸体のせいで、恥ずかしくも既に大きくなっていた肉棒が正邪の眼前に晒された。
 その瞬間、正邪はまるで救いを求めるかのように困った顔で僕を見て来た。
 仕方ないだろう。大きくなったのは生理現象だ。それと、もし男のがこんなに大きいと思っていなかったとか言いたいのなら、それをしまってもう止めた方がいいと思う。今ならまだ間に合うから。

「ふ、ふん! こんな膨らみの無い胸を見てこんなにチンコ大きくしたのか? まったく救いようの無い変態だな霖之助は」
「うっ……く」

 正邪は早口でそう言いながら、僕の肉棒を握ってその手を上下に動かし始めた。

「私のこんな貧相な身体を見て、私みたいな嫌われ者の天邪鬼に触られて興奮するのか? まったく、そんなことで私が嬉しがるとでも思っているのか?」

 僕から見て正邪はかなり嬉しそうに見えるのだが、口にしたら怒られそうだから黙っておこう。
 
「どうだ? 気持ち悪いか? こんな私なんかに硬くなったチンコを扱かれて、嫌な気分だろう?」

 正邪の手つきは強く激しい。が、この行為に慣れていると言うよりは、逆に経験の少なさを勢いで誤魔化しているようなところがある。
 とは言っても、痛みを感じるほどの強さではない。それどころか小さく柔らかい正邪の手で扱かれる気分は、例え僕の意思を無視した無理やりの奉仕だとしても気持ち良くないわけがない。

「しかし……お前のチンコは本当に大きいな。それにこんなに熱くて硬いし……半人半妖ってのはみんなこんなに立派なモノを持ってるのか?」
「さあ。比べたことが無いから分からないね」
「おっ? 先の方から何やら液体が滲んで来たぞ。そんなにこの気持ち悪い行為で興奮してるのか? まったく救い難いな」

 正邪は一度手を止めると、尿道口から滲み出ていた先走り汁を指先で掬い取った。
 人差し指と親指にその汁を付けて、糸を引かせて遊んだり、鼻先に近づけて匂いを嗅がれたりしている姿は、本人はただの好奇心からなのだろうが、目の前でそういうことをされるとさすがに恥ずかしい。

「こんなぬるぬるした液を活用しない手は無いな。ほら、チンコ全体に塗ってやるよ。大事なところが粘液塗れになって気持ち悪いか? 気持ち悪いだろう?」
「っ! はぁっ――――」

 正邪に手で扱かれるたびに押し出されるように滲み出る先走り汁。それを正邪は、先端に珠のように液が溜まるたびに指で掬い取り、僕の肉棒に押しつけて伸ばしては、正邪の手を使って肉棒全体に伸ばすように扱き上げる。
 いや、確かに言葉だけ聞けば気持ち悪いことなのかもしれないが、しかし粘つく液体で摩擦が減り、正邪の手の感覚がより鋭敏に伝わって来る感覚はかなり気持ちが良い。
 竿の裏の敏感な裏筋を正邪の指先でぐりぐりと刺激されると、耐えきれずおかしな声が口から漏れてしまう。

「ふん。そろそろ手だけじゃ物足りないとでも言いたそうだな。いや、黙っていても分かるぞ。チンコをこんなに情けないくらい立派におっ立てながらヒクヒクさせてるんだからな」

 僕に体重を預けるようにして密着しながら手淫をしていた正邪は、一度僕から離れ、僕の肉棒とお見合いをするかのように股間に潜り込んで跪いた。
 正邪の息が感じられるほどの距離で、僕の肉棒が本能に逆らわずに大きく屹立しながら震えている。

「そんな霖之助には、もっと屈辱的な手段でチンコを虐めてやるよ――あむっ」
「ぐぅっ!」
 
 正邪は躊躇わなかった。僕の肉棒を両手で掴むと、口を大きく開けて亀頭を思い切り口に含んだ。

「んぐっ、ふむ、じゅる――」
「――――っ!」

 さらに奥まで、正邪は肉棒を咥えこむ。時折苦しそうに止まりながらも、そこで舌に溜まった唾液を肉棒に塗して滑りを良くし、また口を動かして肉棒を呑みこんで行く。

「むぐっ、じゅぷ、ちゅ、あむ、じゅ――」

 正邪の小さな口では、僕のを咥えるのも大変だろう。
 しかし時々息苦しそうに動きを止め、目にうっすらと涙を浮かべながらも口での奉仕を続ける正邪を見ていると、止めろとも言えなくなってしまう。

「――ぷはっ。はぁ……どうだ霖之助。私なんかにチンコを咥えられて好き勝手に嬲られるのは、さぞかし気持ち悪くて屈辱的だっただろ?」
「……ああ、まったくだ。こんなことをされても僕は喜ばないよ」

 正邪は一度肉棒から口を離し、跪いたまま僕の顔を下から見上げて聞いて来た。楽しそうに笑う正邪の口はとても小さく、こんなところに僕の肉棒が入っていたのかと思うと背徳感が沸き上がる。
 僕の口から出てきた言葉を、正邪はどう受け取っただろう。僕の本心と思っただろうか。それとも天邪鬼に対しての捻くれた答えだと思っただろうか。
 どっちにしても分かることは、正邪はこの行為をまだ続ける気だと言うことだ。

「それは良かった。はむ、じゅる、ぐむ――んむむ、ちゅぱっ、んみゅりゅ――」

 再び僕のモノを咥える正邪。その勢いはさっきより強い。肉棒に吸い付くような正邪の唇の動きや、竿に絡みつくような舌の動きが、正邪の口内に溜まった唾液をかき混ぜる音と相まって、淫らな音を高らかに響かせる。

「――はぁっ。くくっ、どうだ? 男の大事なモノが、私の口の中で好き勝手されてるんだぞ。私がちょっと気まぐれで噛み付けば、男の弱点のここはひどいことになるんだろうなぁ? 怖いか? 怖いだろ? 」

 再び口を離し、正邪は唾液塗れになった僕の肉棒を手で扱きながら言って来た。
 あくまで、この行為は嫌がらせだと言い張るつもりらしい。確かに、もし尺八中に歯を立てられたらと思うと背筋が寒くなるが、この期に及んで正邪はそんなことはしないだろうという、奇妙な信頼が僕にはあった。

「怖いね。実に怖い。これ以上されたらと思うとゾッとするよ」
「そうか。それは可哀そうにな。れろっ、んちゅ……んむ、んふ、ちゅる――」

 正邪は満足そうに舌舐めずりをすると、また肉棒に口を寄せる。
 先端を舌先で舐め上げ、キスをするように尿道口と唇を合わせ、それから吸い込むように開いた口で肉棒を呑みこんで行く。

「じゅぱっ、あむ、ちゅうぅ……――ふぅ。ひどいものだな。霖之助の大切なチンコが、私の汚い涎まみれだ。テカテカに光っていかにもいやらしい姿になってるぞ。
 ぺろ、んむちゅ……じゅるっ、ちゅぱ、れりゅ――」
 
 正邪が何度も口を離してから僕に話しかけるのは、単に言葉で嫌がらせ(のつもり)の行為をしたいからだけではないだろう。
 何度見ても、正邪の口に比べて僕の肉棒は大きすぎる。おそらくはこの行為に慣れていない正邪にとっては、口全体を肉棒で塞がれていると鼻での呼吸も難しく、すぐに息苦しくなり息継ぎが必要になるのだろう。

「はぁぁ……不味い。こんな不味くて気分の悪くなる汁をたくさん出すなんて悪いチンコだな。本当にしょうがない奴だ、はむっ」
「ぐぅ――そ、それ以上奥は、さすがに――」
「んく、あむ、ちゅるっ、んぐ、じゅぷ……んぐっ……ぷはぁっ! はぁ、けほっ、ふぁぁ――」
「だ、大丈夫か正邪」

 正邪の動きが止まり、慌てて口を離した瞬間むせるように咳き込んだ。息苦しかったのか、何度も新鮮な空気を求めて呼吸するたびに小さな背中が上下する。

「大丈夫に決まってるだろう。ちょっと奥まで咥えすぎてむせただけだよ。お前のチンコが大きすぎるのが悪い。まったく」
「正邪。無理はしなくていい。正邪が辛いならここまででも十分だろう」
「何言ってんだ。これで終わりじゃないぞ。え、えっと、最後はお前の子種を、好きでも無い相手の膣内に出させてやるんだからな」
 ……しまった。この子の身体を気遣って言ったのは逆効果になってしまったようだ。
 僕は決して、正邪の天邪鬼な性格を利用して続けさせようとしたわけではない。それにさすがに今の正邪の台詞は聞き捨てならない。正邪にそこまでさせるわけにはいかない。
 そう思いつつも、正邪の口内で何度も扱かれた肉棒は鉄のように硬くなりながら、その興奮を体現するかのように雄々しくそそり立っていた。
 
「ほら。ここに今から入れてやるから覚悟しろよ。とても霖之助のでかいのなんか入らないような小さい穴に無理やり入れて、霖之助のチンコを滅茶苦茶にしてやる」

 正邪は立ち上がって最後の一枚、ショーツを自ら脱ぎ捨てた。毛の生えていない、子供のような縦筋だけが見える綺麗な股間を正邪は気にする素振りを見せたが、正邪は恥ずかしさを振り払うかのように開き直って僕に見せつけるようにしてきた。
 さらに正邪は脚を開いて僕の股間の真上に立つと、指で性器を拡げてその小さな穴を曝け出した。僕はまだ一度も弄っていないにも関わらず、そこは既に準備を終えたかのように湿り気を帯びながら入口をひくつかせており、奥からは透明な蜜が流れて正邪の太股に一筋の線を描いていた。
 決して正邪がこの行為に羞恥を感じていないわけではないのは、半分泣きそうなくらい真っ赤に染まった顔と、時折この状況から逃げ出そうとしているのを堪えるかのように震える膝が証明している。
 そこまでしてもなお、続けようとする正邪を前にしては、僕も何も言えなかった。仮にここで止めろと言ったところで、正邪はどっちにしても最後までしようとするだろう。

「んっ……ぐぅぅ……」

 正邪が腰を下ろしてきた。僕の肉棒の先端と、正邪の秘裂の位置が合うように微調整しながら。
 やがて十分に濡れた互いの性器が触れ合う。その刺激だけで、肉棒の先端から全身に電気が流れたような衝撃が奔った。
 それでも正邪は腰を下ろす動きを止めない。少しずつ、亀頭が正邪の中へと埋もれていく。

「正邪、大丈夫か」
「こ、このくらい――はぁっ、何てことないに決まってるだろ」

 それが強がりかそれとも反対の意味でかは分からない。
 ただ、彼女と触れ合っている性器の繋がりから分かることは、正邪の膣内は彼女の外見相応に狭く、僕のを全て入れようとするのは簡単にはいかないと言うことだ。

「あうぅ……はぁっ、んん……」

 正邪の両手が僕の肩を掴む。そこを支えにして、少しずつ腰を落していく。
 僕は空いている自分の手をどう使おうか考えた。正邪がどうしても最後まですると言うのなら、その邪魔はしたくない。
 考えた末、僕は空いていた両手を自分の肩に回し、僕の肩の上に乗せられた正邪の手の上から、僕の手を乗せて包んだ。

「ん……ぅぁ……ぐぅ……ぁんんんっ!!」

 正邪の表情が一瞬だけ和らいだ、ような気がした。だが次の瞬間、正邪は僕の肩をしっかりと掴むと、体重を懸けてその小さな身体を思い切り下へと落した。
 僕の肉棒が、一気に正邪の体内奥深くへと沈み込む。本来、僕では入れないような場所を、無理やりこじ開けて押し進む感覚。正邪は辛そうに眉をひそめ、荒い息を吐いていた。

「かはっ……はぁっ……入った……か? ははっ。どうだ霖之助。お前のチンコ、全部私の中に入れてやったぞ」

 僕の肩で彼女の体重を支える手が震えているのが、僕の肩と手にも伝わってくる。それでも正邪の強気な口調は消えない。
 彼女はあくまで天邪鬼のまま、僕と繋がっていた。

「くっ、こんなに大きくおっ立てやがって。これじゃ動くのも一苦労だな、全く……んんっ! ぅあんっ!」
 
 膝をガクガクと震わせながらも、正邪は全身を使って上下に動き始めた。
 正邪の愛液で潤滑は増しているが、それでもなお僕の肉棒には不釣り合いな狭い膣内が、その入口から最奥まで全てを使って剛直を扱く。

「どうだ? 悔しいか? 私みたいな可愛くない女とこうして無理やり繋がって、実にヤな気分だよな?」

 正邪の膣内と擦れ合うたびに、僕の方は肉棒全体が震えるほどの心地よさが全身に伝わってくる。
 正邪の動き自体は単調で、男を悦ばせるような技術に長けているわけではないのだが、内側から圧迫される苦しさに耐えて必死に僕と繋がろうとしてくれている正邪の姿が何よりも愛おしく、嬉しい。

「いやそんなことはない。正邪は十分に可愛いと思うよ」
「――――っ!?」

 だからだろうか。気が付くと、僕の口からは無意識にそんな言葉が出ていた。
 それまでまだ辛そうだった正邪の顔が、きょとんとしたものになったかと思うと、次の瞬間顔から火でも出るんじゃないかと思わせるくらいに正邪の顔は真っ赤になった。

「ば、ババババカ野郎! こんな時になんて冗談を言うんだお前!
 私は嫌われ者の天邪鬼だぞ! そんな私のことを可愛いとか言われても嬉しくなんかないからな! 私を怒らせようとしても今さら止めてやったりしないぞ!」
 
 しまった、また逆効果になってしまったか。天邪鬼を褒めると言うことは逆に怒らせてしまうことになるかもしれないと分かってはいたのに。
 しかし、本当に正邪の言うように正邪が可愛くない、などということはない。例えば僕の知り合いで言えば八雲紫はどうだ。
 一見、物腰は柔らかく丁寧で、常に笑みを絶やさない。なるほど何も知らず彼女と話をする分には何の問題もないだろう。その妖艶な美しさは彼女を知らない者を虜にすると言っても過言ではない。
 だが八雲紫の場合、その不吉な笑顔の下で一体何を考えているのかが分からないのだ。
 自分の本質は一切表に出さず、全てを見透かすかのような目でこちらの心を覗きこんで来るような仕草にはどこかしら背筋が冷えるようなうすら寒さを感じる。
 それと比べたら、天邪鬼であることを貫き、言っていることが正だろうが負だろうがおかまいなしに真っ直ぐに自分を見せてくる正邪の方がよほど分かりやすく、ある意味では純粋だと言える。

「も、もう良いからお前は黙ってろ! 私が勝手に動くんだからな!」

 怒らせてしまっては仕方が無い。ここは大人しく正邪にされるがままにしよう。

「んっく、んぁぁ……ぅあんっ、はふっ」

 小さな口からまだ少し辛そうな吐息を漏らしながら、正邪が身体を上下に動かす。
 最初は僕の侵入を拒むほどにきついだけだった彼女の膣内も、少しずつ慣れては来たようで、奥から溢れてくる蜜を僕の肉棒に絡みつけながら広がって行くのが分かる。

「そ、それにしても、お前本当にデカすぎだろこのチンコ。少しは小さくできないのか」

 そんなこと言われても無茶な話だ。
 正邪の中が気持ち良すぎて、僕の肉棒は自分でも驚くほどに大きくなっているのだから。
 僕の肉棒の根元を咥えて離さない膣口の入り口と、脈打ちながら僕の竿をきつく締めつけてくる膣内。さらに僕の亀頭とぶつかるたびに吸い付くように刺激して来る子宮口。
 これだけ正邪のあらゆる場所を駆使されて、気持ち良くないはずが無い。

「まったく、本当にしょうが無い、んぁっ! チンコだよ、これ……んくぅっ」

 快感が昂ってきたせいか、それとも正邪との繋がりが深くなってきたせいか、より僕の肉棒の間隔も鋭敏になりつつある。
 正邪の膣壁のうねり具合、まだ狭い膣内が広がる感触、果ては中でコリコリと擦れて僕と正邪両方の性器に強烈な刺激を与える、神経の集中した部分などの感触が、性器を通じて伝わってくる。

「かはっ――はぁっ、言っておくがな、か、勘違いするなよ霖之助。愛だとか子作りだとか夫婦の営みだとか、そういう目的でお前とこんなことしてるんじゃないからな」

 突然正邪が語り始めた。こんなこと、と言うのはこうして正邪と一つになっていることだろう。
 このタイミングで言われても困るのだが、逆に考えればこういうことを言える余裕が出てくるくらいには、正邪も少しずつこの行為に慣れてきているということかもしれない。

「んぐっ――お、お前と無理やりこうすることで、はぁっ――お、お前が嫌がれば、それが私にとっては何よりのご馳走なんだ」

 僕の表情を確かめようとするかのように、正邪はまだ少し赤いままの顔を真っ直ぐに向けて僕の顔を見る。
 やはり少し余裕が出て来たのか、胎内の奥まで抉られる刺激の連続に耐えるためにやや表情は固いとはいえ、いつもの正邪らしさが戻って来ているように感じる。

「ふぁっ、んく――あ、明日からはまた逃亡生活が始まるから、そのために英気を養うために、お前に嫌がらせしてるだけなんだからな。本当に――んんっ、勘違いするんじゃないぞ」

 しかし、それならこの行為で正邪が得をすることはないのではないだろうか。
 なぜなら、僕は正邪と繋がるこの行為を、嫌がってなどいないからだ。
 いや、正邪の小さな秘所には不釣り合いな剛直が突き刺さっている姿は実際痛々しくて、もし正邪の身体にとって負担が大きいなら止めさせた方がいいんじゃないかと考えているのは本当だ。
 だがこの行為が嫌かと問われたなら、僕は今は自信を持って言えるだろう。正邪がしたいのなら、僕も最後までしたい、と。正邪が懸命に僕と一つになろうと頑張っている姿を見て、どうしてこの行為が嫌だなどと言えるだろう。
 つまり僕とこんなことをしても嫌がらせにも何にもならず、正邪の元気の源にはならないはずなのだが、でもどうやら心配はいらないようだ。
 なぜならこれだけ悪態をついて、正邪の本心とは真逆のことを散々口に出していても、正邪の身体もまた悦びを感じ始めて来ているのが、繋がった部分から伝わってきているのだから。
 
「はっ――はぁっ――ど、どうだ? いくら理性が拒んでも、身体は気持ち良くなってきただろ?」

 全くその通りだ。僕たちの繋がりが深く激しくなっていくほど、快感も倍増してきている。
 色白だった正邪の肌は、この行為で生まれた熱のせいか、それとも徐々に感じ始めている快感のせいか、全身が薄らと桜色に染まっているのが薄暗い明りの中でもよく見える。

「ふぁっ、く、悔しいか? 霖之助が悔しいなら私は嬉しいぞ。私の狭い膣内をでかいチンコが拡げて、かき回して、私は痛いだけでちっとも気持ち良くなんか無いけどな!」

 なるほど。これだけ言えるのなら、正邪も今はほとんど苦痛は感じていないようだ。それなら僕も、少しくらいは参加しても構わないだろう。

「ひぁっ!? ば、馬鹿! どこ舐めてるんだ! 今胸なんか吸われたら、んあぁぁっ!」

 両手を正邪の背中に回して、僕の方へと抱きよせた。僕が尻餅をついて壁に寄りかかっている体勢のため、膝立ちで僕の正面にいる正邪の胸のあたりが丁度僕の顔の前にやって来る。
 直接触れていなかったにも関わらず、全身を駆け巡る刺激の余波で切なそうに勃起している可愛らしい乳首。その片方に口付し、あまり膨らみの無い乳房ごと口の中に含んでみた。

「くそ、反撃のつもりだな。私を先にイかせようとしてるんだろう。そ、そうはさせるか!」

 正邪の動きが激しくなった。乳首を吸われて感じる刺激を振り払うかのように、乱暴なほどに上下に動く。
 ここまで動かれると僕も正邪の胸に標準が合わせづらいが、しっかりと彼女の動きについて行き、つんと立った桜色の突起にむしゃぶりつきながら音を立てて吸う。

「ふわぁぁっ! ち、乳首は駄目だっ! んひゃうっ! そんなにされたら、もうっ」

 膣内がうねる。乳首への刺激を受けて、全身の感度がより増したのだろう。正邪の声にも今までとは違った嬌声が混じる。

「ひうっ!? ま、まだ私の膣内で大きく!? ど、どんだけなんだよ、こんなことされて、本当に気持ちいいのか? ふん、ちっとも、ちっとも嬉しくなんかないからな!」

 言葉とは裏腹に嬉しそうな表情を浮かべながら、正邪が僕にしがみつくように必死に腰を振る。
 互いの体液を混ぜ合いながら、性器を擦り合う淫猥な音が室内に反響する。

「くっ、意地を張らず早く出してしまえったら。じゃないと私の方がもう限界……じゃない、霖之助がいつまでも苦しいままだぞ?」

 全く。意地を張っているのは君の方だろうに。
 それならばと、手を伸ばして空いているもう片方の正邪の乳首を指で摘む。
 爪の先で傷つけない程度にコリコリと引っ掻きながら、口に含んだもう片方の乳首も舌先で乱暴にこねくり回す。

「きゃっ!? ふぁっ、な、や、激しっ、んくぅん! はひゃぁ!!」

 今のはよほど効いたのだろう。正邪の背中が弓なりに反るほど、正邪は大きく身体を震わせた。
 その瞬間、正邪の膣内がさらに強く収縮した。軽い絶頂を覚えたのだろう。女の身体は挿入された肉棒を締めつけ、子種を求める。
 僕も今の刺激で、堪えていた射精欲が限界を突破したことを感じた。

「ひゃあぁっ!? やっ、やぁぁぁぁ!!」

 正邪の小さな身体をしっかりと抱きしめながら、僕も腰を持ち上げて下から突き上げる。
 無理やりに正邪の一番奥まで肉棒をねじ込み、震える子宮口を叩く。
 正邪の両手が、肩から僕の首の後ろへと回される。離れないよう、倒れないよう、しっかりと力を入れて僕たちは一つになる。
 思い切り勢いをつけて、一度引いた腰を跳ね上げた。下から一気に奥へと肉棒が突き刺さる。
 その瞬間、僕の我慢は限界に達した。

「――――ぐっ! うおぉっ!」
「ひあぁぁぁん! お、大っき、熱っ!? な、なんだこれ、何か、何か来るっ!! あぁぁっ!」

 正邪の膣内で思い切り精を放つ。
 子種を受け入れる用意をして降りて来ていた子宮の中へ直接、迸る雄の欲望を注ぎこむ。
 一番大切な場所に熱い精液を浴びせられたのが正邪にとってもとどめとなったのだろう。全身を振るわせながら、正邪もすぐに絶頂を迎えた。

「ふあぁぁぁぁぁ! ひぃやぁぁぁぁぁっ!!」

 僕の目の前で、今まで一度も見せたことの無い蕩けきった顔をしながら正邪が達した。
 射精を続ける僕の肉棒を、正邪の膣内がさらに搾り取らんと締めつけてくる。強烈過ぎる刺激に、僕の方が意識を持って行かれそうだ。

「や――あ――中……出て……」

 射精が止まらない。ここしばらく溜まっていた分の子種が、全て正邪の中に注がれていく。

「は――あ――――はぁっ、はぁっ……」

 長い射精を終える頃、正邪も絶頂で飛びかけた意識がようやく戻ってきたようだ。
 まだ焦点の定まらない目でぼんやりと僕を見ながら、何度も息を吐いて呼吸を整える。
 繋がったままの性器から、じんわりと優しい温もりが感じられる。

「はぁっ、はは、とうとう我慢できなかったようだな……私と同時にイくなんて、悔しいぞ霖之助」

 ようやく落ち着いて来た正邪は、そう言って憎まれ口を叩いた。
 僕の一物を受け入れ、自分で動くのはかなり負担がかかっただろうに、終わってすぐここまで言えるのならまだ余裕はありそうだ。
 
「正邪。大丈夫かい?」
「ふはぁ……何を言ってる。この正邪様が――はぁ、このくらいで終わるわけが無いだろう」
「良かった。安心したよ」

 まだ絶頂の余韻のせいか呼吸は乱れているが、正邪の意識はハッキリとしている。
 そして正邪の中に入ったままの僕の肉棒は、まだ衰えを知らず元気なままだ。
 それなら、と、僕の中に年甲斐も無く悪戯心が沸いて来た。

「ん? ひゃんっ!? あっ、おい!?」

 僕は身体の上に乗ったままの正邪を持ち上げて、刺さったままの肉棒を抜いた。二人の精液で赤黒い肉棒はドロドロになりながらも立派に天を仰いでいた。
 それから自分の身体を起こすと、身体を半分捻りながら正邪を下ろして布団の上に乗せる。
 その際、正邪をうつ伏せにさせ、四つん這いになるように腰を掴んで引っ張りお尻を突き出させる。
 そう。いつの間にか、正邪と僕の体勢が逆転したような体勢だ。正邪が下になり、僕が上、正確には正邪の後ろに陣取る。

「おい何のつもりだ霖之助。ひっくり返すのは私の専売特許だぞ」

 いきなり体勢を変えられた正邪が抗議の声を上げながら僕の方を振り向く。なるほど、天邪鬼としては僕にひっくり返されたのが面白くないらしい。
 だが僕がしたいことをするには、あの体勢ではちょっと難しいのだから仕方が無い。

「ひゃっ!?」

 僕は返事の代わりに、手を正邪の下半身へと伸ばして指先で正邪の尻穴を突いた。
 ひっくり返された時から既にヒクヒクと収縮していた小さな蕾は、僕が指先に力を入れると、意外なほどあっさりと門を開いて僕の指を受け入れた。

「お、おい霖之助。どこ触ってんだ!」
「どこと言われても、君の尻の穴だが」

 指先だけが肛門に埋まった僕の指を、ぐりぐりと円を描くように回してみる。正邪の尻穴の周辺は僕の指に吸い付くように、一緒になって収縮してきた。

「ひうっ! そ、そうじゃなくて! な、なんで、お前は、私の尻の穴に指なんか突っ込んでるんだ!」
「君は天邪鬼だろう。つまり、普通なら嫌がることが逆に君にとっては好ましいことになるはずだ。
 ならば、せっかく僕ばかり気持ち良くしてもらうのも悪いから、君にとってより気持ち良く、あ、いや気持ち悪くなれそうな方を弄ってあげようと思ってね。普通と正反対、つまり尻穴の方がもしかしたら君にとっては良い思いができるかもしれないよ?」
「有難迷惑だこの変態!」

 どうやら正邪は割と本気で怒っているらしい。だが、濡らす前からあっさりと僕の指の侵入を許した尻穴の反応を見る限り、僕の推測はあながち間違っていないのではないかと思う。勝手な想像だが。
 
「んひっ! あぁっ、やぁっ!」
 一度正邪の肛門から指を引き抜く。それからその下にある正邪の秘所に手を伸ばした。
 さっきまで僕と繋がっていたそこは、まだ僕の形に広がったまま完全には閉じ切っていない。その奥から溢れ出るように流れてきているのは、さっき僕が一杯に注いだ精液だった。
 今にも正邪の股間から垂れ落ちて布団の上に落ちようかというそれを指で掬い取り、正邪の肛門に塗りたくる。生憎と今すぐに滑りを良くする潤滑油などは用意できないから、正邪のお尻を傷つけないための代わりの措置だ。
 
「んぁっ! っく、ふはっ、ぁん!」

 次から次へと溢れてくる白濁液と、新たに滲み出てくる透明な蜜。それらを僕の指で混ぜ合わせて、正邪のもう一つの穴へと塗り込む。
 外側も内側もしっかりと。既に正邪の尻穴は僕の指を二本も受け入れていた。
 
「正邪。まだ指を二本しか入れて無いのに、君の反応はずいぶんと気持ち良さそうに見えるが」
「そ、そんなわけないだろう……ふあぁぁぁっ!」
 指を十分に濡らし、入れる本数を三本にしてみる。
 まだ少ししか弄っていないにも関わらずすでに柔らかくほぐれた入口はあっさりと広がり、三本に束ねた指が正邪の肛門を広げながら侵入する。
 指を別々に動かし、穴の中をコリコリとほぐすように刺激すると、四つん這いのまま倒れ伏していた正邪の身体が大きく震えた。
 
「ずいぶん敏感な反応だが、まさか普段から自分で弄っているわけじゃないだろうね?」
「なわけあるか! そんなところ弄られるのは……は、初めてだよ……」

 急に声の勢いがダウンしては説得力が無い。
 まさかとは思うが、本当に天邪鬼らしくこっちの穴で自分を慰めた経験があったのだろうか。

「うう、ちくしょう、なんでこんなことするんだよぉ……」
「それは勿論、君に嫌われるためさ」

 力が抜けて下がっていた正邪の腰を引っ張り、膝立ちの僕の腰の位置まで上げさせる。
 本当ならもっと時間をかけてじっくりとほぐすつもりだったが、驚くほどあっさりとこっちの穴が順応してくれたみたいなのでそれほど準備は必要なくなった。
 さっきまで正邪の中に入っていた肉棒は二人分の濃厚な体液に塗れていて、改めて濡らす必要は無かった。それをすっかり準備は出来たと言わんばかりにぽっかりと開いた正邪の尻穴へとあてがう。
 
 しかしやれやれ、僕も確かに人のことは言えないようだ。
 甲斐性のある男なら、ここで『さっきは君が僕を気持ち良くするために頑張ってくれたから、僕も君のために君の全てを気持ち良くさせてあげたい』などと歯の浮くようなセリフを口にしているところだが、生憎と僕にはそんなことを口に出せそうにない。
 まあ、天邪鬼と捻くれ者のセックスなど、こういうものなのかもしれない。とことん嫌われるまで、黙って正邪の全てを愛するのが、僕なりの餞別なのだろう。
 
「普通なら男に使わせないような尻穴を無理やりに犯されながらも気持ち良くなる。そうすれば正邪ももっと喜べるだろう?」
「い、いや待て待て。私は確かに人が嫌がることを人にやるのは好きだが、人が嫌がることを自分にされるのは好きじゃないんだ。だからここはひとつ冷静にだな――」

 正邪がまだ言い終わらないうちに、僕は体重をかけて腰を突き出し肉棒を尻穴へと挿入した。
 さっきの膣内よりさらに狭い穴を強引にこじ開ける感触が、脳髄を揺らすほどの快感を一瞬もたらした。

「あぐぅ! か、ぐ、かはっ……」

 さすがに本来入れるための穴ではないためか、最初はきつく押し出して来るような抵抗があった。
 だが更に力を入れると、元々僕たちの体液で十分に濡らして摩擦を減らしていたためか、その先はすんなりと剛直を受け入れていく。
 勿論、無理をして正邪の肛門を傷つけてはならない。ゆっくりと、優しく、奥まで入れる。

「んぐぅぅ! や、やめろ、もう無理……!」

 正邪のお尻に力が入る。せめてもの抵抗とばかりに肛門がきつく肉棒を締めあげてくる。それでも侵入は止まらない。奥へ、さらに奥へと肉棒が進んで行く。

「――――っ!!」

 そのままの勢いで、僕は肉棒の根元まで挿入を果たした。正邪の張りのある尻肉と、僕の下半身が触れ合う温もりを感じる。
 正邪は両手で布団を握り締めながら、尻穴に挿入された感覚に必死に耐えているようだった。

「嘘だろ……お尻の中に入ってる……霖之助のチンコが、全部……」

 僕も実は信じられない。正邪の小さな身体の中に、僕の剛直が全て入っているのだから。
 正邪の腸内は温かく、膣内とは違った感触で僕の肉棒全体を締めつける。
 そして何より、肛門の一際強い締め付けが終始僕を攻め立て、射精へと導こうとしている。このまま動かないでいてもそのうち終われそうだが、それでは正邪を気持ち良くさせられない。
 
「ば、馬鹿! まだ動くな! んひぃっ!」

 腰を前後に振って、正邪の中を掘り進むように肉棒を抽送させる。
 ゆっくりと腰を引き、肉棒を正邪の中から引き抜き、そして亀頭だけを残して抜けようかと言うあたりで再び腰を突き出して奥へと挿入する。

「くふっ……あぁがっ……!」

 正邪のお尻の中は実に天邪鬼だ。
 僕が肉棒を奥に押し進めようとする時は、腸内が逆にうねって抵抗しようとするくせに、
 逆に僕が肉棒を引き抜こうとする時は、腸内が吸い付くように収縮して離そうとしない。
 中に来て欲しくないのか、それとも中にいてほしいのか、全く矛盾した反応を見せてくれる。

「ふあぁっ! 抜けよ、ばかぁ……抜けったらぁ……」

 正邪は目を潤ませながら、弱々しい抵抗の言葉を口に出す。
 正邪が四つん這いにさせられたままさっきから逃げようとしないのは、さっき自分で動いた時ので体力を使い果たし逃げられないのか、それとも尻穴での繋がりを離したく無くて逃げないのか、果たしてどちらなのか。
 どちらにしても抵抗らしい抵抗をしないのであれば、僕に抜く理由は無い。
 多少強引で、無理やりな感はあるが、この際とことんまで嫌われてしまおう。

「ふむ。君がそう言うと言うことは、さらに激しくして欲しいと言うことだね?」
「っ!? ち、違っ! んひぃぃぃ!? かはっ! ひやぁぁ!!」

 正邪のお尻をしっかりと掴み、抽送のペースを上げる。肉の角を正邪のお尻の奥深くまでしっかりと食い込ませるように突き入れる。
 正邪の身体がどんどん熱くなっているのが、正邪に触れている全身の感覚から伝わってくる。

「ち、違うって! んあぁっ! ホントに、お尻、そんなに激しくされたら、無理、ふあぁん! 壊れるから、ダメなんだよ!」

 その割には段々と声に艶が混じって来ている気がするのは気のせいでは無いだろう。
 とても指では届かないような、腸内の一番奥の部分をカリで引っ掻くと、正邪は大きく喘ぎながらお尻を高く跳ねあげるくらいだ。

「わ、分かった! 前言撤回するから! お尻のもっと奥までチンコ入れて最後までして欲しい!」
「そうか。なら正邪の望み通り遠慮なく行くよ」
「おいっ!? だから違――んほおぉぉぉぉ!?」

 正邪の望み通りに、ひたすら奥をかき回す。僕の睾丸や太股が、正邪の尻肉とぶつかり合って叩きつけられるような乾いた音が何度も鳴り響く。
 言葉にできない嬌声を上げながら、正邪が感じてることは僕でも分かる。

「こ――の、馬鹿野郎! お前、私がやめてと言ってもやれと言っても、どっちにしても私のお尻でするんじゃないか!」

 無論その通りだ。
 別に正邪を更生しようとかそんな気は一切ないのだが、これで少しは正邪にも自分がしていることがどれだけ意地悪なことかということを知ってもらえればいいのだが。

「くっ、あぁっ、あんっ、んぐ、ふぁっ、んおぉっ!」

 カリが腸内のあちこちに引っかかって擦れるたびに、正邪は違う声で喘ぎながら未知の感覚に震える。
 入口の肛門は刺激を受けるたびに広がっては閉じるのを繰り返し、連続して肉棒を締めつけてくる。
 このままだと、さっきの膣内で繋がった時よりも速く絶頂を迎えるだろう。

「く――行くよ、正邪」

 僕もそろそろ限界だ。さっき一度射精して余裕があったはずなのに、もう二度目の射精が間近に迫って来ている。それほどまでに、正邪のお尻の具合が良すぎるようだ。

「ひいぃぃぃ! ま、待って! そんな激しくされたら、無理、もう無理だってば!」

 駄々をこねる子供のように、正邪はいやいやと首を左右に振る。目を固く瞑ったり、だらしなく口を開けて舌を出したり、布団を歯で噛んだりと、近づく尻穴での絶頂から何とか逃れようとするかのように色々な表情を僕に見せてくれる。

「んあぁぁぁ! い、イくわけ無い! こんな気持ち悪いのでイかされるわけが無いんだっ!」

 正邪が絶頂を迎えようとしているのは、まるで波のようにうねりながら僕の一物に絡みついてくる腸内の動きを感じれば明らかだ。
 それなのにここまで来てなお、自分の心に反逆しようとする気骨はまさに天邪鬼としてあるべき姿なのだろう。

「正邪。もうすぐ出すよ」
「っ!? やだ! やだやだぁ! そんなことされたら本当に駄目なんだよぉ!」

 肉棒が正邪の中で激しく動くたびに、ぐちゃぐちゃに混じり合った二人の体液が音を立てて絡み合う。
 正邪にのしかかるようにして、僕は身を乗り出して正邪の背中に自分の身体を密着させた。体重がかかり、より深くまで肉棒が打ち込まれる。
 少女の火照った身体から感じる体温が全身に伝わってくる。心臓の鼓動さえ今なら感じ取れる。
 正邪の顔が近い。髪からは少しの汗の匂いと、正邪自身のいい匂いがする。

「正邪。僕のことは嫌いかい?」
「き、嫌いに決まってるだろ! 霖之助なんか大嫌いだよ!」
「そうか。僕も正邪のことは大嫌いだよ」
「――――っ!!」

 僕は正邪の耳元に顔を近づけて囁いた。
 それが引き金になったのか、正邪の腸内も肛門も、僕を決して離すまいと言わんばかりにきつく引きしめられた。
 縄で固く縛られるような強烈な圧迫感。それでも射精寸前で鋼鉄のように固くなった僕の肉棒にとっては、痛いどころか射精を促す最後の引き金となる。

「く――あぁっ――――」
 
 限界だった。正邪の腸内を思い切り擦りながら、今にも暴発寸前の肉棒を正邪の奥深くまで到達させる。
 一瞬、視界が白く染まった。二度目の射精のあまりの快感に、意識が持って行かれそうになった。
 正邪の尻に指が食い込むくらいに強く彼女の身体を掴み、本能のままに腰を押しつけてそのまま精を放つ。

「ふあぁぁっ!! 熱いっ! イくっ! 私、わたしっ! お尻でイくうぅぅぅぅぅぅ!!」
 
 僕の身体の下で、正邪が何度も大きく痙攣する。尻の中に精液を流し込まれたまま、尻穴のもたらす快楽で絶頂を迎えている。
 痛々しいくらいに布団を強く握って意識を保とうとする正邪の手の上に僕の手を重ね合わせながら、僕たちは一緒に絶頂を分かち合った。
 
「やらぁ……わたし……おしりでイっちゃってる…………りんのすけのせーえき、おしりのなかにいっぱいだされてりゅぅ……」

 二度目とは思えない量の精液が出ていくのが分かる。自分の中のいったいどこにこれだけの子種が溜まっていたのか驚くほどだ。
 絶頂を迎えた正邪は、四つん這いになって組み伏せられているその姿勢も相まってか、まるで生まれたての仔猫のように大人しい。
 尻穴から白濁液を注ぎ込まれながら、正邪は布団に顔を埋めて全身を駆け巡る絶頂の荒波を懸命に堪えていた。

「ふぁっ」

 やがて長い射精がようやく終わったので、正邪の尻穴から肉棒を抜く。さすがにこれ以上は、僕ももう限界だ。
 布団の上にうつぶせで倒れ伏す正邪を見ると、まるで壁に空いた穴のようにぽっかりと開き切った正邪の肛門からは、僕が注ぎこんだ白濁液がどろりと零れ出ていた。

「りんのすけの……ぜぇ……バカやろう……はぁ……はぁ……お、お前なんか……本当に……だいっきらい……だからなぁ……」

 僕は正邪により嫌われるべく、最後まで頑張った労いの意味を込めて正邪の頭を優しく撫でた。
 僕の手を払いのける気力も残っていないのか、正邪はそのまま眠りにつくまでの間ずっと、僕に頭を撫でられたまま甘んじてその温もりを受け入れていた。
 




「なあ霖之助。いちおう念のため聞いてやる。私と一緒に来る気は無いか?」

 早朝。まだ開店前の店の入り口で、出発の準備を終えた正邪は僕に尋ねて来た。

「無いよ。君について行ったら、騒がしすぎておちおち本を読む時間も取れやしない」
「ふん。いつか幻想郷を支配することになるこの私の同行を拒むとは、まったく救い難い奴だな。お前ほどのひねくれ者には幻想郷のどこに行っても会えないだろうな」

 僕がもう少し若く、野心的で、甲斐性があったならばもしかしたら正邪について行くという選択肢もあったかもしれない。
 だが生憎と、今の僕は香霖堂の店主森近霖之助だ。正邪と一緒に行くことは出来ないし、ついて行ったとしても逃げ回ることに慣れていない僕ではこの子の足を引っ張るだけだろう。

「僕は現状に満足しているんだ。君の行動を否定するわけじゃないが、僕個人としては新しい世界を望んではいないのだからね」
「ふん。まあ、どちみちお前が私に付いて来たいと言ったところで断ったがな。あいつと違って、お前は役に立ちそうにないしな。
 一緒に行かせてください正邪様、とすがるお前に置いて行くと言ってやって、お前がショックを受ける顔を見てみたかったんだが残念だな」

 よくまあキッパリと本人の前で言ってくれる。あいつと言うのが誰なのかは分からないが、もしかしたら昨日言っていた、正邪を信じたお人好しとか言う誰かなのだろうか。まあ、確かに僕が同行してもあまり役に立てそうにないのは確かだが。

「もう会うことはないだろうが達者でな。私が幻想郷を支配した暁には、お前のような弱い奴でも安心して生きられる世界にしてやるから楽しみに待っていろ」
「そうか。ならもし君が天下を取った暁には、僕はそんな新たな支配者の尻の穴まで堪能させてもらったことを一生の誇りとして自慢させてもらうよ」
「っ!? おい待て! 言うなよ! あのことは誰にも言うなよ!! もしあの夜のことを誰かに話してみろ、絶対に戻って来てそのうるさい口を封じてやるからな!」

 正邪の顔が一瞬で真っ赤になる。やれやれ、この子にだけはうるさい口などとは言われたくないのだが。そもそももう会うことはないんじゃなかったのか。
 どうやら正邪にとっては、僕に主導権をひっくり返された挙句尻穴を犯されたことはよほど忘れたいことらしい。
 無論、その時のことを誰かに話したら、むしろ危ないのは僕の立場の方だ。言えるわけがない。
 まぁ、これはこれで、いざと言う時また何かあった場合の正邪への対抗策の一つには使えるかもしれないが。

 正邪は僕を振り返ることなく飛び立っていった。彼女は再び逃亡生活を始めるのだろう。いつ終わるとも知れない反逆の戦いが待っていることを覚悟で。

「……幻想郷の支配、か」

 あの野心と行動力は確かに見習いたいものがある。もちろん、僕は幻想郷を支配するとか、強者を倒すなどということは考えもしないが。
 だが前にも一度考えたことだが、何も変化しない安定した生活を送りたいというのが僕の個人的な望みなのだ。そういう意味では、壁に囲まれた生活というのもやはり理想の一つなのかもしれない。

 だが生憎と、僕の周りにいる子たちは、そんな壁などどうにかして、僕を騒がしい日常へと引っ張り出してくる者ばかりだ。正邪には昨日偉そうに言ったが、僕自身、本当に僕のしたいように生きることというのは実は難しいことのようだ。
 壁など最初から無かったかのように通り抜け、力技で壁を破壊し、壁など気にせず飛び越えるような、そんな子たちが周囲にいる限り、当分は安定からは程遠い生活を送らざるを得ないのだろう。

 正邪がこれからどうなるのか、具体的にどうするつもりなのか、それは僕には分からないし、もしかしたら正邪自身も分からないのかもしれない。
 正邪のやろうとしていることが正しいとは思わないが、それでも彼女が天邪鬼である限り、彼女は全てに反逆し続けるのだろう。
 
 願わくば、どうせ作るならば強い者も弱い者も、人間も妖怪も、夜くらいは安眠できる世界を作って欲しいものだと考えるのは、僕の我儘だろうか。



 完
 
「紫様。なぜ、あの天邪鬼をみすみす見逃したのですか」
「あら藍。私のしたことに貴女は異を唱えるのかしら?」
「い、いえとんでもない。ですが、あの逃げた天邪鬼が香霖堂に隠れていたことはもう何日も前から隙間で覗いてご存知だったではありませんか」
「ええ。もちろん知ってたわ」
「そして紫様は、必要とあらばあの店、いえあの店主殿に対しての介入は今までもして来たではありませんか。ほら、例の携帯ゲーム機の時のように」
「ええ。だってあの人は見ていて面白いけど危なっかしいんだもの」
「ではなぜ、今回はあの天邪鬼が居着いたと言うのに放置されたのですか。まさかあの店主と共に過ごせばあの天邪鬼も改心するかも、などと思われたとか?」
「何を言ってるの。それは鳥を水中に沈めて空を飛ぶなと教えるようなものよ。天邪鬼の本質がその程度で変わるものですか」
「では何故?」
「そうねえ。まず一つは、彼が大人の男だからかしら。正邪との追いかけっこは異変と同じ、あくまで私たち少女の遊び。彼を参加させては遊びではなくなってしまうわ」
「そういうものですか……」
「それともう一つ。私が出ていくまでも無く、彼ならあの天邪鬼を苦にすることはないと分かっていたからよ」
「え? しかし、あの天邪鬼は、いえあの天邪鬼の持つ反則アイテムは、紫様の反則弾幕ですら凌ぎきるほどの強さです。
 いくら道具に通じているとは言っても、戦う力の無いあの店主がとてもあの天邪鬼に対抗できるとは思えませんが」
「強さの問題じゃないわ」

「彼は人間と妖怪の中間の存在。そして例え本人が自称しているだけに過ぎなくとも、本人がそう認識しているのならばあの店は幻想郷の中心に建つ存在。
 あの天邪鬼がどんなにひっくり返そうとしても、最初から丁度真ん中にあるものはひっくり返しようが無い、ということよ」

http://www.pixiv.net/member.php?id=443361
作品情報
作品集:
最新
投稿日時:
2014/06/07 23:53:58
更新日時:
2014/06/07 23:53:58
評価:
10/10
POINT:
90
Rate:
2.09
1. 7 もさぎ ■2014/06/13 06:49:13
面白いですね。
「タイトルから誤字っちゃってまあ」という認識を逆手にとって、上手くテーマに絡めていたと思います。

正邪も非常に魅力的に描かれてましたね。
天邪鬼だからお尻弱いっていうのは素敵な発想でしたw
2. 10 ななし ■2014/06/19 18:42:11
これはいい濃厚ネチョだ。
霖之助と正邪、共に似た者同士が気持ちが通じ合う場面は良いですな。
3. 10 ななし ■2014/06/20 05:24:08
これは本当に面白かった
正邪も霖之助も魅力的で素晴らしい
4. 10 グランドトライン ■2014/06/21 00:44:40
捻くれもの同士、結構いい関係なのかもしれない。これは盲点だった。

正邪の捻くれっぷりと、それを上回る霖之助の捻くれっぷりが読んでいて心地よかったです。
中盤での得意の薀蓄を使った回答とそれに対する正邪の反応はその真骨頂と言えます。

ネチョシーンにおいても、口では捻くれつつ身体は正直に反応する様子は、官能的ながらどこかクスリと来ました。
シーン自体も詳しく濃く描写され、二回とも楽しませてもらいました。少なめなのが悔やまれます。
テーマである『壁』も二人に上手く混ぜ込ませており、見事と感心してしまいます。

それにしても香霖堂が幻想郷の中心とは、本当に罪作りなお人だ。
5. 6 匿名 ■2014/06/22 17:14:28
基本点:1点
テーマ:1点(0〜3点)
エロさ:2点(0〜3点)
面白さ:2点(0〜3点)
一言感想:正邪ちゃんは天邪鬼というよりこれもうただのツンデレなんじゃないかな(笑) 途中の短期間の過程で、正邪がそこまで霖之助に惚れるか? とはやや不自然に思ったが、ネチョシーンがエロくて満足できたので良かった。
6. 9 ぱ。 ■2014/06/22 19:41:58
予想作者は白雀さんでしょうか。

作中世界を上手く区切って、お題の壁はとんちの種に使用。趣味の人、霖之助がとにかく魅力的に描かれています。
また、正邪を正邪のままでちゃんと感情移入ができるように描くのは実はとても難しいのではないでしょうか? 可愛かったです。
実の所チンコチンコ言ったり男性への奉仕を思わせるようなエロは(個人的に)苦手でちょっと引き気味だったのですが、綺麗なまとめ方ですっきりすっきり。
7. 10 リラクシ ■2014/06/25 20:59:37
ほぁぁぁ…面白かった。良いですわぁ、正邪、いや正霖。
とても読みやすい上にエロの方も濃厚と、堪能させて頂きました。いやぁ本当に素晴らしかったです。
謎かけくだりも面白かったです。「璧」と「壁」の違いを文中で説明されて初めてタイトルの完璧が「壁」になっているのに気付きました笑
謎かけの類が苦手なので、霖之助の回答(壁を壊す)にも「ああなるほど」と一人頷いていました。
エロも手淫→フェラ→結合+αと大満足の内容で楽しめました。
8. 8 ■2014/06/27 02:55:34
正統派2次創作。
良くも悪くも普通なんだけど普通ってとっても大切だとねちょこんで知りました。
9. フリーレス ■2014/06/27 09:30:14
「完璧なる」じゃないの?と思ったら「完壁たる」だったのですね。やられました。
少し角張った話し方が東方らしくて好み。天邪鬼であることを生かしたねちょの展開もよかったです。正邪ちゃんを、設定やキャラクターを活かしながらすごく可愛く書いているなあと思いました。とても面白かったです(稚拙な感想で申し訳ありません;
10. 10 toroiya ■2014/06/27 21:19:33
正邪と霖之助の掛け合いがとても面白く、時間に追われながらも話が気になって読み進めてしまいました。
彼女の強がっている様子が、後半の性描写を映えさせていました。
とてもいい作品だと思います。正邪を見る目が変わりそうです。
11. 10 通りすがりのGさん ■2014/06/27 23:34:30
天邪鬼と捻くれ者、言われてみれば最高に相性が良い、いや悪いのかもしれないですね
謎解きの様子も見ていて楽しかったです
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